【お願い】
こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
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猫視点
夕食を食べた後、再びないこさんのマンションの部屋へと戻った。
広めのソファに無人が一人で座り、ないこさんはそれと少し離れたダイニングテーブルの椅子に腰かけている。
横向きに座って長い足を組み、テーブルには肘をついていた。
そんな彼の後ろで、いふはリビングの扉の辺りからそれ以上動こうとはせず立ったままだ。
俺はというと、リビングの一番奥…大きすぎる窓に背を預けた。
分厚めの遮光カーテンがクッション代わりになり、ガラス窓のひんやりとした冷たさは伝わってこない。
そうして4人共が互いに距離を取っているのは、この後の展開が想像できてしまっていたからだ。
「まぁ…考えてもしょうがないよね」
沈黙を一番に破ったのはやはりないこさんだった。
テーブルについた肘に顎を乗せ、綺麗なそのフェイスラインを長い指で一撫でする。
「結局他に方法は見つからなかったわけだし、朝スマホに送られてきたメッセージ通りのことを試すしかなくない?」
…よく言うよ。途中「戻る方法の模索」なんて忘れて完全に楽しんでなかったか?
そう思ったけれどそれは何も彼に限ったことではないことに気づく。
無人はもちろん、いふですら…そして俺自身でも。
普通に休日を楽しみ、「戻らなくては」なんて焦燥感はどこかに吹き飛んだ瞬間が確かにあった。
「いいよ。とりあえず今のところそれしか方法もないわけだし」
このまま戻らないわけにもいかないから、と、そう付け足して無人は「よっと」と体に反動をつけてソファから立ち上がった。
俺とないこさんの顔を一瞥してから、最後にいふの方を振り返る。
「朝と違って、ちゅーくらいならできそう」
…やっぱり朝はできなかったんじゃないか。
そう思った言葉は空気を読んで息と共に飲み下した。
無人の言うことも分からなくはない。
一日一緒にいて、この世界の2人に少なからず好感を抱いたはず。
「元の世界に戻るため」という大義名分がある以上は、キスすることも致し方ないと思える。
それくらいには嫌悪感はないはずだ。
「…朝来たメッセージってどんなんやったっけ」
この期に及んで、まだいふだけが覚悟を決めていないのだろうか。
少し間を空けた後で無人にそう問い返す。
問われた無人の方は、一度瞬きを深くしてからポケットのスマホに手を伸ばした。
朝ないこさんがそうしたのと同じように、もう一度だけその気味の悪い送信元からのメッセージを読み上げる。
「『元の世界への戻り方。相手を交換してキスすること』」
読み上げた無人は、その画面をいふの方へ向けて横に振りながら見せつけた。
そしてそのままゆっくりとそちらへ歩み寄る。
だけど、覚悟を決めきれていないのかと思ったいふだったけれど、目の前にやってくる無人をまっすぐ見下ろして微かに笑みを浮かべてみせた。
「ん。しゃーないよな。それ以外方法なんて見つからんし」
「そうそう。よっしゃ来い!」
「何でそんなタイマン張るような言い方なん」
意気込んだテンションで返した無人に、いふは今度はその笑みを苦笑いに変える。
こいつだって、ないこさんに対するものとは同じじゃないにしても無人に好感は持っているはずだ。
対峙するように立ち止まった無人の顔を見据える目は、恋情ではなくとも慈愛みたいな温かさを湛えている気がした。
「一個だけ、試してみたいことがあるんやけど」
その眼差しを向けたまま、いふは無人にそう言葉を継ぐ。
いきなり何を言われたのか理解できなかったらしい無人は、その急な提案に思わずといった様子で目を見開いた。
それから「…? いいけど、何?」と訝し気に問い返す。
そんな無人に、いふはそれ以上の言葉を返さないまま手を伸ばした。
頬に触れるのかと思ったその大きな左手は、そこすらスルーしてもっと上の方へと持ち上がる。
無人がよく癖で自分でやるように、ピンク色の前髪を弄るようにして触れた。
そしてそれをするりと掻き分けると、狭い額が露わになる。
「……」
身を乗り出して、ぐ、と距離を詰めたいふの唇が、無人のそこに触れた。
その瞬間、無人と俺は大きく目を瞠る。
ないこさんだけは「ふふ」と小さく笑んだのが空気で分かった。
「…は、何これ…」
いふの唇が離れたと思った瞬間、ふわぁと無人の体が発光するように輝きを放ち始めた。
かと思えば、そこから急速に眩さだけを残して光は色味を失っていく。
無人の体が、透明になって消えていく。
目の前の光景を信じられない思いで凝視していたけれど、これは夢でも幻でもないことは明白だった。
体は足元から形を失くしていく。まるで映し出されたホログラムが下から順に消えていくかのように。
「戻れる」と、そう確信したんだろう。無人がバッと勢いよくこちらを振り返った。
「猫宮…! 先帰ってるから! お前もすぐ来いよ!!」
消えていく無人の手が、スマホを…そして俺が渡したストラップをぎゅっと握り込む。
それからあいつは、体ごとこちらに向き直っていふとないこさんを交互に見比べた。
「次があるかなんて分かんないし、本当はない方がいいんだろうけど…」
2人に向けてそう言って、あいつは透きとおっていく体でとびきりの笑顔を浮かべて続ける。
「…またね」
そう口にした無人の体が、今度こそ完全に消えた。
眩い光が失われ、室内はさほど明度の高くない照明の光だけに戻る。
再び部屋に静寂が訪れた。
静まり返ったその痛いほどの沈黙を破ったのは、やはりないこさんだった。
「『キス』だろ? でこにちゅーって…それありなん?」
無人がいた辺りを見つめてから、ないこさんは「ははっ」と眉を下げて笑う。
そんな彼に向けて、いふは小さく肩を竦め返した。
「もしかして…と思ったけど、ほんまにうまくいくと思わんかった。何でも試してみるもんやな」
「こん中でお前だけだわ、そんな発想に至ったの」
それはそうだ。
相手を変えて「キスすること」なんて命令、俺だって当たり前のように口だと思いこんでいた。
そうだと分かれば話は早い。
…早い、はずなのに。ごくりと息を飲み下したのを2人に気づかれただろうか。
「猫宮ー、早くしないと無人が怒るかもよ? 『帰ってくんの遅い!』って」
俺のそんな様子に気づいたのかどうかは定かじゃなかった。
ないこさんがからかうようにこちらに声を投げてくる。
足を組んだ尊大な態勢のままおかしそうに唇を緩めて、立ち尽くす俺を見上げている。
分かってる。頭では割り切ってる。
無人だって理解してる事情だし、別に誰に義理立てすることもない。
しかも口じゃなくていいんだろ、額でいいんだろ。
無人の声で「楽勝じゃんそれくらい」と脳内再生して自分に言い聞かせた。
窓から背を離し、ゆっくりと歩みを進める。
無人が座っていたソファを通りすぎ、まっすぐダイニングテーブルの方へ。
額…と思ったけれど、高校生ごときが10歳近く年上の成人男性の額に口付けるのは、自分でも何だか滑稽にしか思えない。
何か他に手段がないか…ないこさんの目の前まで行って、探るように彼を見下ろした。
そんな俺の思惑全てを読み取っているのか、こちらを見上げる目は楽しそうな笑みを湛えている。
試されているような気がしてきて思わず内心で舌を打った。
「……」
仕方ない。一つ思いついて、俺は彼の前で床に片膝をついた。
跪くみたいな態勢になった俺のその行動が意外だったのか、余裕ありげに笑っていたないこさんが初めて目を瞠る。
そんな彼が、組んだ自分の足に乗せている左手。そこにそっと指先で触れた。
そのままこちら側にくいと引き寄せる。顔を俯けてそこに近づけた。
そして白い手の甲にゆっくりと唇を押し当てる。
「………」
ちゅ、と一度軽い音を立て、そこから唇を離した。
だけどさっきの無人のように、俺の体は瞬時に光り始めたりはしない。
…訪れる数秒の沈黙。
何も事態が変わらないことに「…さすがにダメか」と思った瞬間、目の前のないこさんがげらげらと笑い始めた。
「そりゃ無理だわ!」
腹まで抱えて笑いそうな彼を、離れた場所に立ったままのいふが「こら、ないこ」とたしなめるように名前を呼ぶ。
その声に「んん」っとわざとらしい咳払いをして、ないこさんは表情を改めた。
笑いをかみ殺して少しだけ真面目な顔を作り、前に跪いたままの俺の頭に手を伸ばす。
「うん、よく頑張ったよく頑張った。そうだよな、割り切ったつもりでもそう簡単にはいかないよな」
撫でるようにくしゃくしゃと髪を掻き回される。……完全にバカにしてんだろ。
目を剥いて見据え返しかけたけれど、ないこさんがまた笑みを浮かべる方が早かった。
ただし今度はこちらを馬鹿にするような笑みではなく、ただ微笑ましそうに見つめてくる。
髪を撫でたその手が、するりと俺の顔の横を滑った。
こめかみの辺りを伝い、頬へと下りてくる。
冷たい指先の感触にどくりと胸が鳴った気がした。
「いいよ、汚れ役は大人が買ってあげる」
は?と、目を見開きかけた。
ないこさんの指が俺の頬からもっと後ろへと伸びる。
首筋をなぞり、後ろへ回ったそれにぐいと強く引き寄せられた。
そのまま彼は、俺の頬に口づける。
触れたと思った瞬間にはもう離れていた。
だけどそれと同時に、今度は俺の体が光り始める。
さっきの無人と同じ現象だった。
「額と頬はオッケーで、手はダメなんだ。基準がよく分かんないね」
楽しそうに首を捻るないこさんの前で、俺は自分の体を見回しながらゆっくりと立ち上がる。
その頃には足元はもう消え始めていた。
あるはずだった足を通り抜けるようにして、ラグを敷いた床だけが視界に映る。
そんな俺を、ないこさんは椅子に座ったまま見上げていた。
さっきの無人と同じような笑顔を浮かべ、それからあいつの言葉をなぞるように唇を動かした。
「またね」
その言葉に、弾かれたように顔を上げる。
いふの方も勢いよく振り返ったけれど、あいつもないこさんの言葉に同調するように一つ頷いて笑顔を浮かべていた。
…この1日…2人に出会って過ごした時間で、確実に自分の中の何かが変わった気がする。
ごとりと音を立て、何重にもかけられていた鍵が全て外されたような感覚だ。
会えて、良かった。
そう口にするのは陳腐だと思った。
そんな言葉よりももっと伝えたい言葉がある。
体が完全に消えてしまう、あとほんの数秒の間に。
「……ありがとう…、ございました」
2人に向けて、ぺこりと頭を下げる。
深く下げたそれをもう一度上げたとき、ないこさんが笑ってひらひらと手を振るのを見た。
そんな彼の元までようやく近づいてきたいふも、こちらに向けて優しく微笑んでいる。
俺を見送るそんな大人2人を視界に捉えた後、ゆっくり、ゆっくりと自分の意識が遠のいていくのを感じた。
コメント
3件
もうほんとにこのクロスオーバー好きすぎるので嬉しいです😭😭
もとの世界に戻れたんだね!良かった!安心!けど、一気に寂しくなりそうw(短くてすいません