「てめえ! どうやって出てきた!?」
「お兄ちゃん!」「九条さん!」
ミアとソフィアは何が起きたのかを理解した。九条が姿を見せたことにより、死霊術が関係しているのだろうと頭の中で瞬時に紐づけることができたからだ。
戦場に立つ老人たち――彼らは九条が呼び戻した村人たちだった。
操り人形のように動かしているわけではない。その体には確かに本人の魂が宿り、意志を持っている。
九条は、死者の魂を呼び寄せ、村が襲われていることを伝えた。そして戦う覚悟を示した者だけを、再びこの世に立たせたのだ。
ただし、それは蘇生とは異なる。彼らは完璧な肉体を得た“ゾンビ”でありアンデッド。生命の炎ではなく魔力によって形を保っている存在にすぎない。
ゆえにその時間は限られ、九条の魔力をもってしても五時間程度が精々だった。
九条は彼らにありったけの強化魔法を施した。せめてその短い時間を、全力で戦えるようにするために。
手っ取り早く、スケルトンやゴーストといった一般的なアンデッドを召喚してもよかったのだが、九条がそうしなかったのは、村人たちの恐怖を煽らぬための配慮である。
「さて、降参するか?」
「……もう勝った気でいるのか? 俺にはまだコイツ等が残ってる!」
九条を強く睨みつけると、唸りを上げるウルフたち。ボルグの目はまだ死んでいない。
「俺とサシで勝負しろ!」
「やだよ。このまま全員でかかれば、こちらの勝ちは確定してるだろ?」
「ビビってんのか? 腰抜けめ」
「その提案を受けるメリットは、俺にはない」
「じゃあ、俺に勝ったらアジトの財宝を全部くれてやる」
「……よし、乗った!」
「お兄ちゃん!?」「九条さん!?」
困惑の声を上げるミアとソフィア。しかし、九条も考えなしに挑発に乗ったわけではない。
村のあちこちで上がる火の手は相当な被害。その復興にはお金がかかり、誰かが負担することになる。その費用を盗賊たちに負担させようと考えていたのである。
盗賊たちのアジトに保管してある財宝を目にしていたのだ。いくらになるかは不明だが、損害賠償請求は被害者側の当然の権利。言質を取る為、最初からボルグだけを残す予定だった。
「で? 勝負の方法は?」
「もちろん一騎打ちだ。己の力のみの勝負……。シンプルだろ?」
「わかった。……では、そういうわけなんで――すいません。ご年配の方々はしばらく休んでいてください」
「やれやれ、律儀に言うことなど聞かずに、全員で囲んじまえばええのにのお」
「まあ、そう言うな武器屋の。これも若さゆえよ」
老人たちは武器を置き、腰を下ろすと井戸端会議。それを見たボルグは余裕の表情を見せた。
「開始の合図はそっちに譲ってやるよ」
不敵な笑みを浮かべるボルグであったが、その考えを九条は手に取るように読めていた。
九条の恰好は、ローブに似た薄青の手術着。それと手元の魔法書だ。そこから連想される適性は、神聖術である。
ボルグは老人たちを死者だと気付いていない。ならばその強靭な肉体は神聖術で強化していると見るのが妥当。
それは、九条が最後まで姿を現さなかった裏付けにもなっていた。強化魔法の術者が倒れれば、その効果が消失してしまうからだ。
神聖術のセオリーは、まず強化魔法をかけるところから始まる。逆を言えば、それさえ防いでしまえば相手はただの人間だ。ボルグにだって勝機はある。
開始前にウルフたちをけしかけ、反撃の隙を与えない。ボルグの顔には、そう書いてあった。
「ソフィアさん。開始の合図をしてくれますか?」
急に名指しされたソフィアは、驚きのあまり身体が跳ね上がった。
「わ、私ですか!?」
慌てふためく様子のソフィアであったが、九条の自信に満ちた顔を見ると、深呼吸をして落ち着きを取り戻す。
「わかりました」
「お兄ちゃん……」
皆が心配そうに事の行方を見守る中、老人たちだけが早く終わらないかなぁと上の空で、心ここにあらずな様子。
それは薄情なのではなく、結果が読めているからだった。
「では、いきます」
ボルグは斧を構え、九条は魔法書を開く。
「五秒前! 四、三……」
「今だ! イけぇウルフ共ぉ!!」
開始の合図より前に襲い掛かるウルフたち。だが、九条にはわかっていたことだ。
落ち着いて距離を取り、魔法書から角のついた頭蓋骨を取り出すと、それをウルフたちへと投げつける。
「――ッ!?」
それはあっさりと躱され、無残にも地面へと転がった。
すると、ウルフたちはなぜかその足を止めたのだ。
その視線の先にあるのは、地面に横たわる頭蓋骨。どこか懐かしさを覚える匂いに、本来の目的を思い出したのである。
「何してる! 行け! 殺せ!!」
そんなボルグの声も虚しく、ウルフたちは動かない。その頭蓋骨を見てしまった時点で、もう何者にも縛られることは無いのだから。
「【|死者蘇生《アニメイトデッド》】」
真紅の光が魔法書を包み込むと、角を戴いた頭蓋骨の周囲に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
その輝きに呼応するように、骸は肉を纏い、体毛を生やし、やがて生前の姿を取り戻す。その最後に銀の瞳が命の光を宿したとき――そこに現れたのは、ウルフたちが待ち望んでいた“長老”であった。
巨岩のようにそびえ立つ体躯。青白い毛並みは月光を思わせ、額から天へと伸びる一本の角は威厳の象徴。その瞳が放つ眼光は鋭く、見る者の背筋を凍らせるほど威圧感。
老いを微塵も感じさせぬ躍動感に満ちた姿は、まさしく「ウルフ族の王」と呼ぶにふさわしい。
ダンジョンの奥で彷徨っていた人魂こそ、ボルグの卑劣な罠に囚われ、生涯を閉ざしたこの王の魂であったのだ。
九条がボルグ討伐への協力を求めると、長老の魂は激しい怒りと憎悪に燃え、その瞳を光らせた。
そして迷うことなく、その怨念を晴らすために――二つ返事で共闘を誓ったのである。
「……よもや全盛期の姿でよみがえることが出来ようとは……。九条殿……感謝する」
「「長老!」」
その雄々しき姿を見てウルフたちはその場にひれ伏し、長老と呼ばれた魔獣は、ボルグを頑として睨みつける。
「さて、ボルグと言ったか……。貴様よくも我を騙し、幽閉したな。覚悟は出来ているのであろう?」
ボルグは狼狽し、何かを言おうとしてはいたが、恐怖からか声は出ていなかった。
膝はガクガクと震え、立っているのがやっとといった状態。
「一騎打ちが望みだったな。我が九条殿の代わりに相手をしてやろう。かかってくるがいい」
ボルグは斧を構えようとした。だが、その手は小刻みに震え、刃先は定まらない。腰は引け、逃げ出したい本能だけが全身を支配していた。
ウルフの長老が吐き出す言葉の意味を理解できるのは、九条ただ一人。しかし、その咆哮に込められた怒りと憤怒は、言葉を知らぬ者でさえ悟らせる。
――ここで命が絶えるのだ。
誰の目にも、ボルグの未来が死で締めくくられるだろう事を理解していた。
「あ……ああ……あ……」
「なんだ? 来ぬのか? ……では、こちらから行くぞッ!!」
恐怖と絶望に染まるボルグの表情。カガリのふさふさの尻尾がミアの顔を覆うと、ボルグの断末魔が村中に響き渡った。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!