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以前チラッとご紹介した通り、スプラタ・マンユの七柱の中で、魔力量最大を誇るのが『蹂躙のアヴァドン(カリンマトゥアヴァドン)』である。
シヴァで黒毛和牛百頭近く必要だったのだ、並大抵の野生生物では、それか大量の群れでも見つけなければ、パズス戦以前のようにコユキがギリギリの戦いを余儀なくされてしまう。
思い悩んだ末にアヴァドンが顕現(けんげん)先に選んだのは、山口県下関市の唐戸(からと》魚市場に隣接した『海』であった。
綺麗に整えられた臨海の護岸柵を、アヴァドンから魔力による浸食を受けた半魚人の様な悪魔たち、分かり易くいうと手足が生えた人サイズのトラフグ数百匹が、ワラワラと乗り越えて上陸して来たのであった。
かぎ棒に聖魔力を流して、美ボディ化したコユキに釣られる様に、周辺に居た漁師さんや市場内で働いていたふぐ調理師免許保持者の料理人さん達も、血走った目で戦いに参加したのであった。
高速でサクサクやっていると、血迷った漁師っぽいチャン兄が抱きつこうとしてきたのでアクセルで煙に巻いて、移動した先に、不自然な存在を見つけて近付いていった。
そこに居たのは、下関の沖合いに間近く浮かぶ舟島、巌流島で宮本武蔵と戦い、命を散らした天才剣士、佐々木小次郎っぽい見た目の、可愛らしい『着ぐるみ』であった。
ゆるキャラっぽい着ぐるみは、近付いたコユキの方向へ体毎向き直って、あろうことか着ぐるみを脱ぎ去ったのであった。
戸惑う事無く。
少し離れた場所から、避難しつつも事の成り行きを見ていただろう、子供達の悲嘆(ひたん)に暮れる泣き声が聞こえた様な気がしたが、一切構う事無く、中から登場した初老の女性はコユキに向かって語り掛けた。
自分はアヴァドンだと言って、若干薄くなった頭頂部を見せて礼をした後、そろそろ制圧されそうなふぐ魚人に目を移して続けた、手土産です、と。
それを聞いたコユキは苦笑いを浮かべ、かぎ棒を使って解放し、確り(しっかり)と赤い石を保護するのであった。
後片付けのように透明の石を拾いつつ、残存するふぐ魚人を鮮やかな手並で屠(ほふ)っていく、コユキ(痩せ型)の姿を息を飲んで見つめるオッサンやニイチャン達。
最後のふぐ魚人悪魔をかぎ棒で刺したコユキに対して、彼等はヤンヤヤンヤと拍手喝采、惜しみ無く賞賛の声を上げたのだが、周辺には活きの良いトラフグたちが、ビチビチと跳ね動き、ブヒブヒ、ビィービィーと豚鼻みたいな泣き声を響かせるのであった。
何となくのノリで、無礼講でふぐ祭りじゃー! とか、厳(いか)つそうな漁労長みたいな人が叫ぶと、最早止める事など誰にも出来ない程の盛り上がりになってしまった。
なったのなら、なってしまったら仕方が無い、そう考えたコユキは、お客さんや市場の店員さんたちに混ざって、生まれて始めてのテッサやテッチリ、フグカラに舌鼓を打つ事となった。
当然、ショッキングピンクの毛糸の下着セットでは無く、いつものツナギとキャップ(神聖)を確り着込んだ格好であり、とっくに体型も元通りであった。
タダじゃ悪いよ、なんて遠慮するヤツは馬鹿だ! と思っているコユキがバクバク頂いていると、キョロキョロと周りを見回しながら、適齢期っぽい漁師や店員たちが歩き回っている事に気が付いた。
口々に、さっきの綺麗なねぇちゃん何処行った、とか、運命の女(ヒト)を見つけたのに、とか、パイオツカイデーのチャンネェ…… とか言っているようだ。
たぶん嫁不足とか深刻なのかも知れ無いな…… そう、少し同情したコユキは満腹になったのでさっさと帰る事にしたのであった。
ふうぅ、これで味方、スプラタ・マンユはフルコンプリートだ、と、一安心したコユキは、善悪に作戦成功の暗号『トラトラトラ』を送ろうとしたのだが、その直前、逆に善悪から緊急連絡のタイトルで、珍しくメール形式でのアクセスがあったのだ。
ふぐ寿司の駅弁を買い込んで居たコユキは僅(わず)かながら焦りを見せた。
デザートの淡雪をまだ買って居なかったのである。
兎に角、善悪が送ってきたメールの内容(英字の羅列)を自身の頭の中で処理して行った。
今コユキは九七式欧文印字機と化していた、アメちゃん的に言えば『パープル』ってやつに成り切って心の中で、カタカタカタってやっていたのである。
コユキは周りに聞こえ無い様に小さく呟いた。
「秋田県、八郎潟(はちろうがた)、だ、と……」
なんで、行ったり来たりさせるんだろう! もう! 全く!
これがコユキの正直な感想であった、それはそうだろう、つい最近山形まで行ったばかりなのだから……
まあ、そんな愚痴を言っても仕方がない、それより大事な事を回収して置こう、保護直後に遠征を余儀なくされたアヴァドン君へのごめんなさい、フォローってやつが大切に違い無い。
「なんかゴメンね、アヴァドン君! 家に帰る前に秋田って所に行かなきゃなんなくなちゃってねぇ…… 疲れてるのは分かるんだけど、もうチット辛抱してね」
コユキが掌(てのひら)に乗せたアヴァドンは、その金色の光りを輝かせるだけではなく、脳内に声を届けてくれた。
『御心配には及びません。 この、蹂躙のアヴァドン、持ちうる力を存分にお見せしてご覧に入れて見せましょう! くふふふふ』
頼もしいことこの上ないな、コユキはそう思ったのであった。