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休日のファミレスで
無言で
互いに見つめ合うひととき
口にする次の言葉に
戸惑い
躊躇する
ポジティブな社長に
ネガティブな私の
汚点など話して良いものか
せっかくの休日の昼
せっかくの社長とのひととき
弾んでいた会話
そこに水を差す様に
暗い私事など話すべきだろうか
目まぐるしく思考し
判断に戸惑い
口に出せない私
悩み事を打ち明けたり
悩み事を相談出来なかった私の人生
その一番の要因は
その相手が居なかった事
そして私に言い出す勇気が無かった事
そもそも慣れていない
そもそも経験が無い
考える程に
時間が流れ
ただひたすらに
互いに無言で見つめ合う
「……し、社長はいつも外食なんですか?」
結局
自身の現実を告白する緊張から
逃避するように話を逸らしてしまった
場を繕う様に
早口で誤魔化し
話題を濁す
「……」
「んー……いつもではないけど多いかな」
私が口にした言葉が
想定した返答と違ったからか
社長の返答に
一瞬の空白があった
しかし
それ以上追及する事なく
社長は私の問いに答えてくれた
「外食ばかりじゃ体に良くないですよ!」
「先日のお礼もまだですし良かったら作りましょうか?」
「……」
私の何気ない提案に
一瞬の空白が生まれ
その空白が場の空気を支配する
その間
その空白の中で
自分の言葉の意味を察してしまった
緊張から逃避しようとするがあまり
私は何か
とんでもない事を口走ってしまった気がする
——料理を作りましょうか?
それは
手料理を振る舞う?
即ちそれは
社長のお宅訪問?
いち社員で
人妻の私が?
他人の男に?
私は何か
とんでもない事を口走ってしまった気がする
ましてや勤める会社の社長に?
軽々しく発してしまった
何気ない自身の発言の意味に気付き
途端に気恥ずかしさが押し寄せ
赤面し固まる
「い、いや、あの、そういう意味じゃ……」
「いいの?」
弁解しようと
慌てて取り繕おうとする言葉を遮り
社長が返答を被せる
「それは嬉しいな!じゃあお言葉に甘えようかな」
「……」
弁解の間も無く
社長は
私の
何気なく発してしまった提案を
快く
嬉しそうに
甘受した
「でも……お仕事中でしたよね、、忙しいんじゃ……」
「それはそれ、休む時は休まないとね。それも大事!」
「じゃあ今日は閉業!」
自分の考え無しの発言から
今日の予定が激変してしまった
そもそも
今日の予定など最初から無かったのだが
***
会社の戸締りに向かった社長を
そのまま一人ファミレスで待つ
自分で提案しておきながら
しでかしてしまった事の重大さに
緊張で手が震える
コーヒーカップを持つ手が
コーヒーを啜る唇が
小刻みに震え
社長の帰還に震える
プルルル♪
ついに交換してしまった
プライベートの連絡先
早速社長から届く帰還の知らせに
コーヒーカップを置き
店外へと急ぐ
支払いは既に済んでおり
社長は
入口のドアを開けて待っていてくれた
「お待たせ、行こうか」
男の人とは
こんなにも紳士なのだろうか
こんなにも繊細な気遣いが出来るものなのだろうか
その相手が
明らかに見合わぬ
私のような庶民にさえも
夫以外の男を知らない私
社長の一挙手一投足が
私の知る男性像とは
まるで別物に見えた
店前の路上で手を上げ
タクシーを停める
向かう先は
会社よりも更に都心の内部
今まで都心へ向かい通勤していた
その都心から更にその奥へ向かい
タクシーはひた走る
車窓から見える景色が
私の知る東京とは異なった
ジオラマの様な建造物が
隙間無く密集した高層ビル群
民家やアパートなど見当たらない
居住エリアとは思えない
明らかにハイソなエリアに突き進む
迷い込んだ場違いな私は
口を開けたまま
ビルを見上げ
恐れ慄く哀れな子羊の様だった
「運転手さん、ここで止めて貰えますか?」
「買い物して戻りますので少し待っていて下さい」
社長は商業ビルの一角でタクシーを止める
社長は先にタクシーから降り
まるでSPのように開けたドアを押さえ
往来する車道の車を確認しつつ
私の下車をエスコートする
下車し見上げる目前のビルは
まるで明治時代からそこに佇んでいたかのような
古めかしくも
趣のある
ゴシック調の
重厚な石造りの建物だった
そこに入居しているのはデパート
そのビルの地下には
外部からは垣間見えない
広大な食料品売り場が広がっていた
篠原愛紀