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『最強の魔法使いは、妹を救えなかった』
第一章 離れた手
世界が壊れた夜、音だけが遅れて届いた。
魔力が暴走し、空が裂け、街が沈む。
後に「災厄の始まり」と呼ばれる夜だった。
その中、幼い兄妹が生き伸びようと
魔力の暴走から必死に逃げていた。
「兄さん!」
幼いミナの声に、アレスは振り返った。 瓦礫の隙間を縫って、必死にこちらへ走ってくる。
「来るな!」
叫びながら、手を伸ばす。 その瞬間、災厄の中心から溢れた魔力が、二人の間に壁を作った。 空間が歪み、視界がねじれる。
「兄さん、______!」
「だいすきだよ」
妹は静かに涙を流した。
そして確かに、指先が触れた。 だが次の瞬間、光が弾け、世界が引き裂かれた。 妹の姿は、どこにもなかった。
ただ、耳に残ったのは、彼女の言葉。
「兄さん、絶対私の元へ来て。」
懇願ではなく、約束のように言い切った言葉だった。 アレスは、その意味を理解できなかった。
第二章 最強になる理由
アレスは、生き残った。
そして、魔法を極めた。
剣を捨て、仲間を捨て、名誉を捨て、 ただひたすらに――力だけを求めた。
彼が辿り着いたのは、魔力そのものに命令する禁忌の術式。 治す魔法でも、守る魔法でもない。 世界の在り方をねじ伏せる魔法。
人々は彼を「最強」と呼んだ。 だが、アレス自身は知っていた。 その力は、誰かを取り戻すためのものだと。
夜ごと、彼は名前を呼んだ。
「……ミナ」
返事は、なかった。 しかし、魔力の海の奥で、微かに振動するような存在の気配を感じることがあった。 まるで、最初から待たれているかのように。
第三章 敵の正体
世界には、一つの絶望が存在していた。
災厄核《カラミティ・コア》。 出現するたび、都市が消える。 討伐不可能。封印不可。
ある日、アレスはその魔力波形を解析し、息を呑んだ。
「……同じだ」
記憶の奥に刻まれた、たった一人の揺らぎ。 妹と、同じ。 彼は、災厄の中心へ向かった。
歩を進めるたび、胸の奥で何かに見られている感覚があった。 それは、幼い頃の言葉の続きのように―― 「絶対来て」という約束の存在を確かめる感覚だった。
第四章 再会
崩れ落ちた聖域の中心。
魔力の渦の中に、人影があった。
月のように美しい白い服。 静かな瞳。
「……兄さん?」
その声で、世界が止まった。
「ミナ……」
彼女は、穏やかに微笑んだ。
「大きくなったね」
胸が、痛かった。 世界を壊す存在が、 失ったはずの妹だった。
そして、違和感がひとつ。 彼女は、驚きも恐れもなく、ただ待っていたような顔をしていた。
「やっぱり、来た」
アレスは、息を呑んだ。
第五章 選べる者
「どうして、こんなことを」
アレスの問いに、ミナは首を振る。
「私が災厄を起こしてるわけじゃない」
彼女の足元で、魔力が唸る。
「私が“核”になってるだけ」
世界の歪みを、一人で引き受ける存在。
「止めたら、世界は壊れる」
ミナは、静かに言った。
「兄さんが守ってきたもの、全部」
アレスは笑った。
「俺なら、なんとかできる」
「できないよ」
彼女は、優しく否定した。
「兄さんは、最強だから」
――最強だから、選ばされる。
「それに……」
ミナは、さらに付け加えた。
「兄さんが来るって、最初からわかってた」 「だから、私、待っていられたんだよ」
アレスは、胸が締め付けられるのを感じた。
第六章 最強の代償
アレスが編み上げた魔法は、
破壊でも、消去でもなかった。
《絶対収束(アブソリュート・エンド)》。 世界に拡散する災厄を、 一つの命に、完全に集約させる魔法。
世界は救われる。 だが、彼女は――ただの人として、終わる。
「……使うんだね」
ミナは、微笑んだ。
「……ああ」
「そっか」
彼女は、少し安心したように息を吐いた。
「私ね、怖かった」
魔力が、彼女の体へ収束していく。
「兄さんが来なかったら、 私はずっと“災厄のまま”だった」
アレスの手が、震える。
「でも」
ミナは、一歩前に出た。
「来てくれたから、 妹のまま、死ねる」
その言葉は、致命傷だった。
最終章 おかえり
「兄さん」
「……なんだ」
「私、ちゃんと妹だった?」
アレスは、声にならないほど強く頷いた。
「ずっとだ」
魔法陣が完成する。 世界が、静まり返る。
「最強なのにさ」
ミナは、困ったように笑った。
「選ばなきゃいけないなんて、大変だね」
そして、最後に。
「でも――」
「迎えに来てくれて、ありがとう」
幼い頃と同じ声で、彼女は言った。
「おかえり、兄さん」
光が消え、災厄は終わった。
エピローグ
世界は、救われた。
失われたのは、 最強の魔法でも、災厄でもない。
妹と、帰る未来だった。
アレスは、もう魔法を使わない。
夜、誰もいない場所で、呟く。
「ただいま」
返事はない。
――最強であることの、代償だった。