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景音はそんな彼女の様子を見て、笑っていた。
「中家と、八神。ちょっと来てくれ」
教室のドアには、背の高い男が立っていた。
「戦争……ですか?私が……」
詩音の顔がどんどん青ざめていく。
「ああ。ただ、戦いに出ると言っても、援護をしてもらうだけだし、お前の命の保証は必ずする」
男が頭を下げてお願いしている。詩音は困った様子で、わなわなしている。
「どうして詩音が?」
「FBI局長からの推薦なんだ。お前は、体が弱いわけではないし、成績も優秀だが、そんな人材を手放してしまえば、世界情勢が狂ってしまう」
男は顔を上げると、バインダーを片手に紙をペラペラめくっていた。
「CIAの秋原雪、ブラックスノーが徴兵された。彼女もCIA局長からの推薦だった」
「い、いやしかし……」
「……大丈夫。私、戦争に行きます」
景音が行けないと言いかけたとき、詩音は俯いたまま凛々しい顔で言った。
「詩音?」
「大丈夫だよ。雪ちゃんも居るなら安心だし」
詩音は景音の顔を見ながら言った。詩音は続けた。
「それに、アンタが行くよりマシだよ」
詩音は笑顔で言っていた。
「……分かったよ。お前がそこまで言うなら行けばいいよ」
「……」
詩音は黙って景音の横顔を見ていた。
「……もう!そんな暗い顔しないでよ!」
「いてっ……」
左手で彼の背中を勢い良く叩いた。
「いつちゃんと帰って来るか分からないけどさ、私が戻ってくるまで、元気に待っててよ」
「……その保証無いかも……」
景音は弱気で首をさすった。
「じゃあ、私がどこにいても分かるようにしようよ」
「は?」
詩音は右ポケットから鈴のついたゴムを取り出し、手首に巻き付けた。
「こうしたら鈴の音でどこにいるか分かるでしょ?」
「……あほらしいな」
景音は鼻で笑った。
「なんで笑うの⁉」
「そりゃ笑うだろ!だって、子供みたいだし……」
「もうー!」
詩音は顔を赤くして怒っている。
その日の夕方。
「イエーイ雪!一緒に帰ろうぜ‼」
「うるせえな尚」
「ごめんごめん」
尚は雪の前で手を合わせ謝罪している。
雪はおろした髪を手でほぐした。
「もうすぐ戦争だな。詩音も徴兵されたらしい」
「景音の方は局長が渋ったんだよな」
尚の顔に暗い影が落ちていた。
「そうらしいな」
「雪は海(うみ)とは最近どうなんだよ」
「別に、普通だけど……」
雪は遠い目をした。
「へえそうか」
尚は両手を頭の後ろにし、空を見ていた。
「お前はいつになったら好きな人ができるんだろうな」
「さあな」
雪はランドセルを自分の前にすると、肩にかけた。
「今日、海からヘアゴムをもらったんだよ。でも括れねえからさ。尚が括ってよ」
「はあ?めんどくせー」
「……」
そんな二人の様子を見ていたのは、景音と詩音だった。
「あの二人、仲いいよねえ」
「まあ、幼馴染だしな」
「私達も幼馴染だもんね」
「……」
詩音が景音の肩を叩くと、景音は顔を赤らめた。
当日。
「中家ー、お前、例の事件解決したのか」
「あ、はい今すぐに」
本部に居た景音は、今日も今日とて仕事に追われていた。
「にしても、戦争とは、えげつねえな」
「そうですね」
局長は腕組をして、椅子に座っていた。
「……そういや、八神は俺が推薦したから、徴兵されたんだよな」
「はい」
景音はパソコンを使いながら普段通り仕事を行っていた。
日秀小学校との情勢が有れてしまった今、他の国にも飛び火してしまい、戦争が勃発したのだ。
詩音は戦争に徴兵されてしまい、今はその戦争に出ているのだ。
「局長、今日は取り調べがあるんですよね」
「ああそうだな」
局長は資料を景音に渡した。
「ふざけんな‼」
ガタッ。
「……」
取り調べ中、犯人が机を膝を蹴った。
「さっきから、同じような質問ばっかりしやがって‼」
「お前がその質問に答えないからだろ?」
「ああ⁉」
男は、声を荒げた。
「だから、酒飲んでて覚えてねえって言ってんだろ⁉」
「ふ―ん。じゃあ、それがほんとか嘘かは置いといてさ……」
景音は手を前に組んだ。
「どちらにせよ、犯罪は犯罪だし、君がテロ集団の一員であることも確認済みだ。しっかり罰を受けてもらわなければな」
「はあ⁉ふざけんなよ‼俺だって殴られたりしたんだよ‼」
「やっぱ覚えてるじゃねえか」
「なっ」
男は言葉を詰まらせた。景音は取り調べの席から立ち上った。
「こういう拷問やら取り調べってのは、口がうまいやつが推薦されるのさ。俺は騙るのが得意だからね。俺の前で嘘ついたって無駄だよ。俺が噓発見器みたいなもんなんだよ」
景音は勢いよく机の脚を蹴った。
ガンッ。
「ひぃっ……」
「殴られたってのも嘘なんだろ?」
「は、はい……」
男の情けない声が部屋の中に響いた。
事情聴取を終え、すぐに長い廊下を歩いていると、突然大きな揺れが景音を襲った。
「え……」
バランスを崩し、壁に寄りかかると頭を壁に打ってしまった。
頭を押さえ、顔を上げると、天井に付いていた蛍光灯が取れ、落ちているのが見えていた。
(まずい、落ちて……)
蛍光灯が地面についた時、目の前が真っ白になった。
保健室。
(……)
目を覚ますと、白い天井が目の前に広がっていた。
「景音‼」
「雪……」
気づけば景音はベッドの上で寝ていた。
「良かった……お前、戦争で攻撃を受けて病院に運ばれてたんだよ……もう、皆心配してたんだからな」
「ほんと良かったよ」
ベッドの傍には雪と、その後ろには海(うみ)が居た。
「僕らも、今日戦争に出てて……」
「戦争に?詩音はいたのか?」
「え?詩音ちゃん?」
「詩音はいなかったけど……」
「え」
雪と海は不思議な顔で景音を見つめた。
「アイツ援護組だろ?あたしらとは違うぞ」
「詩音ちゃんは僕も今日は見てないよ」
「きっと、まだ生きてるだろうから」
雪は、景音の方を訝しげな顔で見つめた。
「でも、今日アイツの担当のところ攻撃を受けてたよな。詩音、FBIに行こうとしたみたいだけど」
「俺、ちょっと詩音、探してくるよ」
「は?お前何言って……」
雪が止めようと、椅子から立ち上った。
「待って景音くん‼」
海も立ち上がり、景音を追いかけた。
家庭科室、FBI本部、詩音の居そうな場所を全て探した。
(考えすぎか……?まさか戦争で死んでないよな……?)
エレベーターの無い学校だから、すでに息は切れていた。
最後の階、四階に上がった時にはすでに、体力は限界を迎えていた。
景音は自分の体力を恨んだ。
「……詩音。どこに居るんだ?」
膝から崩れ落ちて、天井を見上げる。
「詩音‼いるなら返事しろよ‼」
景音がそう叫んだ時、校舎の開きかけた窓から、肌寒い風が入り込んできた。
チャリン。
「え……?」
鈴の音だ。少し希望が見えた。
「詩音?どこだよ?どこに……」
チャリン。
もう一度音がした。聞こえた方を見てみると、壁に大きなひびの入った教室があった。
「まさか……そこにいるのか……?」
景音の顔が次第に青ざめていく。
恐る恐る教室に近づき、ドアノブに手をかけた。
ガラガラ。
「……!」
ドアを開けると、そこには、拳銃を手に持ち、こめかみから血を流した詩音が壁にもたれかかっていた。
「詩音‼」
景音は詩音に駆け寄ると、そのまま座り込んだ。
「お前、なんで死んでるんだ?誰も気づかなかったのか?いつ死んだんだよ?いつ……」
詩音の目には光がなかった。
その後―
雪と海が景音の元へ駆けつけ、その他FBIの仲間も現れた。
詩音の遺体にはいくつか不審な点があった。
こめかみに焦げ跡は見当たらず、拳銃にはサイレンサーが取り付けてあったため、自殺したなんてありえない。
しかし、景音のそう言った推理は担当ではなかったため、聞き入れられなかった。
「……景音、大丈夫か?顔が……」
「ごめん。最近寝れていなくて……」
雪は心配し、景音の顔を覗き込んだ。
――お前の命の保証は必ずする。
そう言ったのに。その言葉を信じたのに。
「……」
景音は相変わらず長い廊下を歩きながら考えていた。
(嘘つき。最悪だな、俺、嘘は見抜けるはずなのに……)
嘘つき。嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき‼
(いや嘘じゃない!アイツは嘘をついてない……なのに……どうして嘘つきだって思ってしまうんだろう……)
イライラして仕事に身が入らない。
そのまま小学校の卒業式になって、FBIを辞職した。
(ああ、どうしよう。やめてしまったな)
当てもなく、ランドセルを背負って歩いていた。
「どうしたんだい?」
「……」
突然声がして、顔を上げるとそこには帽子を深く被った少年が居た。
――騙される前に騙せ
管理官から言われた言葉だった。
フランス語で賢いという意味のサージュというコードネームを名付けられた。
景音は……サージュは、きっとこれからも、他人を騙していく。そしてきっと騙されない。それが彼という人間だ。戦争さえなければ、景音がこんな道を歩むことはなかった。
不妄語戒なんて詭弁だと。それは彼が一番よく知っている。