テラーノベル
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「英帝殿。これからよろしくお願い致します」
私はそうやって、彼に握手を求めた。彼の黒い手袋をはめた両手。ここ数年でやっと慣れた西洋の服。服に着られている私と比べて、胴に入ったその立ち姿は威厳すらも感じさせた。
微かに吹く風が彼の薔薇の香りを運んでくる。
彼の着ていたような外套、彼からいつも香った甘い香りにそれは似ていた。
「嗚呼、大日本帝国殿、こちらこそ友好な関係を築けると嬉しいよ」
あの時、あの日見た太陽の光を吸い込んだように輝く金色の髪にまるで宝石のような翠の瞳。どこか恐ろしいその顔付きはあの頃とちっとも変わっていなかった。
あの日、私に恐怖を覚えさせたことをこの男は覚えているのだろうか。
彼と同じ色の瞳をしているのに、彼と同じ色の髪をしているのにどうしても同じには思えない。
畏怖の念を抱かざるを得ないその姿は流石欧州の覇権を持っている男と言えるだろう。
「こうしてお会いできるのを楽しみにしておりました。お久しぶりですね」
「おや?俺はお前と会ったことがあったかな?」
「ええ、ありましたよ。貴方が私の愛しい人を騙った際に」
「彼の国民を人質に取るような非道な方の顔を忘れられるわけがないじゃないですか」
文化五年の事だった。
久しく我が家に来ることのなかった阿蘭陀さんが久々にやって来た。いつくるかと、心待ちにしながら毎日眺めていた出島にある彼の国旗。それが掲げられた船は私の心を躍らせた。
それが偽物であると気づくまで、私は彼と何を話そうか、何をご馳走しようか、どんなおもてなしをしようか、そして彼がいる短い間をどのように二人で過ごそうか。そんなことばかり考えていた。いつも三年と長い月日をかけて我が家を訪れてくれる愛しい彼の顔を見たくて、彼に触れたくて仕方がなかった。
阿蘭陀通詞と共に彼らを出迎え、船に乗り込もうとした時。目の前で武装した船員によって彼の大切な国民を拉致された。呆然としていると船からはオランダの国旗が降りていき新たな国旗が掲げられた。
藍地の背景に紅と白の太い十字と傾いた十字初めて見るその国旗は話には聞いたことのある、彼の風説書に記されていた国だった。
欧羅巴の荒くれ者・英吉利と。
その船の名前を「フェートン」と云う。彼らは捕虜の一人であるホーゼマンさんを釈放し、薪や水、そして食料の提供を要求した。そして、供給がない場合は港内の和船及び唐船を燃やすといった。
なんと残酷なことだろうか。欧州ではこんなことが横行しているのか、それとも彼が普通ではないのか。私には判別がつかなかった。
その年の長崎の警衛は佐賀藩が担当していたが、彼らは太平の世に慣れ過ぎてしまった。佐賀藩の藩主鍋島斉直は幕府に無断に守備兵を減らしていた、これが英夷に後手を取った原因だった。
一人では何もすることのできない長崎奉行の松平康英は急遽として薩摩藩を含む九州諸藩に応援の出兵を求めてはみるも、気休めでしかなく食料や水を提供し要求を受け入れざるを得なかった。仕方のないことだった、私も彼の愛しい国民を犠牲にするわけにはいかなかった。
大村藩主、大村純昌が着くも時すでに遅し。「フェートン」を抑留もしくは焼き討ちにすることはできず、彼らの船は碇をあげて長崎港外に出てしまっていた。
憎らしくて仕方がない。私はずっと心待ちにしていたのに、あの男は私の彼に対する気持ちを弄んだのだ。
屈辱で仕方がなかった。結果だけ見れば確かに我ら日本側に被害はなく、彼の国民も皆無事だった。だが、松平康英をはじめとする関係者は国威を辱めたとして自責の念から自刃をするものもいた。
彼らは私から食物を奪うだけでは飽き足らず、結果として我が国民の命を奪ったも同然だった。
彼らは皆私の愛しい子であったのに。
何よりも許すことのできなかったのは、あの男が彼の名前を騙ったことだった。
私の愛しい人。そして私の友人に何をしたのかと、聞くことができなかった。
自らの無力さが悔しくて仕方がなかった。彼の隣に立つのはあの男のような国なのだろうか。
その後、彼がナポレオン帝国により占領され、くることができなくなったと知ったのは後の話だ。それを知ったのは、彼が再び我が家を訪れてくれた時。それまで、彼は療養をしていた。
何もすることのできない私は、ただただ、出島に立つ彼の国旗を商館長のドゥーフさんと眺めることを繰り返していた。彼が再び私の元を訪れてくれる七年後まで。
その紅と藍と白はあの英夷にも通ずるはずなのに、同じ色であるはずなのにそれが彼のものであるだけで愛おしく感じる。
私は知らない、国旗を掲げる場所のない彼の国旗が私の国で唯一掲げられていることも。彼が当分は私の元へ来てはくれないことも。
「あ〜そんなこともあったなぁ?だが、あのことはもうアジアの制海権は俺が持ってたんだ。何したって文句はないだろ?」
「おや、本当にそう思っているとしたら相当能天気な頭をしているみたいですね」
彼がくれた甘味も、彼の煙管の煙の匂いも、彼の美しい瞳の色も、髪の色も、決して理由を教えてくれない額の傷も、彼の笑い方だって。何もかも忘れることのない、頭の中に何度も蘇っては、私の頭を侵食して行く。
会えなければ会えないほど愛しくてたまらなくなる。
もう一度彼と、あの愛しい日々を過ごしたい。例え、亜米利加に屈しても彼とだけど2人きりの交易じゃなくなったとしても。
私は、もう一度あの日々を取り戻したかった。
私の思い出を彼と同じ太陽の光を反射する黄金の髪をもつ男たちが汚していく。
欧州に追いつこうとするたびに、彼との思い出が一つ一つ消えていくような、そんな感覚がする。
彼は私と相対する運命を選んだ。私が戦をするのを止めた理由はなんだったのだろうか。
アメリカさんと、イギリスさんと、中国さんと協力までしたのはなぜだろうか。
私には彼の挙動が一つとて理解できなかった。
あの黒い船で私の元に来たのと同じように、亜米利加は唐突だった。空がぴかりと光り、空にキノコのような雲が二つ浮かんだ。そして気づいたら私は負けていた。
地面にこぼしてしまった朱墨のような鮮やかな紅の液体。
それは確かに私の身体から流れ出た血液だった。
完治には五十年がかかるといわれた。
白い病院の天井を眺める。視界にはそれしかなく、することもない。視界に入るのはどこをどう切り取っても病室の純白ばかり。
するべきことも、なすべきこともない一つとして存在しない。やりようのない焦燥感を思考の海へと沈めることしか、私にはできなかった。
なぜ、こうなったのだろうか。今思えば全て些細なことだった。
全てを外に求めてしまったが故、きっとこうなったのだろう。我が国の経済が落ち込んだことも、米が国から消えたことも、たくさんの会社が倒産したのも、誰のせいでもなかったのに。
どこで、道を踏み外してしまったのだろうか。
きっと清に手を出し時にはもう手遅れだった。埋まらない愛しい彼との距離感を何かで埋めようと必死だった。
薄れゆく愛した日々に手を伸ばして、私が彼に及ぶ地位を持つことができたのなら、あの日々をもう一度自分のものにできる、そう思ってしまった。
他国を侵略し、我が物とすることが彼に近づく唯一の方法だと私は疑うことができなかった。
病室の扉が開く。
私の見舞いであることは一目瞭然だ。この部屋は私の1人部屋だ。アメリカさんだろうか。戦後復興の相談か、それとも別のことだろうか。
ここのところは我が国の国民が何人も戦犯として裁かれてると聞いた。
私や天皇陛下もよもやその裁かれる側に回ったのかもしれない。
だが、きっとそれは然るべき処置であると言えるだろう。
確かに私たちは逃れようのない大罪を犯したのだから。
だが、扉の前に立っていたのは予想とは違う人物だった。
「オランダさん?」
チューリップの花束を持って立っている彼は、私に静かに語りかけた。
「日本。大丈夫やざ?」
簡素な質問。返答を聞かずとも見ればツーカーの彼なら理解できるだろう。
それをわざわざ聞いてきたのは、私の口から聞きたかったからだろうか。
あの頃と変わらない額の傷、煙管の匂い、髪の色、瞳の色、全てがあの愛しい日々を思い出させた。
敵対していた頃とは違う穏やかな笑み、その姿は心底私を安心させた。
慣れ親しんだ彼がそこにいる。彼の姿を見て、不覚にも少し瞳が潤んだ。
言葉が出てこない、何を話せばいいのか、そう思案してしまう。
「お久しぶりですね。お見舞いに来てくださるとは思いませんでした」
ようやく口から出た言葉はそんな言葉で、つくづく自分に呆れた。
感謝の言葉はまだ口にできていない。
「お前がやっと落ち着いたって聞いてな」
そう言う彼は何事もないようにすでに花瓶に入っていた萎れそうな花を抜き彼ののボタン百合をそこに挿した。
眩しい紅はあの時流れた血とは比べ物ような美しく鮮やかな色をしていた。
「そうですね。確かに、あの頃の私はどうかしていたと私自身が一番思います」
「そうやな。確かに正気には見えなかったわ」
「そうそう、竹槍で戦機を落とそうなんてまるで滑稽極まりないですよ」
「当時の私はどうしてそれでアメリカさんに勝てると思ったんでしょうかね?」
「お前そんなことしっとったんか」
どうやらこの話は彼には伝わっていなかったらしい。
不覚にも大恥をかいてしまった。知らないのなら、格好の悪い事なんて言わなかったのに。
「なんであっても、お前が元気そうでよかったわ」
「それだけ今日は見にきたんや」
それだけ言うと、私に一声もかけず彼はこの部屋を後にした。
部屋に残された彼の煙管の匂い。
わざわざ彼がここまできて私の様子を見にきてくれたと言う事実が嬉しくて仕方がない。
今度は偽物ではなかった。彼本人の姿を見れることが、私の幸せだった。
私が目指すべきだったのは彼の隣に並べる強い国ではなく、彼と笑い合える良き同盟国だったのだ。
今まで気づかなかったなんて、本当に恋は人を盲目にする。
隣のチューリップの花が香る。唖々、時々彼から香る甘い匂いの正体はこれだったのか。彼に包まれているような不思議な感覚。
その日は珍しくよく眠れた。
貴方との祝福の夢を見ながら。
一本のチューリップの花言葉「貴方が運命の人です」
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友ゴリラ
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#アーサー・カークランド
そらしろ
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コメント
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みぅです🤍🥀 第3話、読ませてもらいました。 フェートン号事件の記憶が、日本さんの中でずっと色あせずに残ってて、その根っこにあるのは“オランダさんへの想い”なんだなって思うと、胸がぎゅっとなる。 「彼と同じ色なのに、どうしても同じには思えない」って一文、英帝との違いを感じさせるだけでなく、日本さんの一途さがにじんでて好きだなあ。 病室でオランダさんが見舞いに来てくれるシーンは、ほんとに救われた。 「お前が元気そうでよかったわ」って…それだけのために来てくれたんだよね。 あの場面で流れる空気感が、とても優しくて、読んでるこっちまで泣きそうになった。 花言葉まで物語に溶け込んでるの、すごく素敵だと思いました。 YURIさん、ありがとうございます🌷