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ダークウルフとの戦闘の後、何事もなくファーガルド大森林を抜け、街へと戻ってくることができた。
今回は冒険者カードが身分証明書となったので、お金を払うことなく街の中へ入る。
街へ帰ってきた後、私たちはまず真っ先に冒険者ギルドへの報告を済ませることにした。
どうやら今回の情報を基にギルドではファーガルド大森林への調査隊が組まれ、本格的な調査を行うことになるらしい。
ギルドマスター的にはその調査隊にはミーシャさんも組み入れたかったみたいだが、声を掛けられる前にミーシャさんが「今後の調査は、他の冒険者に頼んでちょうだい」と言ってしまったので、悲しそうな顔をしながらも断念したようだ。
そんなこともあったが、森で採取した薬草をギルドの隣にある解体場で引き渡した私の手には依頼の達成証明書が握られている。
初めての依頼は無事に成功したということだ。
報酬として大銅貨5枚をもらったが、そのうちから初めて街に入ったときに立て替えてもらった銅貨5枚分が差し引かれることになった。
大銅貨1枚は銅貨10枚分なので、私が実際にもらったのは大銅貨4枚と銅貨5枚というわけだ。
ミーシャさんは私が依頼を処理するよりも早くファーガルド大森林で回収していたダークウルフの素材の買い取りを済ませたようで、私が建物を出たときにはすでに外で待ってくれていた。
「ミーシャさん、お待たせしました」
「無事に達成報告は受理してもらえたのかしら?」
「はい、バッチリでした!」
「そう、初めての依頼達成おめでとう! 頑張ったわね」
「えへへ、ミーシャさんのおかげです」
――そうだ、喜んでいる場合じゃないな。
大事な物だって言っていたし、忘れないうちにアレを返しておかないと。
「ミーシャさん、この短剣をお返ししますね」
「あら、ありがとう。ワタシもユウヒちゃんにはこれを渡しておかないとね」
そう言って短剣を受け取ったミーシャさんは代わりに懐から麻袋を取り出して、私の手に乗せる。
「ユウヒちゃんが気にするでしょうから、ワタシが昨日貸した分は先に引いておいたわ」
この重みと感触から予想するとこの麻袋に入っているのはおそらく硬貨だろう。だが麻袋の中身を確認するとその内容は想像以上の物だった。
確かにその中には何枚もの硬貨が入っていたが、それらは全て大銅貨と銀貨だったのだ。
これには私も驚愕せざるを得ない。
「なっ、こんなに……?」
「別に多すぎるってことはないでしょう。今回の調査におけるユウヒちゃんの正当な報酬よ」
ミーシャさんは事も無げに言っているが、この世界の金銭感覚を朧気にも掴みはじめている私にはこれらの合計金額が決して安いものではないことが分かる。
親切な人であると思っていたが、ここまでくると流石に疑問を禁じ得ない。
「……どうして、ここまで良くしてくれるんですか? 私が新人だからだとしても、ミーシャさんは新人冒険者全員に手を貸しているわけでもないでしょう?」
「ええ、確かにそうね。ユウヒちゃんの言うように、新人冒険者みんなにお節介を焼いてるわけじゃないわよ」
「……だったらどうして?」
「ただ、ワタシがあなたを気に入っただけ。気に入ったから、手助けしてあげたいと思った」
「えっ……」
何も言えなかった。
私はミーシャさんに何もしてあげられていない。ミーシャさんにとって私は何者でもないのに、一方的に貰ってばかりでどこに気に入る要素があったというのか。
それに“気に入っただけ”が理由なんて――。
「人から純粋に向けられる好意は信じられない?」
「そんなこと、ありません。ただ……そう。ただミーシャさんは私のどこをそんなに気に入ったのか疑問に思っただけです」
「……うーん、最初はただの勘だったのよ」
「勘、ですか……?」
勘って、不確定すぎるだろう。それで他者を気に入ることなんてあるのだろうか。
私が疑問に思っていると、ミーシャさんは言葉を続ける。
「最初に話しかけてみようと思ったのは、ただ何となくっていうのが一番の理由だったわね。そこからあなたと話してあなたの人柄、雰囲気、性格が何となく気に入ったのよ」
「……それだけですか?」
「人が他人を気に入るキッカケなんてそんなものよ。もしそれだけじゃ納得できないなら、膨大な魔力と優秀なスキルを持ち、スライムをテイムしている将来大成する確率が高い女の子とコネをもっておきたかったから……ではダメかしら?」
そう言って優しく微笑みかけてくるミーシャさんの言葉を咀嚼する。
――うん、何となく納得できた。
「はい、それなら納得できます。……ごめんなさい。急に変なことを聞いてしまって」
「もう、本当よ。急にあんなことを聞かれるものだからドキッとしちゃった。まあ、ユウヒちゃんの気持ちもわかるわ。訳も分からず優しくされると怖いもの」
ミーシャさんは「世の中には悪い大人もいるから、女の子はそれくらいの警戒心を持っていないとダメなのかもね」と話を締めくくると、昼食を食べるために食事処へ私を誘った。
それを快諾した私とミーシャさんは食事処へ向かう。
食事処へ向かう道中、ふとあることを思い出した私はミーシャさんに問い掛ける。
「そうだ、ミーシャさん。言い忘れていましたけど袋の中のお金、いくらなんでも多すぎませんか?」
「そう? まずコウカちゃんが倒したダークウルフ1匹分でしょ? それにワタシ宛の指名依頼扱いになった先行調査依頼の報酬の3分の1だから適正金額よ」
あの調査依頼、ミーシャさんへの指名依頼扱いになっていたらしい。
指名依頼は普通の依頼よりも報酬が良いとギルド職員であるジェシカさんの説明で聞いた気がする。
「いや、それでも3分の1は貰い過ぎじゃないですか? ただ案内しただけですよ?」
「その案内のおかげでスムーズに調査が終わったんだから良いのよ」
それからミーシャさんは一転して悪い笑みを浮かべ、「それに――」と言葉を続ける。
「こうしてユウヒちゃんに恩を売っておけば大成した後でたくさんの恵みがありそうだし、言わば先行投資というヤツよ」
「まあ、そういうことなら」
「……ワタシが言うのも何だけどそれでいいの、ユウヒちゃん……?」
呆れたように言うミーシャさんと目が合うと二人して吹き出してしまう。
――うん、こういうのも悪くない。
◇
ミーシャさんとファーガルド大森林に行ってから2日が経過した。
そんな私が今、何をしているのかというと――。
「やあっ!」
剣を使って魔物と戦っていた。
事の発端は2日前だ。昼食を終えた私たちは私の希望で武器屋へ行くことになった。
コウカに任せっぱなしではなく、せめて自分の身は守れるように武器の一つでも持っていた方がいいと思ったのだ。
そうして買ったのは刃渡り90センチメートルほどのロングソード、セール品で銀貨5枚。
ミーシャさんから貰ったお金で買ったので、今回は借金なしである。
その日の午後と次の日を使い、ミーシャさんに剣術の基本的な型を教えてもらい、ひたすら練習していた。
そして今日になって私の希望で角を生やした兎――ホーンラビットの討伐依頼を受け、昼食を済ませた後、街の西側に広がる平原へとやってきた。
ミーシャさんにはまだ早いと言われたが、なんだかいける気がしていたのだ。
その結果――私が持つ剣が振り下ろされた直後にホーンラビットは勢いよく吹き飛ぶ。
……私の横から飛んできた光球によって。
「ナイスよ~、コウカちゃん」
「……コウカぁ」
私は振り向いた先にいるコウカへ恨めし気な視線を送るが、別にコウカが勝手に魔法でホーンラビットを撃ち抜いたわけではない。
コウカは最初、私が剣を持ち、1人でホーンラビットに向かっていくのを嫌がった。
そのため、私が危険であると判断したらすぐに魔法を使ってもいいということを条件に、ミーシャさんと一緒に離れたところで見ていることを渋々受け入れてもらったのだ。
ならどうしてコウカの魔法によってホーンラビットが吹き飛ばされているのかというと、その理由は簡単だ。
私の振り下ろした剣はホーンラビットにやすやすと避けられ、地面を抉るだけだったからである。
つまりコウカは私が剣を振り下ろした隙にホーンラビットから反撃されないように魔法を撃ったに過ぎない。
コウカは微塵も悪くはなく、むしろ守ってくれたため普段なら感謝している場面ではあるが、そうもいかない事情があるのだ。
そう。このホーンラビットに剣を避けられ、代わりにコウカが魔法で撃ち抜く流れは実に12回繰り返されてきた出来事であった。
依頼の達成条件であるホーンラビット5体はとうに倒したし、これ以上は倒さなくてもいいのだが諦めきれずにずるずると挑み続けてきた形だ。
だが、ここまでくると流石に気付く。私に剣の才能はなかったのだ。
つまり、いける気がしたのはただの幻想でしかなかった。
「うぅ……私は剣を扱えないのか……」
私だって運動は得意だし、運動神経もいいほうだ。
でもなぜか剣は駄目だった。
ガクッと項垂れる私にミーシャさんは歩き、コウカは飛び跳ねながら近づいてくる。
「そりゃ、2日練習しただけで通じるわけないわよ。それに自分の身を守るための技しか教えてないんだから、当然と言えば当然よ」
「えっ、そうだったんですか?」
「……ユウヒちゃんは自分の身を守るために剣を買ったのよね。だから時間稼ぎとか相手の攻撃を捌く術から教えたのだけれど……まさか、忘れていたわけではないわよね」
「あー、あはは……」
胡乱な目で射抜かれ、つい愛想笑いで誤魔化してしまう私。
すっかりと忘れていたうえ、少し上手くいっていたせいで謎の自信を持っていたのは疑いようがない。
「はぁ、そもそもコウカちゃんがいるのにユウヒちゃんから攻撃しに行く必要はないでしょう。この子はユウヒちゃんを守りたいのよ。だから、ユウヒちゃんが自分よりも前に出るのが不満なの」
「コウカ……」
ミーシャさんの言葉に対するコウカの答えは肯定。
コウカが不満そうだった理由、そういうことだったのか。
ミーシャさんが気付いているのに、一番この子のそばにいるはずの自分が気付いていないなんてダメダメだな、と反省する。
「ごめんね、気付けなくて。……これからも守ってね、コウカ」
手に持っていた剣を《ストレージ》に仕舞い込み、両手でコウカを抱き上げる。
しばらくはコウカに守られる関係が続きそうだ。
◇
草原から街に帰ってきたときにはすでに夕方になっていた。
帰ってきて早々、ギルドの解体場へ向かった私はホーンラビットの素材を引き渡し、報酬と余剰分の買取額を受け取る。
「んー、なんだか疲れたなぁ」
「今日はもう休んでしまいましょうか。明日は……あら?」
解体場からミーシャさんと話しながら出てくると、すごい勢いで冒険者ギルドのほうへと入っていく人影が見えた。
「あれは……ファーガルドに調査へ行った冒険者の一人ね」
訝し気なミーシャさんと一緒にギルドの入口へと歩いていくと、ギルドの中から「大変だ!」という男の声が聞こえた。
私たちが駆け足でギルドに近づき、中を覗き込むと先ほどギルドに駆け込んでいった冒険者が荒い息を必死に整え、声を荒げる。
「ファーガルドに魔物の群れがいた!」
賑々しかったギルドは静寂に包まれた。