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「櫻田さん、本当に日本から戦争は無くなるのか」
中島さんが聞く。
「少なくとも私が生きている時代では、昭和20年に終戦して以来起きていません。他国では戦争しているところもありますけど」
「もうすぐ戦争が終わる…」
「だから中島さんも逃げ切ってください。ここで命を落とす必要はありません」
「しかし、その平和な世界でもあなたは生きづらいと感じるのでしょう?それは何故?」
「それは…平和な世界が当たり前だと思って生きてきたから。当たり前が続くと人間の心は麻痺してしまう。贅沢だけど、退屈過ぎて余計なこと考える時間が多かったからなのかな。自分の人生、このままで良いのかなんて…」
「退屈かぁ。思ってみたこともなかった」
「そうですよね…ごめんなさい」
「いや、俺だってこんな人生で良いのかぐらいは考えるよ。なんの為に生まれたのかなぁって」
私は黙ってしまう。言葉が出てこない。
「中島さんは何歳?」
「16歳。高橋も同じ歳」
16歳で明日死ぬ。
「私にも娘がいるの。12才よ。」
「櫻田さん、お母さんなのか。なんか高橋の顔で娘がいると言われてもなぁ」
中島さんが笑う。
「そうよね、どうしよう。高橋さんと話したいわよね」
「いや、高橋とは散々話して笑った思い出があるから別にいいよ。未来の話は面白いしな。娘さんはどんな子?」
「可愛いけど、生意気よ。親に反抗ばかりして、スマホばっかり見てる」
「スマホって何?」
あ、そうか。わかるわけないか。
「スマホって、これくらいの小さな電話よ。それで友達と話したり、メールするの」
私は指で長方形を作って見せる。
「無線みたいなもの?メールって何?」
「えっと…手紙かな。文章打つと1秒くらいで相手に届くの」
「すげぇー。それ使えばすぐに家族に連絡出来るんだ」
「そうだね、どんなに遠くに居ても家族と話が出来る」
「今欲しいなぁ、そのスマホ?母親と話がしたい」
そうだよね。まだ16歳の子供だ。
お母さんの愛情がまだまだ必要な時だ。
それなのにこんな寂しい所に一人で来て…
独りで死ぬ。
「中島さんが生き続ければ、そのスマホがある世界にいつか辿り着くの。だからお願い、生きて」
中島さんが考えてから言う。
「やっぱり無理だろ。この山ん中で一ヶ月も逃げ切れないし、捕まればひどい目にあう。それに、今までたくさんの仲間が逝った。俺だけ裏切るわけにはいかない」
私はこれ以上何も言えなかった。
この時代に生きる人々の覚悟なんて、私みたいに甘えきった人間が背負えるものではない。
よく考えたら、私はどうなるのだろう?
明日、この高橋さんの体で突撃機に乗る。
そして、高橋さんは死んでしまうことになるのか…。
多分だが、私は死んだと同時にあの夢の世界に戻る。
相当狂った世界だと思っていたあの場所がかすんでしまうぐらい、今いる戦時中の現実のほうがずっと悲惨だ。
「中島さん、特攻隊で出撃して戻ってきた人は今までいないの?」
「エンジンの故障とか、不時着で生き残った人はいるが…。またすぐ出撃命令が出るさ。死の恐怖を何度も待つぐらいなら一回で死んだ方がマシだ」
「でも少しでも…命が惜しいと思ったら逃げて。不時着でも何でも逃げて」
「命が惜しい、か。櫻田さんは本当に未来の人なんだな。幸せな世界にいるんだ。」
この時代に「命が惜しい」なんてご法度なんだろう。
この子は大人だ。私なんかよりずっと。
「あなたのお母さんも…私も悲しいよ。あなたがいなくなったら…」
不意に娘と中島さんの顔が重なり涙が出てきた。
中島さんは黙っている。
「ごめんね。無責任に中島さんの覚悟をへし折るような真似して…」
「櫻田さん、泣かないで。ひとつだけお願いがあります」
「なに?」
「今だけ櫻田さんが俺の母親になって、抱き締めてもらっても良いですか?」
「そんなことでいいの?」
「お母さんって呼んでいい?」
「いいよ」
本当のお母さんに申し訳ないけど、今は精一杯の安心を与えてあげたい。この子に。
私は中島さんをギュッと抱き締めた。
「ははっ、なんか高橋に抱きしめられてるから変な感じ」
「私も一応、未来では母親やってるんだよ」
「お母さん…」
小さい声で中島さんがつぶやく。
゛おかあさん゛
こんなに切なくて悲しくて愛おしい゛おかあさん゛という言葉を聞いたことがあっただろうか。
その一言のどんなに重いことか。
「お母さん、お母さん!」
いつの間にか、中島さんは号泣していた。
先程までの立派な兵士の姿とは打って変わり、素朴な少年の顔になっていた。
平和な時代にいたら…
普通に学校に行って友達と笑って。
そんな日々を送っているはずなのに。
泣き続ける中島さんを私は涙をこらえながら、抱きしめ続けた。