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ガラガラ。保健室の部屋を開ける音が響く。

「福浦さんはいますか?」

「福浦は私ですけど?」

紗季が言うと、カーテンが勢いよく開いた。

「松村?」

「何しに来たの?」

松村が先のベッドの隣に行って、傍にある椅子に腰かけた。

「公安の協力者であるお前が、この一般人に何か用なのか?」

「まあな。なあ、福浦、ラトレイアーって知ってるか?」

「……」

紗季は、無言で小さく頷いた。

「ラトレイアー……ってなんだ?」

今藤が首を傾げる。

「聞いたことあるわ。極悪テロ組織の事でしょ?」

「それが……」

愛川が言うと、松村は少し俯いた。

「ラトレイアーは、テロだけを目的とした組織ではない可能性があるという事だ」

「どういうこと?」

福浦は首を傾げた。

「米秀学園、英才学園、その他中学校を捜索したところ、拠点がいくつか確認された。今日にでも、調査員を派遣して調べさせるつもりなのだが、各国には構成員がいることも確認されている」

松村は意を決したように目を見開いた。

「そこで、お前に公安の協力者になってほしい。一般人にこんなこと頼むのはどうかと思うが……」

「いいわ。私も、ラトレイアーを追っているから」

松村は少し笑顔になると、鞄からパソコンを取り出した。

「それなら話が早い。今日調査するのは日秀学園の方で……」

そう言いかけたとき、驚いた顔とともに、キーボードを押す手が止まった。

「どうしたの?」

「そんな……あり得ない……」

松村の左手が小刻みに震えていた。

「ラトレイアーと敵対する、もう一つの犯罪組織、サジェスが動き始めているようだ」

「サジェスって?」

「こちらも国際的な犯罪組織、だが、ラトレイアーと違うのは、損得勘定ではなく、人情を優先する点だ」

「その組織が動き始めているって……」

松村はフードを被った。

「否が応でも、同時に二つの組織と敵対することになるという事だな」

「厄介なのが一人いるんだ。一人はラトレイアーにいるもので、コードネームはフォリー」

「ふ、フォリーって……」

三人の顔が青ざめていく。

「今藤、今お前、例の名簿持ってるか?」

「あ、ああ。持ってるよ。はい」

今藤はファイルを取り出すと、松村に渡した。

「……やっぱり、ほらここに名前がある」

松村は指を指して言った。そこには、『咲田大地』と書かれた欄と、顔写真が一枚張り付けてあった。

しかし、その顔写真はおかしなもので、右の頬に包帯が張られていた。

「この怪我何なの?」

「おそらく、殺しの仕事をしているときに負ったものだろう。この写真が撮られたのは去年の12月。この時の怪我は、左腕と、右足に切り傷を負っていた」

松村はパソコンを再び立ち上げると、「こいつは小学校三年生だから、戦争を経験していない。ってことはどういうことかというと、命に対する考え方が危ういという事だ」と言った。

松村は、それに――、と続けた。

「そんな男が全世界で指名手配を受けているなら、このまま逃がしておくと、混乱に陥る」

「そいつを捕まえなきゃいけないってことだよね?」

「俺らは捕まえるつもりだ」

今藤は腕を組んでそこに立っている。

「今、公安が各国の拠点を捜索している。他国のFBI、CIA、MI6が捜査している」

「手を出すなって要請でしょ?分かったわ。私達警察はアンタら公安警察、の協力者にも口は挟まない」

愛川は今藤の隣で言っていた。

「私も動けるから、協力してあげる。腕を深く切っただけだから」

「じゃ決まりだな」

松村は椅子の上から立ち上った。


「――米秀学園で拠点を発見。構成員は二人だが、どちらも末端で、フォリーについての情報が手に入らなかった。引き続き調査を続ける」

カチッ。

「――よくやった。そっちに探偵はいるか?」

「――ええ。それと……ブラックスノーがここに……」

通信機を持った男が、歩美と雪の方を見た。

「お久しぶりです先輩」

「久しぶりだな」

男の方は手を頭の後ろを掻いていた。

(そうか、雪ちゃんって元CIAのエージェントだったんだ……)

歩美は雪の横顔を見た。

「戻ってくれる気になりましたか?」

ワクワクしながら、雪の方を見る後輩を、彼女は死んだような目で見つめた。

「いや、戻る気にはなれない」

「でも……コードネームも気に入ってるじゃないですか?裏世界で名を馳せた凄腕エージェントだったじゃないっすか⁉」

「……あたしらみたいなのがいるから、誰かが死んで悲しむ人がいる。凄腕のスパイだったから、軍隊に引き抜かれた。小学生の頃に何人もの人を殺してきたんだ。誰かを殺すたびに、魂が抜けるようなあの嫌な感じはもう、感じたくない」

雪は切ない顔で俯いた。

「そう、ですか……」

雪のその表情を見て、後輩は少したじろいでしまった。

「それより、FBIも動いてるのか?」

「はい。そもそも、こういった仕事は、俺たちCIAじゃなく、FBIが本職だから」

(FBI、か)

雪は後輩の後ろにいる二人の末端構成員を、軽蔑するような顔で見た。


「中家先輩!お久しぶりです」

「……うん。捕まえられたようで良かったよ」

同じく米秀学園で、別の拠点を発見し、構成員も何人か逮捕した。

そこには、中家景音こと、サージュがそこに居た。

「一年生でも、君みたいに話の通じるやつがいて良かったよ」

「ええ。うちには、戦争に出た兄がいるので……」

「……そうか」

景音も雪と同じ顔をしていた。

「しかし、先輩も災難でしたね。友人が自殺で無くなってしまってしまうなんて……」

「……自殺なのか」

景音は初めて知ったというような表情で、目を見開いた。


四年前。

米秀小学校にて。

「景音!」

「うわっ」

突然後ろから背中を叩かれ驚いてしまう。

「びっくりした……」

「ごめんごめん」

後ろにはロングヘアの女の子がいた。

「景音、この前のテスト何点だった?」

彼女はランドセルを下ろして景音の隣に座った。

「百点」

「いやー、やっぱりすごいねー!」

「……まあな」

景音はぶっきらぼうに答えた。

「……もう‼もっとなんか言ってよ!」

「えー……」

景音はそう言ってランドセルを後ろの棚に仕舞いに行った。

「お前、何点だったの?」

「私?私は八十点〰〰!」

「嘘つけ、どうせ六十点だろ」

景音が彼女の隣に座りながら言った。

「なんで分かったの⁉」

「分かるさ、なめんなよ?詩音がそんな高い点数を取るわけないもんな」

景音は馬鹿にしたように笑うと、詩音という女子の方を見た。

「潜入捜査のために人を騙すのも、得意なんて。ほんと凄いよね」

「お前はすぐ信じるから気を付けた方がいいよ。それと、もうすぐ戦争も始まるみたいだしな」

「……だね。私達、戦争に出ないで済むかな?」

詩音は椅子の背もたれにもたれかかり、両手を頭の後ろに回した。

「お前は元気だし、すぐ徴兵されるんじゃないのか?」

「反対にアンタは痩せすぎで、徴兵されそうにないね」

彼女は景音の手首をさすった。

「ここまで骨が浮き出てるなんて、ちゃんとご飯食べてるの?」

「お前の方も、眉毛剃ったことあるだろ?」

景音は詩音の眉毛をゆっくりなぞった。

「太眉だから、元気に見えるんだよ。定期的に整えないと……」

「う、うるさいなあ……気にしてるんだからいちいち言わないでよ!」

詩音は手を放し、顔に手を当てた。


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