テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
篠原愛紀
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
重厚な扉を押し開け
重厚な石造りの
歴史あるビルに足を踏み入れる
その店内は
外観からは想像できないほど
驚くほど清潔で
驚くほど理路整然としていた
磨き上げられた
昔のままの石造りの床
そこに
近代的で煌びやかな設備が並ぶ
密集しておらず
余裕のある空間
多数のエレベーター
複数のエスカレーター
そのエスカレーターの一つを下り
地下一階へ
そこには
広大な食料品売り場が広がっていた
木箱に入った
色とりどりの高級フルーツ
ガラスケースに並んだ
色とりどりの高級スイーツ
都内に住んでいながら
田舎から上京したばかりのおのぼりさんの様に
普段見慣れたスーパーとの違いに
唖然としながら
戸惑いながら
場違いな一社員風情が
社長を引き連れ店内を巡る
「恥ずかしながら家に食材ほとんど無いので……この機会に必要な物全部買っちゃって下さい」
(全部って……)
そう言われても
何を買うべきかなんて分からない
ましてや
スーパーに並ぶ商品と
ここに並ぶ商品とでは
全く違う
使った事も見た事もない商品ばかり
どれが良いかなんて選べない
「社長は普段はどんな物食べるんですか?」
結局はそれ次第だ
「んー……シンプルな物が多いかなあ……肉焼いたりとか」
「なるほど、焼き肉とかステーキとかですかね」
「じゃあ好きな物とかありますか?」
「んー……お肉とかですかね」
本気なのか
ふざけているのか
真顔でお肉発言を連発する社長
「さっきからお肉しか言ってないじゃないですか」
「あ、そうかも。でもそうなんですよね、アハハハ」
本音なのか
天然なのか
その端正な顔立ちと
眼光鋭い目筋からは
想像もつかない程にかけ離れた
ほのぼのとした社長に釣られ
私も思わず笑ってしまった
料理は日課
妻としての仕事の一環
食材の買い出しはそのプロセス
それが私の認識だった
今までずっとそうだった
ただの日常の一環
誰かと一緒に食材を選ぶ
そんな事が
そんな何気ない事が
こんなにも楽しい事だなんて
私は
今まで知らなかった
今まで知る事のなかった社長の食の好み
ほのぼのとした天然の社長に
尋問のようにツッコミを入れながら
ほのぼのとした天然の社長の
食歴を聞きながら
飼い犬……
いや、飼い狼の様に
カートを押してついて来る
社長を引き連れて
社長と共に
ほのぼのと
のんびりと
優雅に店内を巡った
***
海も川も
山も森も一切ない
都心の只中
それを車窓越しに眺めながら
都心の更に中心へ
再びタクシーがひた走る
やがて見えてくる
ひときわ突出した高層ビル
そこでタクシーは停車した
そびえ立つその高層ビルの高層階に
社長宅はあった
密集した都心の一等地に
突如として現れる開けた広場
贅沢なほど広いその広場を抜け
隠れ家のように奥まったビルの入口へ向かう
大理石のような建物の質感
厳重なオートロック
常駐する管理人
そこを抜けると
まるでホテルのラウンジのような
広々とした共有スペースに出る
その更に奥に見えるエレベーターで
外の景色が見えるガラス張りのエレベーターで
都心の景色をガラス越しに眺めながら
展望台並みの高さまで急上昇する
チーン!
かなりの上層階と思われるそのフロアには
限られた数個の部屋しか存在しなかった
明らかに庶民の普通の居住ビルとは異なる
こんな所
案内者なしには絶対に辿り着けない
はぐれぬように
まるで
リードで繋がれた飼い犬のように
社長の後をついてまわる
慣れた調子でずんずんと進む社長
重厚な扉の前で立ち止まると
生態認証で自宅の扉を開ける
ピピピ♪
ガチャッ!
「し……失礼します」
「ハハハ、会社じゃないんだからお邪魔しますで良いですよ」
その玄関の間口の広さにも驚いたが
廊下を抜けたその先に見える
都心の眺望と
リビングの広さに絶句した
(こ、これが……ビリオネア……)
私は忘れかけていた
距離が縮まったせいで
社長は世界的な財閥の御曹司
雲の上の天上人
私のような庶民の中でも下層に位置する
一般人の理解の範疇に収まるはずもなかった
忘れかけていた事実が甦り
忘れかけていた現実を痛感する
「どうかしましたか?ボーっと突っ立って」
「どうぞ遠慮せず上がって下さい」
「お、おじゃまします」
そう促され
社長宅の扉を開け
その未知なる世界の扉を開け
私は今
天上人の住まう
天界へと足を踏み入れる