「……ん、」
目を開け、数回瞬きをする。目の前に見える木造の壁。自分が寝ているふかふかな陽の匂いがする布団。色々と考えなければならないことはあるのだが、眠気のせいで頭も働かず布団を被り直し目を閉じる。このまま二度寝でもしてやろう…と思ったのだが、それは叶うことはなかった。
「カンカンカン!!おはよう!!さっき目開けてたの見たからな!!カンカンカン!!」
「う”ぉわぁぁぁああ!!!!」
金属と金属の叩く音が耳を貫通して頭は一瞬で冴えた。鍋をお玉で叩くとか漫画かよ!!…じゃなくて、ここどこ!?あれ、俺確か熊に襲われて川に落ちたんじゃ…
「いっっだぁ!!??」
「あーぁ、いきなり起き上がるから。まだ傷塞がってないんだからあんまり動くなよ」
「ぁい…って、お前誰だよ!?」
目の前で仁王立ちしている男は青い髪に青いニット帽、青い羽織に赤いチェックのマフラー。整った顔立ちに長いまつ毛を見ればただのイケメン。まぁ少しうるさいけど…てか森に人間いるんじゃん。なんだよ、やっぱり青鬼なんてただの迷信か。
「俺?俺はねぇ……青鬼、かな?」
「……は?」
「あれ?お前ら人間って俺の事そう呼んでなかった?」
……聞き間違いではなかろうか。この男は、自分を『青鬼』だと名乗った。あの青鬼?国民から恐れられているあの青鬼が、こんな人間と変わらない見た目で、言葉で話すのか?
「……ぁ?お前その瞳…」
「えっ、あ…俺この国生まれじゃないから。黄色って珍しいんだってな」
「いやそれは別に…まぁいいや、目覚めたなら早く帰れよ。不安なら森の出口まで着いてってやるから」
「え」
「え?」
「……俺の事追い出すの?」
「おい人聞き悪いって。帰れって言ってるだけ。そんでもうここには来んな…って、追い出すのと変わんない…?」
「俺もうちょっとここにいたい」
「はぁ!?お前森には近付くなって教わんなかったの!?」
「教わったけど!!でも俺お前のこと知りたくて入ったんだよ!!」
「バカかよ!!」
腰に巻きついた俺をひっぺがそうと力を込めているが、それ以上の力で彼の体を掴んでいるため簡単にははがせない。
「おい!!離せバカ!!」
「いい加減にしろ!!!」
「こっちのセリフなんだが!!??」
これじゃあ埒が明かない。早く折れてくれ、俺この体で動くの限界なんだよ!!
そんな俺の悲鳴に近い懇願を聞いたのか、俺の腹が盛大に鳴った。そういえば、どれだけ寝ていたのかわからないが、1日くらい何も食べていないのを思い出した。
大きな目をさらに開いてこちらを見る彼は、数秒固まったあと、呆れたようにため息をついて抵抗をやめた。
「そんなちゃんとした物ないけど…なんか食う?」
「食う!!」
彼は俺の側を離れて、キッチンであろう場所に立った。しかし見渡す限り調理器具のようなものはひとつも無いし、そもそも食材も少ししかない。こいつ普段どうやって生活してんの…?
「…俺は、人間じゃないの。だから料理する必要もそんなにない…から、そんな顔でこっち見ないで」
「食えるもんが良いんだけど…」
「食えるもん出すわ!!えーっと…米があったはず…あ、あった。お湯浸しご飯でいい?」
「待って何それ」
「名前の通り。炊いた米をお湯に浸して吸わせるやつ」
「………ん、と…お粥のこと?」
「オカユ?まぁ見てみればわかるだろ、人間が食っても害はないやつだし」
そう言って、鍋に水と米を入れ火にかけた。炊けるまで時間があるからと果物をくれたのでありがたく頂戴してそのまま齧る。人が寄り付かない森とは言っても同じ世界ではある。見た目が林檎でも、味は全く違うのではと危惧したがそんなことはないようだ。シャリシャリと瑞々しい何の変哲もない林檎である。
「ねぇ、お前名前は?」
「ぺいんと。全部ひらがなで。お前は?」
「ペイント…ぺいんとね、了解。俺のことは好きに呼べばいいよ」
「えー…でも俺青鬼ってことしか知らないよ?」
「青鬼って呼べばいいじゃん」
「やだよ、それだとお前のこと知らない奴らと同類じゃん」
「何が嫌なんだよ…食ったら出てって貰うからな」
『青鬼』の話をする時彼は少し下を向く。なぜ彼が青鬼と呼ばれるのか、俺たちと何が違うのかを解明したい。
少なくとも彼は森に入った子供を食べてしまうような残虐なやつではないだろう。だって腹を空かせた俺にわざわざ慣れない料理をしてくれているのだから。
「ほい、できた」
「やっぱお粥じゃん。…いや、お粥より水気多い?まぁいいや、ありがとう!」
「…いーえ。腕怪我してるけど食える?」
「利き手じゃないし平気」
貰ったお粥は味が薄くベチャベチャしていて、お世辞にも美味しいとは言えなかったが疲弊しきった体に染み渡る。
机を挟んで目の前の座る彼を観察してみるが、やはり自分との相違点を見つけることはできない。少し顔色が青いくらいだろうか。
「お前は食べないの?」
「…食べる必要ないから」
「『青鬼』は食べ物食べる必要ないってこと?」
「お前らと同じ食べ物はね」
「じゃあ何食うの?」
「……答える義理はない」
「…そっか。美味かった、ありがとう」
「これが美味いと感じんの…?お前味覚大丈夫…?」
「疲れた体にはなんでも美味しく感じんの!」
米粒ひとつ残していない食器を流し台に置いたはいいものの、水道のようなものも洗剤もない。どうやって洗えばいいのだろう。
「俺が洗っとくからいーよ、お前はさっさとここ出る準備して」
「えー」
「えーじゃない。ここも安全じゃないから、死にたくないなら出てって」
彼の瑠璃色の瞳がこれ以上のわがままは許さないと告げていた。確かに怪我の手当や食事、寝床も貸して貰ったのにこれ以上要求するのは気が引ける。
準備して、とは言われたが俺は服もそのまま着ているしランプは熊から逃げている最中に落とした。だから持ち物なんてないので準備のしようがない。食器を洗い終えた彼は玄関に向かい、扉を開けた。
陽が差し込まないせいで朝なのか夜なのかわからない外は、獣の唸り声や植物が風にあおられる音などが聞こえ少しゾッとする。そんな俺を見かねたのか、手を差し出して来た彼の手のひらに手を重ねる。ふい、とそのまま前を向いて歩き出してしまったが、やはり彼は優しい。俺のよく当たる勘がそう言っていた。
スルスルと迷うことなく進められていた足は、急にピタリと止まった。
「この先真っ直ぐ行けば抜けれる」
「あ、ほんとだ。うわ明るっ!?今昼かぁ…」
「早く行きな。待ってる人いるんでしょ」
「……また来ちゃダメ?」
「ダメ。死にかけたのに懲りてないの」
辺りが暗く表情を見ることはできなかったが、何となく彼をひとりにしてはいけない気がした。でもここで進まない選択肢を許してくれるはずもなく、仕方なく前を向く。
「じゃあ、色々とありがとな!!次は名前教えろよ!!」
そう、叫んで駆けて行った彼は眩しかった。人間の子供はそういうものなのか、それともあいつが無駄に眩しいのか。
「次なんかねーよ、ばか」
久しぶりに太陽を見た気がする。この明るい道に俺は行けない。それを嫌だと思う時期はとっくのとうに過ぎてしまった。
「………あちぃなぁ」
コメント
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ウラベ先生お疲れ様です!続きが楽しみすぎて朝も起きれません!_(┐「ε:)_ 先生の書く文章の中には話し言葉が混ざっていて、感情移入しやすいし、内容がすんなり頭に入ってくるので読みやすいです!とっても勉強になります! 次の投稿、待ってます!(┛✧Д✧)┛彡♡
神だな...(語彙力皆無)あ、続き楽しみにしてます...!
ウラベさんお疲れ様です! ここの世界も相変わらず、rdはツンデレなんですかね? rd作、水多めのお粥…それはもう、スープに近いのでは、、 次回も楽しみにしてます!