『青鬼』と別れて、彼に貰った水分を適度に取りながら首都へ向かった。水筒は木を削って出来たもののようで、もしかしたら彼が作ったのかもしれない。時間のかかったであろうこの水筒を、二度と会わないかもしれない人間に渡すのはやはり彼の優しさだろう。
森を抜ければ日差しが容赦なく肌を焼き、少し森の涼しさが恋しくなる。城門付近に着くと誰かが城門の兵士と話をしている。
「…あ、トラゾー!?」
「ぺいんと!?お前どこ行ってたんだよ!みんな心配してたんだぞ!!」
「あー…ごめん、ちょっと出かけてた…」
「せめて一声かけろよ…まぁ無事に帰ってきたんなら良い。クロノアさんとしにがみさんも待ってるぞ」
「うん!!…あ、トラゾーって青鬼のことどれくらい知ってる?」
「青鬼?なんか森に住んでるとかそのくらいだな…クロノアさんの方が詳しいと思うよ」
「え、クロノアさんなんかあんの?」
「あの人実家が割と偉い家だし。俺ら平民よりは情報持ってそう」
「まっじで!!??」
「おぉ…え、何お前知らなかったの?」
「知らんかった…」
「ぺいんとさん!!良かったぁ〜…生きてたぁ〜…」
「しにがみくん寝ずにぺいんとのこと待ってたんだぞ。ちゃんと反省しろよ?」
「まじか…!?ごめんしにがみくん…あ、クロノアさん、聞きたいことあるんすけど良いですか?」
「俺?別にいいよ?」
「クロノアさんって貴族って聞いたんすけど、青鬼について何か知ってたりします?」
「貴族…まぁ、没落貴族ではあるか。青鬼ねぇ…そうだな…」
考え事をする時のように、クロノアさんは腕を組み視線を上に向ける。うんうんと唸りながら、やがて何かを思いついたように目を開いた。
「あ!…あー、うん。青鬼でしょ…」
「そう青鬼!なんか思い出しました!?」
「…ただの昔話なんだけど、」
そう言って、クロノアさんは静かな口調で話し始める。
あるところに、瑠璃の瞳を持つ1人の少年がおりました。少年は魔術が大好きで、掃除の合間、勉強の合間、とにかく暇ができたら魔導書を読み漁っていました。そんな彼に興味を持ったのか、ある天使が地上に降り立ち少年に話しかけたのです。それから少年と天使は毎日のように話をし、ある日天使が友人を連れてきました。1人は冥界の迷える魂。1人は海洋の孤独な怪物。1人は異世界に存在する異端児。
彼らはみんな少年を好きになりました。少年は明るく、彼らを畏怖することなく優しく接してくれたからです。彼らは少年にたくさん魔術を教えてやりました。少し経てば、少年は全ての魔術を使えるようになっていたのです。
しかし、ただの人間に禁忌とされる魔術を扱いきれるはずもありません。少年はある日、気がついてしまいました。黒かった髪は青色になり、犬歯は鋭く尖って、そしてなにより人間を見ると血を見たくなるということに。それが魔術の代償、人ならざる者と関わってしまった代償なのです。
少年を救おうと天使達は奔走しますが、人を傷つけたくない少年は衰弱していくばかり。そんな少年を見たくなかった魂は、少年に無断で人の血を飲ませました。すると少年はみるみる回復していきました。しかし少年は人間を傷つけてしまったと知り、人間とも、彼らとも距離を取り森に消えて行ってしまいました。
「……っていう、魔術は駄目だと子供に教えるための昔話」
「………」
「? ぺいんとさん?」
彼は頑なに森から出ようとしなかった。俺とも関わりたくないと言った。これが、ただの昔話ではなく実話であったら?
「……まぁでも、所詮は昔話だからねぇ…信憑性は高くないよ」
「いや、大丈夫です!あとは本人に聞けば…」
「『本人』?」
「……じゃなくてっ、青鬼のことよく知ってる人に聞くから!」
「じゃあ初めからその人に聞けば良かったんじゃないの?」
「あ〜…ソウダネー…トラゾーッテバ頭イイー」
「そんな適当な誤魔化しでこっちが誤魔化されてやると思うなよ」
「うっ…!!」
3人から怪訝な顔で詰め寄られ、結局他の誰にも話を漏らさないことを条件に洗いざらい話してしまった。1人でそんな危ない場所行くなとか、熊に襲われたところは大丈夫なのとか、色々言われたけれど『青鬼』について彼らは否定をしなかった。
普通「青鬼なんているわけないだろ」と幻覚を疑うところなのでは?それだけ俺が彼らに信頼されているということだろうか。そうだったらとても嬉しいことだ。
「…うーん、色々と気になるところはあるけど…その人は本当に青鬼なんですか?」
「えっ?」
「だって青鬼って名乗っただけなんですよね?ぺいんとさんだって見た目は人間と変わらなかったって言ったじゃないですか」
「それはそうだけど…」
「じゃあその人が青鬼っていう証拠はないってことじゃん。人の言うこと鵜呑みにし過ぎるのも…」
パン!と大きな音が横から鳴る。驚いてそちらを見れば、トラゾーが手を胸の前で合わせている。どうやら手を叩いたようだ。呆然とする俺としにがみくんを横目にトラゾーが声を上げる。
「しにがみさんの気持ちもわかるけど一旦やめない?ぺいんと泣きそうになってるよ」
「なっ、なってねぇし!」
「でもぺいんとさんが会ったっていう『青鬼』は気になるじゃないですか…」
「…んー、じゃあ俺らも一緒に青鬼に会いにいく?」
「あー!クロノアさんそれいいかも」
「えっ、えっ?何お前らも来んの?」
俺がメインのはずなのに俺抜きでぽんぽんと話が進んでいく。いつもこうだ、ふざけるな。
というか俺は別にいいのだけど、彼が嫌がるかもしれない。いや、絶対に嫌がる。そもそも俺ですら来るなと言われているのに他の奴ら引き連れて行ったら何言われるかわからない。もしかしたら二度と会ってくれないかも…
「…やっぱ、もっかい俺だけで行ってくるよ」
「「「は!?」」」
「代わりにあったこと全部話すから!!」
……と、まぁ色々あって交渉成立し、今俺は森に入って蛇に追われています。
「いやだぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」
俺はこの森に呪われているのかもしれない。1回目は熊、2回目は蛇かよ!?蛇は熊と違って機敏性に長けている。運動不足の俺に対して圧倒的に速い蛇に追いつかれるのも時間の問題。
だが俺は2回目!!この道は前通った道と同じだ。今度は足首を捻らないよう上手く川に落ちれば逃げ切れるかもしれない。逃げきれなかったらその時考える!!
だが現実はそんなに上手くいかないもので、脇に生えていた木の幹に足を取られて転んでしまう。幸いそれで怪我をすることはなかったが、後ろを振り返れば蛇が虎視眈々とこちらを睨んでいた。蛇との間が、10m、5m、あと数cm!シャァァと蛇特有の鳴き声を発しながらこちらに飛びかかってくる。
思わずギュッと目を瞑ったが、想定していた痛みも衝撃もない。何が起きたのか、とゆっくり目を開いてみれば、蛇が大きく口を開けたまま目の前で静止していた。
「へ、?」
驚きのあまり、腰を抜かしてしまったため動けない。ズルズルと体を引きずりながら少しでも蛇と距離を取った。ふぅ、と息をつき冷静になった頭で辺りを見渡す。どうやら静止しているのは蛇だけでなく、この森そのものが止まっているらしい。もしかして、俺以外が止まっているのか?
そうだとして、都合よくこんなことが起こるとは俺のためとしか思えない。非科学的なことでも、今体験しているのだから信じるしかないだろう。そもそも今から人ならざる者に会いにいくのだからこんなの些細なことか。
…もしかしたら、これも彼のおかげなのか?彼がどうやってかはしらないが俺の危機を察知し、この森の全てを静止させた。彼は『青鬼』だし、クロノアさんの話していた昔話が本物ならできてもおかしくないのでは?
そんなことを考えながら座り込んでいたら、急に突風が吹き荒れ視界を奪った。風が止み、ボサボサになった髪を直しながら辺りを見渡しぎょっとする。静止していた蛇がいなくなっている。いや、それだけでなくそもそも道が違う。先程までは目の前の木に果実などなっていなかった。それに、目の前に見える木造の一軒家もなかった。
コメント
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えっ、えっ、ちょっ、話の続き気になるぅ...!
好きぃ、、、ぺんちゃん、、、頑張れ☆
結構長くなってしまった…頑張って読んでください