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屋上が本格的に閉鎖されて、俺と眼鏡の男が会うことももう無くなるかと思った矢先、なぜか3年の廊下でうろうろしているちまっこい見慣れた背中を見つけた。
「おまえ、2年じゃなかったのかよ。久しぶりだな、うっかり眼鏡くん。」
「椎名さん、よかったぁ。うちの学校広すぎて正直もう会えないかと思ってました。」
「おまえ、すっげー今更なこと聞いていいか?」
はいはい、なんでしょ?と笑う。
「名前なんつうの?」
「本当に今更だっ。教えるのまだでしたねそういや…西浦拓真(にしうらたくま)です。でも「眼鏡くん」でいいですよ。呼び方変えられるのもなんか今更だし」
「そっか。たくま、ね。拓真って呼んでもいいよな?」
「眼鏡くん、でいいです。むしろ眼鏡くんがいいです。」
「そんなに俺に名前呼ばれるの嫌か。たっくん」
「それクラスの女子からも呼ばれてるから嫌です!」
「なんだ結構モテんのな、たくまきゅん♡」
「うわー!椎名さんかなり気持ち悪いですよ!?」
あははっと高笑いして、それじゃあまたね、と拓真は機嫌よさそうにこちらに手を振り、ぱたぱたと走っていった。
こいつはいつも決まって話がちょっと出来ると満足そうに離れていくのだった。俺も俺で引き止める理由も特に無いのでその背中を見送った。
はずだったのに、気がつけば足が勝手に動いていた。
「おいっ」
追いかけてきた俺に、拓真が足を止めて振り返る。
「椎名さん?」
「これ、やるよ。唇ちょっと切れてるぞおまえ」
俺はスラックスのポケットから新品のリップクリームとメモを取り出す。ずっと渡そうと思ってタイミングを逃してしまっていた物だった。
「それから、2年のおまえは俺の教室まで来づらいだろうし、なんか話したいことありゃその紙に連絡先書いてあるからな」
「おー、リップだ。え、いいんですか?夜中にスタンプ爆撃しますよ?」
「通知切るからなそれやったら…」
「冗談ですよ」
拓真はリップのパッケージを開けて、唇にすっとリップクリームを塗った。うっすらとツヤツヤした膜が張られてパッと口を開ける。
「いい匂いしますねこれ。…椎名さん俺のこと大好きじゃないですか」
茶化すように言うもんだから俺も冗談混じりに、
「おう。椎名さんはおまえが大好きなんだよ。」
と返す。拓真はえへへ、と困ったような嬉しいような顔をして自分のほっぺたを両手で抑えて笑った。かわいこぶってるつもりらしい。かわいい。
「そんなこと言ってー、甘い言葉にだまされませんよ俺はーっ。またね椎名さん」
「おう、またな」
最後に会った時と同じように手を振ると、拓真も同じように手を振って走り去っていった。
拓真がいなくなった後、なんとも言えない感情が押し寄せてきて俺は思わずしゃがみこんだ。顔が熱い。きっと真っ赤になっているに違いない。やばい。拓真のことを意外と本気で可愛いと思ってしまった自分がいた。
少しちっちゃくて眼鏡の似合う俺の後輩のことが頭から離れない。
体育祭が近づいて、学年の壁が比較的狭くなる合同練習などの空き時間には無意識に拓真の学年とクラスを覗いてその姿を探してしまう。
目が合えば嬉しくなって軽く手を振ってしまう。拓真の方も俺を見つける度に小さく手を振り返してくれるようになった。
それがすごく嬉しい。
そして、拓真が1人になった時に話しかけに行くことも増えた。
「よ、たっくん」
「椎名さん!」
「最近どうだ?なんかあったか」
「うーん、相変わらずかなぁ。現文の佐藤先生の授業寝ちゃダメなんでしょうけど、やっぱり寝ちゃいま…あ、でも数学だけは別だね。あの先生の出す問題は簡単すぎちゃって…!あれなら教科書読めばすぐ解けると思いますよ」
「いや、それはそれでまずいだろ……じゃなくて、なんか面白いこととかないのかよ」
「椎名さんが話しに来ただけで充分楽しいですよ」
拓真はふわりとした笑顔でそう言った。
「そっか。」
照れ隠しに頭をかいた。
拓真が誰かと話しているのを見る度、胸がちりりと痛む。
「椎名さん……彼女でもできたんです?」
「いや、まだ」
「そっかぁ。よかった。」
「なにがだよ」
「俺、椎名さんの事好きですからっ」
拓真は当たり前のようにそう言い切った。
「知ってるよ、ばぁか」
俺も好きだけどな、とは言わなかった。
でもきっと拓馬は俺の事を恋愛的な意味で好きだと言っているわけではない。ただの先輩として好かれているだけなのだ。それでも良かった。
拓真は俺の大事な後輩なのだから。
「椎名さん、今日おヒマですよね」
「人を暇人みたいに言うな。ヒマだけどよ。どうした?」
「…俺の家、来ませんか?」
「行く」
即答だった。
「えへへ、嬉しいな」
「なんだよ」
「だって、初めて来てくれるんですよ」
「まぁな」
「椎名さん、俺の親いないからゆっくりできると思うんで、くつろいでくださいね」「おう」
それ以降の1日の記憶がほとんどない。
駅前で待ち合わせして、二人で駄べりながら歩き拓真の家に着いて部屋に上がり、緊張するなと言う方が無理な話だった。
拓真の部屋は予想通りというかなんというか、本や漫画がたくさんあって、ゲームもいっぱい置いてあった。あと、なんかめちゃくちゃいい匂いがした。拓真はいつもここで生活しているのだと思ったらなんだか不思議な気分になる。
「椎名さん、コーヒーでも飲みますか?インスタントですが」
「わざわざすまんな」
「えへへ、なんか不思議な感じするね。椎名さんが俺の部屋にいるのって」
「確かにな」
拓真と2人で並んでソファに座り、テレビを見ながら他愛もない話をしていたり、ゲームをして遊んだ。友達とこんな風にして遊ぶのは久しぶりで本当に楽しかった。
少し遊び疲れてソファにもたれかかりウトウトしていると、拓真がブランケットをそっとかけてくれた。どっちが先輩なんだかわからない。
「ねぇ、椎名さん」
「んー?」
「俺、椎名さんのことずっと前から好きでしたよ」
一瞬時が止まった気がした。
「……うん」
「気づいてましたよね」
「おう。バレバレだわ」
「ずっと…探してたんです。屋上で少し寂しそうに一人で立ってる椎名さんのこと、どこかで話がしたいなってずっと思ってて…。椎名さんは背が高くて髪も染めてて、ちょっと不良っぽい雰囲気だったから、それに合わせて吸ったこともないタバコなんか親からパチッたりして…だからあの日、話しかけてもらえて、すごく嬉しかったんですよ。」
「そうか……」
「はい。俺、椎名さんが好きなので。」
「知ってる」
「ちゃんと言ってほしいなぁ」
「……俺も、お前のこと好きだよ」
「えへへ、やった!あー、なにこれ超照れるっ…!」
拓真は顔を真っ赤にしなががらもじもじしていた。その様子が可愛くて、思わず笑ってしまった。
「…なんで笑うんだよ!」
「いや、別になんでもないけど」
「絶対なんかあるだろ!言ってくださいよ!」
「うるせぇなぁ。可愛いと思っただけだよ」
「かわっ……!?う、うぁぁっ」
「うぉっ!ばか、抱きつくなよっ」
拓真は急に俺に思いっきり飛びついてきた。
「椎名さんっ…椎名さん椎名さんっ…!」
頭をぐいぐいと俺の胸に押し付けながらぎゅーっと抱きつく。
「ずっとこうしてみたかった…俺もう幸せすぎてもう…!」
「大げさだなぁ」
「だって…両想いなんて思ってもなかったから…!俺ばっかり好きなのかと…」
拓真は子供みたいにはしゃいでいた。
あやす様に頭にぽんぽんと手を置いて、俺からも抱きつく。二人分の体温でほかほかとあたたかい。拓真の心臓の音がよく聞こえてくる。俺と同じぐらいドキドキしていて、とても安心できた。
「椎名さん、大好きです」
「はいはい」
「もうー、本当なのになー」
「わかってるっての」
「…椎名さん」
「ん?」
「…ちゅーしてもいいですか」
「だめ」
「えぇ〜!!︎」
「ふふっ、おまえちゅーだけじゃ止まれないだろ。だーめっ。」
「ええぇぇ〜。えへへっ」
そう言いながらも拓真の顔はとても満足そうな表情をしていた。
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