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〜あらすじ〜
手術後の体力低下でリハビリに挑むkamome。翔の過保護な付き添いや実況まがいの声掛けに笑いながらも、一歩ずつ前に進んでいく。
しかし夜、免疫力の低下から溶連菌に感染し、激しい咳と共に突然の吐血。
「大丈夫」と笑ってごまかそうとするkamomeに、翔は必死に寄り添い、恐怖と心配の狭間で支え続ける──。
第10話「葛藤のケチャップ」
手術後の体は、やっぱり、思った以上にボロボロだった。
朝の病室はいつもより少し暖かく、窓から差し込む光が白いシーツを照らす。
だが俺は、まだ本調子ではない。足はふらつき、息は上がる。体力も免疫も、手術で削られたままだ。
「かもめん、リハビリしようか! さぁ歩け歩け!」
翔ちゃんがいつもの元気さで声を張り上げる。
俺は点滴スタンドを片手に、ぎこちなくベッドを出た。
「いや、まだ体力戻ってないから……」
「ええやん、ノリとパッションでいくんや! 俺が実況するから!」
翔ちゃんは歩く俺を見ながら、手を叩いて大げさに実況を始めた。
「観客の皆さん、ご注目! かもめ選手、退院前リハビリマラソンスタートです! あっ、いきなりバランス崩しそう!」
「うるせぇな! 一人観客って言うな!」
「いや、一万人分や!」
看護師さんが通りかかり、苦笑しながら小声で注意する。
「……あの、ほどほどにしてくださいね」
翔ちゃんは肩をすくめて「応援団やでニヤリ」と言い、俺もつられて笑う。
手術で弱った体を無理やり動かすリハビリは、想像以上にハードだった。
でも翔ちゃんが隣で盛り上げてくれるおかげで、痛みも笑いに変わる気がした。
「ほら、こけんといてな」
「大丈夫! 俺、まだ倒れんから!」
フラフラと一歩踏み出すと、足がもつれて軽く転びそうになる。
「おっとっと……観客の皆さん、危機一髪です!」
「誰が観客やねん!」
看護師も巻き込まれて、思わず吹き出す場面もあった。
翔ちゃんは「やっぱ俺が実況せんと面白くないな」とご満悦。
俺は恥ずかしさと痛さで顔を赤らめつつ、笑ってごまかす。
けれど、そんな笑いの裏で、体の悲鳴は無視できなかった。
夜になり、節々が痛み出す。熱がじんわり上がり、喉の奥が焼けるように痛い。
咳をすると胸が痛む。
(……大丈夫、大丈夫……)
自分に言い聞かせて笑う。
翔ちゃんに心配させたくない。昨日の暴言のことを思い出すと、もう泣きそうになる。
「かもめん、顔赤いぞ」
「いやいや、これは……運動で血行が良くなっただけだって」
「ほな、脈の速さも運動のせいか?」
「そ、そう! スポーツ心臓ってやつ!」
「誰が信じるかアホ!」
笑いながら誤魔化す俺。けれど熱は確実に上がっていく。
夜、ベッドに横たわりながら小さく咳をした瞬間、口の中に嫌な味が広がった。
咳が一度、二度……そして三度目。
──血。
口の端から鮮やかな赤が滲む。咳をするたび、血が少しずつ溢れ、視界が赤く染まる。
「……え、えっ?」
俺は笑おうとした。冗談めかして、翔ちゃんの動揺を和らげようとして。
「大丈夫……ちょっと……ケチャップみたいなもんだから……」
「ケチャップで済むかアホーーーー!!!!」
翔ちゃんが絶叫して、ナースコールを連打する。
俺の肩を必死に抱え、汗をかきながら駆け寄る翔。
「かもめん! なにしてんねん! なんで黙っとったんや!」
「ご、ごめ……でも、大丈夫……」
胸が痛く、咳をするたび血が溢れる。
それでも俺は、笑ってごまかそうとする。
看護師と医師が駆けつけ、酸素マスク、吸引、点滴の調整……緊迫の中、翔ちゃんは震える手で俺の手を握った。
「離れるかと思ったやろ……絶対離れんからな!」
翔ちゃんの声は怒りと恐怖、涙で震えている。
俺はその手を握り返すが、体の力はどんどん抜けていく。
「……ごめん……翔ちゃん……俺……弱すぎて……」
「弱いやない! 必死に笑って誤魔化してんの見たら余計怖いねん!」
俺は涙をこらえ、喉の奥で嗚咽を押さえながら、必死に笑顔を作る。
翔ちゃんはその手を離さず、医師に指示を出しながら、俺を守る。
吐血で視界が赤く染まっても、翔ちゃんの手の温もりだけが確かに残った。
恐怖と痛みの中、笑いを交えながらも、俺は翔ちゃんの目を見つめた。
(……また、支えてもらってしまった……今度は俺が翔ちゃんを守る番なのに……)
病室の中、緊張と笑いが混じる不思議な空間。
体は弱っても、心はまだ諦めていない。
翔ちゃんが隣にいる限り、俺は生きる。
──その夜、赤い光と笑い声、そして涙が混ざったまま、二人は揺れる日常を少しだけ乗り越えたのだった。
翌朝、病室の天井を見上げると、全身が鉛のように重かった。
酸素マスクは外されていたが、喉の奥にはまだ鉄のような味が残っている。
夜中の吐血が夢じゃなかったことを、体がはっきりと覚えていた。
ベッドの横を見ると、翔ちゃんが椅子に座ったまま上半身を折り曲げ、突っ伏して眠っていた。
目の下にはくっきりとしたクマ。肩を小さく上下させながら、時折ピクッと痙攣する。
徹夜で付き添ってくれたのは一目瞭然だった。
(……やっぱり、こいつにまで心配かけてしまったか……)
胸の奥がチクリと痛む。吐血のせいか、罪悪感のせいかはわからない。
医師が病室に入ってきて、穏やかな声で話しかける。
「かもめさん、昨夜は大変でしたね。手術で体力と免疫が落ちているところに、溶連菌に感染してしまったんです」
俺は小さくうなずく。
「今は安定していますが、また重い症状が出ることもあるので、しばらく点滴と抗生剤で様子を見ましょう」
「……はい」
説明の声に反応して、翔ちゃんが飛び起きた。
「先生! 昨日みたいに血が出ること、またあるんですか!?」
「可能性はあります。ただ、今は落ち着いていますから、無理をしなければ大丈夫です」
翔ちゃんの眉間に深いシワが寄り、俺を見て「無理するなよ」と言いたげな視線を送る。
だが俺は──つい、笑ってしまった。
「いや、昨日の俺、ケチャップだって言ったよな……? 翔ちゃんの顔、今思い出してもおもろすぎて」
「アホか! お前な、ケチャップで済むかボケ!」
「だって、焦ってる翔ちゃん、漫画みたいに目ひん剥いてたし……」
翔ちゃんは頭を抱えて「ほんま……心配しすぎて寿命縮んだわ」と嘆く。
看護師が吹き出しながら「でも、笑える元気があるなら安心ですね」と微笑んだ。
◇
数日後、吐血も治まり、再びリハビリが始まった。
ただし今度は、翔ちゃんが異常に過保護モードで付き添う。
「よし、立ち上がれ……ゆっくりな。呼吸乱れたら即中止や」
「わかってるって」
「咳したら即中止や」
「はいはい」
「顔赤くなったら即中止や」
「それ熱でも運動でも赤くなるやん!」
俺がツッコむと、翔ちゃんは真顔で「いや、この前のことあるから徹底管理や」と胸を張る。
点滴スタンドを引きながら、俺はよろよろと歩き出す。
翔ちゃんは真横で歩幅を合わせて、実況を始めた。
「観客の皆さん、再び始まりました! “吐血後リハビリウォーク”! 今回の見どころは──」
「やめろ! タイトル不吉すぎ!」
看護師がまた笑ってしまい、廊下に変な空気が広がる。
それでも、翔ちゃんが隣にいるだけで心強かった。
体はまだ弱い。咳をすると不安になる。
でも、翔ちゃんの存在がそれを上回る。
(病気で弱った俺でも……こいつがいてくれる限り、まだ立てる)
歩幅は小さい。速度も遅い。
けれど、一歩一歩に翔の声が重なるたび、俺の足取りは確かになっていった。
終わり!
今回はかもめん、ケチャップを出すの巻きでした!
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さよおなら〜!