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【第3話・保温③】
莉乃は犯罪を目の当たりにした驚きよりも、それを手慣れた手つきで行った松下に興味が湧いた。
(まだ何か盗む気……?)
莉乃は自然と松下の行動を追う。
松下はそのまま化粧品売り場に行き、慣れた手つきで商品を選んだ。
マスカラ、チーク、口紅、ファンデーション。
男の松下が買うような物ではない。
莉乃が持っている化粧品よりも高価な商品を持っているカゴに入れた。
莉乃には松下が何をしているのか、何がしたいのか理解できなかった。
最後に500mlの炭酸水をカゴに入れて松下はそのままレジへ向かった。
ポケットにはあのすり替えたブレスレットがそのまま入っている。
松下は買った物の清算を済ませた。
松下はレジ係の店員に領収書を請求したようだった。
その領収書を財布に入れて出口に向かう。
(ブレスレッドには盗難防止用のタグがついたまま……)
(まずいよ……そのままだと見つかっちゃうよ)
出入り口には万引き防止用の感知センサー付きのゲートがある。
そのままではきっと警告ブザーが鳴り響くだろう。
莉乃は思わず固唾を飲んだ。
他人事ながら、酷く緊張と興奮を感じていた。
親しいわけじゃないが、同級生が万引きで捕まる瞬間を今から見てしまうのだ。
莉乃の鼓動は高鳴っていた。
だが、胸の高鳴りとその終焉はすぐに訪れた。
松下は他の客と同様に何事もなく出て行った。
防犯用の警告ブザーは鳴らず、商品の店外持ち出しに成功した。
「何で……あれってもしかして飾りなの?」
「あ、そうだ……!」
莉乃は松下の商品を清算したレジの店員のところに駆け寄った。
どうしても聞きたいことがあったのだ。
「すいません、今の男の子に書いた領収書の宛名って何て書きましたか?」
「え?」
店員は明らかに動揺していた。だが、すぐに答えてくれた。
「同じ高校の友達なんです!」
店員は不審な表情をしたが、面倒だと思ったのか、すぐに答えてくれた。
「えっと、確か【エキドナ】です」
(馬鹿な店員で良かった)
(正しい対応は「お応えできません」で良かったのに)
通常、万引き犯は店外に出た瞬間か、数メートル進んだ時に店員か私服警備員に捕まる。
だが松下の後を追う者はいなかった。
いるとすれば一通りの出来事を目撃した莉乃だけ。
松下は黄色い袋から炭酸水を取り出してキャップを捻った。
プシッ。
と炭酸が弾ける音が暗い路地に響いた。
(一体どうやったんだろう……)
莉乃はそのまま松下に万引きのことを問いただそうと思ったが止めた。
莉乃もまた、今この時を誰にも見られたくなかったからだ。
見事万引きに成功した松下の手法とその目的は分からなかったが、それはしょうがなかった。
松下のシルエットは街灯の光から外れ、とうとう見えなくなった。
◆◇◆
「どう?大丈夫かな?」
(卵を落としちゃったりしないかな……)
莉乃は買ってきたばかりのブラを着け、胸の間に卵を挟んだ。
ブラのサイズは大きめだったので、パットで位置を調整した。
英人は莉乃と顔と胸を交互に見た。
「変なの」
「英人がやれって言ったんじゃない!」
「そうだけど。ちょっと動いてみてよ」
莉乃は屈伸したり身体を捻ったり、軽くジャンプしたりした。
「上から服を着れば大丈夫そうだね。これで卵の安全と彼氏の性欲の向上は担保されたね」
「英人!だから彼氏なんかいないってば!」
英人はそう言うと椅子をくるりと回しパソコンに向かった。
「まぁとにかく気をつけてよ」
「家に帰って来たら胸から外して湯たんぽでも置いた毛布に置けばいい。学校が終わってからだったら僕が面倒を見るよ」
既にことは済んだとばかりに英人は勉強に集中しているようだった。
英文しか書かれていないサイトを見ているので、英人が何に集中しているかは、莉乃には分からなかった。
部屋に戻りベッドで横になり仰向けで眠った。
「よし、明日からは気合い入れてこの子を守らなきゃ!」
その日、莉乃は心が少し緩やかになったのか、久しぶりに夢で優しい笑顔の父と逢えた。
◆◇◆
昼休みに真っ先に声をかけてきたのは優斗だった。
「莉乃、お前……それ、どうしたの?」
耳元で小さく囁く。
「何が?」
優斗が何を言いたいのか分かっていたが、莉乃はあえてトボけた。
「何がって、その胸だよ?いくら高一で成長期たってヤバくない?」
「太ったのかも。昨日うち焼肉だったから食べ過ぎかな。ジロジロみないで。セクハラだよ」
「違うんだ、俺だけじゃない!他の男子も気付いている」
莉乃は話を変えるついでに気になっていた質問を優斗へした。
「ねえ、C組の松下君って優斗の中学の時の同級生だよね?」
莉乃が聞きたかったのは、昨夜偶然見かけた「松下創」の情報。
「そうだけど」
「松下君って中学の時どんな感じだった?」
「え……まさか松下のことが気になるってんじゃないだろうな?」
「そんなんじゃない」
莉乃の言葉に優斗は安心した表情をみせる。
「松下は大人しくてよ、勉強はまあまあできたけど結構無口でな。基本的に良い奴だよ」
「ふーん」
「で、松下がどうかしたのか?」
「どうもしない。昨日近所で見かけたからさ、ただそれだけ」
会話はそれで終わった。
休み時間、莉乃は誰にも見つからないようにトイレの個室へ入った。
そして私の胸で大事に保温している卵を眺めた。
「元気かな?あと少しでお家に帰れるよ」
卵に唇をつけ、中に聞こえるように呟く。
それから色々話しかけたが、人の気配がしたので話すのを止めた。
胸元に大事にしまってトイレから出た。
その日は特に何も起こらず無事に家路に着くことになって一安心した。
だが、事件は四日後に起きた。
◆◇◆
この四日間、莉乃は毎日胸の谷間に卵を挟んで授業を受けていた。
面白いもので卵を保護しながら生活するのに慣れてきていた。
男子の視線はあからさまに莉乃の胸を見ているときがあったが、実はそれよりも面倒くさいのが、女子だった。
それは担任がホームルームを簡単に済ませて教室から出ていったときに起きた。
放課後の開放感が教室を包んだ瞬間だった。
「ねぇリノさん、ちょっと付き合ってくれる?」
帰宅の準備をしている莉乃に話しかけてきたのは、隣のクラスの吉村明日美だった。
明日美は隣のクラスの女子のリーダー的な存在だった。
ショートカットの活発な性格で女子サッカー部の中心選手としても活躍している。
顔も名前もお互いに知っているし、共通の友人を交えて話したこともあるが、直接的に友人関係であるわけではない。
「何?明日美さん」
「いいから、一緒に第二校舎の裏に来て」
「今日は予定があるから用があるなら、今言ってよ」
面倒くさい。
それが莉乃の感想だった。
校舎の裏などにいって良いことがあるわけではないのはバカでも分かる。
それに今時そんな呼び出し方なんてダサすぎるし付き合ってられない。
カバンに荷物を詰める莉乃に近寄る。
「最近あんたが調子にのってるからシメてやるって言ってんだよ、このニセ乳女!」
莉乃は思わず、明日美を睨みつけてしまった。
「ほらね、図星でしょ?」
明日美が見た教室の後ろの出入り口には仲間が三人いた。
(明日美の仲間……全員、女子サッカー部か)
莉乃はうんざりする。
「逃げられないよ、早く来な」
◆◇◆
莉乃は今までイジメにあったことはない。
個人的な喧嘩なら何回かしたことはあったが、集団でイジメられたことはなかった。
莉乃は明日美とその仲間の三人に取り囲まれながら廊下を歩く。
先生や生徒が見ても仲の良い五人の生徒が談笑しながら歩いているように見えるだろう。
彼女らもそれを意識して何事もないように他愛もない会話を続けている。
(この状況はまずい……)
(殴られたり、暴言吐かれたりするのはどうでもいいけど)
(胸の卵に気づかれたら……)
莉乃は思考を巡らせていた。
明日美は「このニセ乳女」と言った。
それは莉乃の胸に確実に何かが入っていると思っているということ。
(恐らく明日美は私の胸にあるのは胸を強調するためのパットやブラだと思いこんでいるはず……)
(それを取って私に恥をかかせる気だ)
もしも卵が見つかってしまい、ふざけ半分で割られたらたまったものではない。
理不尽な言葉の暴力や実際の暴力は受けたとしても、卵の安全だけは確保しなければならない。
(校舎裏に行くまでに何か考えないと!)
莉乃は焦り、必死に思考を巡らせた。
(トイレに入って、卵を鞄に移す?)
(ダメだ。鞄に何もされないという保証はない)
(優斗に助けを求める?スマホでメールを送る?)
(今からじゃ間に合うわけない!どうしよう)
(校舎の裏に着いたら、きっと私は胸を開けて見せろと言われる)
(考えろ、考えろ私っ!あ——)
突如、莉乃の脳裏に名案が浮かんだ。そして即座に覚悟を決める。
「ねぇ明日美さん、トイレに行ってもいい?」
「ビビったの?」
「別に逃げたりしないから、いいでしょ?」
「誰かに連絡するつもり?」
「しない、荷物は全部ここに置いていくから」
莉乃はポケットからスマホを取り出し鞄に入れて置いた
「漏らされても困るから行っていいよ、早くね」
明日美は莉乃がトイレに行くことを許した。
莉乃の作戦には大きなリスクはあった。だが、最悪の状況だけは避けなければいけない。
◆◇◆
莉乃がトイレに行った後、すぐに校舎裏に到着した。
莉乃が逃げないように壁際に立たせる、
明日美を中心とした四人の女子に囲まれる。
「莉乃、あんたなんで呼び出されたか分かっている?」
「分からない」
「困るんだよね、あんたみたいな淫乱女がいると学校の風紀が乱れてさ。そんなにしてまで男子の気をひきたい?」
「本当は分かっているでしょ?自分がただ注目を浴びたいだけのかまってちゃんだって!」
謂れのない罵声を浴びせられる。
莉乃の予想の範囲だが、やはり胸がざわつく。
明日美の推理は真逆。
莉乃は決して目立ちたくない。
特に父がいなくなってからその気持ちはより一層強まっていた。
あの時、人間の表面だけの優しさに晒され、無駄に可哀想がられ、上から慰められたのに嫌気が差したからだ。
「そんなつもりはないよ。話はそれだけ?」
「だったら、どうして胸をそんなに強調しているの!」
「あんた元々胸デカいくせに、さらにデカくなったよね?何か入れてるでしょ?」
「そんなに優斗の気を引きたいの!?」
明日美の眉が釣り上がる。
(ああ、なるほど……そう言うことか)
(まさか、明日美も優斗が好きだったなんて)
莉乃は明日美が自分に執着する理由を察した。
「どういう風になっているか胸見せてよ、写真撮るから」
明日美と仲間が笑った。
(同じような作りの日焼け面が四つ並んで笑いやがって)
(間抜け。でも、こんなことに付き合っている暇はない)
(さっさと終わらせる……!)
莉乃は四人の顔を見回す。
「撮影なんて嫌に決まっているでしょ」
「撮ってどうするつもり?自分の胸と比べてガッカリするだけだよ、このチッパイ女」
「……!」
莉乃の反撃に明日美の笑いは止まった。
「明日美こいつムカつくよ!ヤっちゃおうよ!」
仲間の女が安っぽい睨みをきかせた。
莉乃の制服に女達の手がかかる。
制服を脱がそうと彼女たちは必死だった。
「嫌だ!やめて!やめてよッ!」
莉乃は校舎に反射するくらい大きな声で叫んだ。