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覚悟を持ってファーガルド大森林に入った私だったが、森の中での時間は想像できないほど和やかに過ぎて行った。
2日前に私がダークウルフに遭遇したであろう方向へと向かいながら、その道中で依頼のために薬草を採取していく。
「これが採取対象の薬草よ。そっちのもそうね」
「へぇ、これってどんな効能があるんですか?」
「それには解熱作用があるわ、因みにこっちに生えているのは麻酔に使えるけど、今回の依頼内容とは関係ないわね」
私はミーシャさんに言われた通り、ギザギザの葉を持った薬草は無視して、集めた丸い葉の薬草だけを《ストレージ》に収納していく。
「イイ感じに集まったわね。それで、次はどっちかしら?」
「えーっと……コウカ、どっちだっけ……なるほど。ミーシャさん、こっちです」
「……それ、本当に便利ねぇ」
今回、連れてきてもらったのはミーシャさんを案内するためだが実質案内しているのはコウカであり、私はコウカが《以心伝心》のスキルで伝えてくれた方向をミーシャさんに教えているだけだ。
まあ、森の中で目印もなく道を覚えられるはずはなかったので仕方がないのだ。
コウカに伝えられたことをミーシャさんに伝えていくことを繰り返していると、私にとっても見覚えがある場所へと辿り着いた。
そう、ここは私とコウカが出会った場所だ。忘れるはずがない。
ということはこの傾斜の激しい斜面を登った先がダークウルフと揉み合いになった場所になるはずだ。
「ミーシャさん、この上です。ここを登った先でダークウルフを見ました」
「……足場が悪いし、ここを登るのは厳しそうね。回り込んで登っていきましょうか」
そんな会話を交わした後にミーシャさんと迂回しつつ登れそうな場所を探し始めた時、あるものを見つける。
「うっ……これ……」
それはグチャグチャになってほとんど骨まで見えている死体で、見るだけでも凄まじいほどに忌避感を覚えた。
恐らく私と一緒に斜面から転がり落ちたダークウルフであることは容易に想像がつくが、こんなにグチャグチャになるものだろうか。
流石に近づく気になれない私とは違い、ミーシャさんは物怖じする様子もなく近付いて死体の周囲を調べはじめる。
「ダークウルフの死体ね。それに複数の魔物の足跡……これもダークウルフのものかしら」
言われてから気付いたが、死体の周りには森の奥から足跡が続いていた。
それも一匹だけではない、複数の足跡だった。
「ダークウルフがダークウルフを食べたんですか……?」
「魔物の再発生までは時間がかかるから、おそらく食べるものがなかったのよ。それで腹を空かせたダークウルフが仲間を食らった」
怖い話だ。
下手すると私があのダークウルフのように食べられていたのだろう。
「もう少しだけ調べたいわね。足跡を辿ってみましょうか」
「……行くんですか?」
「あら、怖くなった?」
「……大丈夫です、行きます」
怖いけど、私の我儘で付いてきたのだ。今さらやめますとは言えない。
「ここからはワタシのそばを絶対に離れずに付いてきてちょうだい。大きな声もできるだけ出さないように。あと、これも持っておいて」
そう言ってミーシャさんは《ストレージ》から槍と豪華な装飾の付いた短剣を取り出す。
そして短剣の方を差し出してきたので、私は思わずそれを受け取ってしまった。
「これは……?」
「護身用よ、大事なものだから後でちゃんと返してね」
「はい、それはもちろん。でも私、剣なんて使ったことありませんよ」
「いいのよ。持っているだけでも牽制になるし、あくまで保険だから。ユウヒちゃんに敵を近付けさせるつもりはないわよ。それにコウカちゃんだって守ってくれるわ」
私の腕に抱かれたままのコウカを見る。
コウカからは絶対に守るという意思を感じられた。この子からここまで強い意志を感じるのは初めてで思わず頬が緩む。
「もう大丈夫そうね。コウカちゃんも無理に戦う必要はないけど、もしもの時はユウヒちゃんをよろしくね」
気付いた時には、さっきまで私の心に巣食っていた不安もすっかりと晴れていた。
◇
先程までとは違い、緊張した空気を保ちながら森の奥へと進んでいく。
ミーシャさんに借りた短剣はとりあえず私の《ストレージ》の中に収納している。必要になったときに取り出せるのは非常に便利だ。
そのまま数分ほど歩いた頃だろうか、ミーシャさんが突然立ち止まる。
「ミーシャさん……?」
「シッ! ……喋らないで」
ミーシャさんが辺りを窺うように見渡していく。
「……あそこの木の陰に隠れていなさい、ユウヒちゃん。ワタシが呼ぶまでは出てきちゃダメよ」
言われたように、数十メートルは離れている木がある場所まで下がっていく。
すると突然、黒い影が森の奥から飛び出してきてミーシャさんに飛び掛かる光景が目に映った。
しかしミーシャさんはその影を槍の柄で軽くいなして、蹴り飛ばす。
蹴り飛ばされたそれは地面に叩きつけられ、動かなくなってしまった。そのため、襲い掛かってきた影の正体がはっきりと見えるようになる。
飛び掛かってきた影の正体はどうやらダークウルフのようだ。
終わったのだろうかと様子を窺うがミーシャさんが構えを解く様子はないので、そのまま見守り続けること数秒後、森の奥からさらに5匹のダークウルフが飛び出してきた。
ダークウルフはそれぞれがミーシャさんを囲むように動くと、すぐには襲い掛からずに低い唸り声を上げて威嚇する。
ミーシャさんとダークウルフの睨み合いが数秒、十数秒と続き、緊張した雰囲気がその場を支配し始める。
そのまま我慢比べが続くかと思われた。しかし、停滞した状況は終わりを迎える。
先に動いたのはダークウルフの方だった。
ミーシャさんの背後に陣取っていた1匹が体勢を低くしたまま襲い掛かり、周囲のダークウルフもそれに合わせるように動き始める。
「危なっ――」
私はその様子を見て思わず声を上げそうになる。
だがミーシャさんはまるで背後が見えているかのように、振り向き様に槍を振るうとその首を切り飛ばした。
その後も次々と襲い掛かってくるダークウルフを槍と体術を使って捌いていく。
「……すごい」
私は純粋にミーシャさんの戦い方に魅せられていた。
ミーシャさんはまるで背中にも目がついているみたいにどんな方向からの攻撃も正確に把握しているし、ダークウルフを翻弄する動きは軽やかで無駄がない。
誰でもできる動きではないだろうし、相当戦い慣れていることが窺える。
1匹、また1匹とダークウルフが死んでいき、このまま何事もなく終わるように思えた。
だが、そこで私はミーシャさんが蹴り飛ばした最初の1匹がゆっくりと起き上がろうとしているのを見つける。
その位置は丁度ミーシャさんの死角だった。
最初に背後からの攻撃を返り討ちにしたミーシャさんだが、あれはミーシャさんも背後を取られていることが分かっていたから対応できたのかもしれない。
もし背後のダークウルフに気付いていないのなら、不意を突かれて一気に不利な戦いになってしまうかもしれない。
声を上げて危険を知らせる手もあるが、ここからミーシャさんのいる場所までは数十メートルは離れている上に戦闘中のミーシャさんに声を届かせるためにはそれなりに大きな声を出さなければ届かない。
だが大きな声を出すと余計な危険を引き寄せてしまうかもしれないのだ。大きな声を出すなというのはミーシャさんにも言われたことである。
決断するべき時はすぐそこまで迫っていた。
私は必死に頭を働かせながら服の上からペンダントを握りしめようとして、両腕が塞がっていることに気付く。
「っ! ……コウカ?」
そこで初めて、強い意志を私に伝えようとしている存在を思い出す。
それは腕の中で警戒しつつもじっとしていたコウカだった。
コウカは“自分に任せてほしい”と言っている。この子の力を借りれば、別の選択だって選べるということだ。
「コウカ、お願い!」
私が声を張り上げた次の瞬間、コウカの前方に黄色く光る玉が出現して膨れ上がっていく。
それは1秒にも満たない時間のうちに今のコウカと同じくらいの大きさまで膨らんだ後、今にも起き上がろうとしているダークウルフに向かって放たれた。
放たれた光の玉は高速で直進していき、ダークウルフに吸い込まれるようにして直撃する。
そして直撃したダークウルフの体は吹き飛ばされた後、腹の底に響くような大きな音を出すとともに木へと激突して止まった。
「へっ……」
想像以上の威力が出て、唖然としてしまう。
でもこんなに大きな音を出してしまったら、大きな声を出さずにコウカに任せた意味がなかったんじゃ……。
「ん、ナイスよ! ユウヒちゃん、コウカちゃん!」
ミーシャさんが吹き飛ばされるダークウルフをチラリと見た後、大きな声で私とコウカにお礼を言いつつ、大きな音に怯んだ残りのダークウルフを素早く仕留めた。
おそらく大きな音が鳴った以上、大きな声を出しても一緒だと判断したのであろう。
ダークウルフが吹き飛ばされても驚いた様子がないことから、全て把握していたのではないだろうか。
……なんというか申し訳なくなってくる。
「とりあえず出てきても大丈夫よ!」
呼びかけられたのでそっと木の陰から出ることにする。
そして死体を一体ずつ確認し、《ストレージ》に収納していくミーシャさんに近づいていくが、流石に気まずくてその足取りは重い。
「ふぅ……これで証拠は十分ね。さっさと街に戻りましょ」
気付くと既に全ての死体の収納が終わって、すぐそばまでミーシャさんが近づいてきていた。
大きな音で魔物が寄ってくる危険もあったため、私とミーシャさんはすぐにその場を離れ、元来た道を辿るように歩いていく。
どうやらミーシャさんはここまでの道をほぼ憶えてしまっているようで、迷いなく歩いていた。
「ごめんなさいミーシャさん、勝手なことをしてしまって」
ミーシャさんはさっきのことを気にしている様子はないが、さすがに謝らないという選択肢はない。
「助けようとしてくれたんでしょ? 別にいいわよ」
「でも、多分助けがなくても大丈夫でしたよね……?」
「うーん……まぁそうなんだけど、結果的にあれのおかげでダークウルフも怯んだし、結果オーライよ」
「……やっぱりぃ」
――うぅ、どうやら本当に気付いていたらしい。
私がやったことは余計なお世話だったようだ。
「あれはユウヒちゃんの優しさの結果なんだから、そんなに気に病まないの。面白いものも見せてもらったし、ワタシにとってもプラスよ、プラス」
「面白いものですか?」
「そうそう。あのコウカちゃんの魔法、とってもスゴかったわ。早くて正確で威力もある。シンプルな魔法だったけど、あれだけでもEランク相当の魔物くらいなら簡単に倒せそうね」
たしかにあれには私も驚いた。
これが眷属になって変化したおかげなのか、元々のスライムの素質が魔力経路から供給される魔力のおかげで開花したのかは分からないけど、ひとつだけ言えることがある。
コウカはとても優秀な子なのだ。
「コウカは本当にすごいね」
私は右手でコウカを優しく撫でる。
その手に体を擦り付けるコウカはどこか誇らしげに見えた。