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◇◇◇◇
反撃ののろし。それは夜に起こった。
森が最も深く息をする時間。
星篝の魔女が、魔物を解き放った直後のこと。
闇の奥で、幾重にも重ねた魔法陣が脈打つ。彼女の指先から伸びた見えない糸が、獣の瞳へ、牙へ、爪へと絡みついている。
数十。数百。
統率された殺意の塊が、ノクスグラートへと雪崩れ込む。
今日も一方的な狩りのはずだった。
その時。
夜が、爆ぜた。
地平の向こうが、赤く染まる。
最初は細い線。次の瞬間、それは壁となり、うねりと吠えた。
炎。
森そのものが、津波のように木々を飲み込んでいく。
乾いた木々が爆ぜる音。逃げ惑う魔物の咆哮。熱風が、星篝の魔女の頬を打つ。
「……何?」
視界の端で、炎が走る。
規則的ではない。だが無秩序でもない。
包囲。
それは明確な意図を持って広がっていた。
国境を越えて。
ヴァルディウスの森へと。
「正気なの?」
炎は夜を奪い、空を赤く塗り替える。
魔物たちが悲鳴を上げる。彼女の意識に、焼ける感覚が逆流する。
リンクが震える。
糸が、一本、また一本と焼き切れていく。
命令が届かない。
逃げろ、と叫んでも、もう遅い。
炎は速く、魔物は一匹残らず、燃える。
これは戦術だ。
「まさか……」
魔物の視界のイメージが魔女に伝わる。
遠く、炎の向こうに人影があった。
馬上の王。気品に満ちた風貌とは対照的な野性味を孕んだ笑み。
彼女はその顔を知っていた。
バリスハリス王国国王。レオニス・バリスハリス。
揺らめく火を背に、動かない。
燃える森を前にして、微動だにしない。
その瞳は、ただ一点を見据えている。
星篝の魔女を。
彼女は息を呑む。
ブツンと、リンクが完全に断たれた。
静寂。
夜に満ちていた魔物の気配が、消える。
焦げた匂いだけが残る。
「……嘘でしょ」
呟きは、熱に溶けた。
森を焼くなど、外交問題どころではない。
だが、魔物を殲滅するために躊躇いがない。
自国も他国も関係なく。
線を踏み越えた。
「ヴァルディウス王国と一戦やろうっていうの?」
唇が、ゆっくりと吊り上がる。
抜刀するヴァルディウス王国の兵士を星篝の魔女は手で制す。
「帰るわよ。今の私たちじゃ、もうノクスグラートは落とせない」
炎はまだ燃えている。
夜は明るい。
そして星篝の魔女は、初めて理解した。
「面白いじゃない」
バリスハリスの本気を。