『この度は創業家のことで、社員並びにお客様や取引先に大変ご迷惑をおかけしました』
そう言って、佐橋児童衣料の代表取締役社長となった佐橋麗音はテレビに出演しているにも関わらず、緊張した様子もなく実に堂々と頭を下げた。
『社長就任おめでとうございます』
『ありがとうございます』
中年の男性コメンテーターの言葉に微笑む麗音はどこまでも美しく、下のテロップに表示されている経歴はすばらしい。
『先代の社長を務められていた妹さんとは難しいご関係かと推察しておりますが、退任をご納得されているわけですか?』
コメンテーターの意地悪な質問にも余裕そうに微笑みすら浮かべ、麗音は頬に手を当てた。
『難しい関係も何も、妹は元々、私側の人間です。二代目社長の計略で座らされていた社長の椅子から降りられて、安堵とともに、喜んでおりました』
『では、大株主の須藤ホールディングスも今回の人事を納得していると』
コメンテーターがアップになる。
重要な質問だからだ。
『そもそも、須藤ホールディングスは株主ではありません。株を持っているのはあくまで、須藤明彦氏個人です』
次は明彦についてのテロップが表示された。
簡単な経歴と須藤ホールディングス現社長の長男。
須藤ホールディングスの傘下の事業だけでなく、取引先などにも出向し、V字回復させた実績がある、と書かれている。
『個人? てっきり須藤百貨店の子会社になるものだと。確か、須藤明彦氏は現在、佐橋児童衣料に出向されていますよね』
『よくご存知ですね。今回、確かに須藤氏には立て直しのため、出向していただいております。我が社の売上回復は、我が社の店舗が一番多く入っている須藤百貨店の売上にも関わりますから』
『なるほど』
『氏は、凡事徹底というのが心情の人で、企業の立て直しにおいて、まずは、理念に立ち戻り、基礎をきっちり叩き込み、周到な根回しによって社員一人一人に気づきを与えることを大切にしています。そうして、氏が作り直しておいてくれた基礎を私が固めるという形で、仕事を引き継ぎました』
『そこが、私としてはよくわからないです。佐橋児童衣料を子会社にするならばともかく、店子の売上回復のためにわざわざ失敗する可能性もあるのに御曹司が出てくるというのが、どうにも』
コメンテーターの質問に今度は真顔の麗音がアップになった。
『……私の妹、すごく可愛いんですよ』
『は?』
コメンテーターが予想もしていなかった言葉にぽかんと口を開けた。
『妹は一見地味なんですけど、ふと目が合うとはっと気づくような可愛い子で。しかも性格は控えめでドジなんです。つまり、面倒な男性がホイホイ近づいてきます』
『え? ええその、お姉さんもこの通り大変お綺麗ですし、妹さんも美人でしょうね』
コメンテーターの戸惑いなどお構いなしに麗音は言葉を続けていく。
『そもそもの発端は、身内の恥なのですが、私が会社を追い出された後、親子ほど年が違うにも関わらず妹に惚れた品性下劣な投資家の男性が、父を唆かして、妹と会社の株をセットで買おうとしたことなんです』
『それはこの現代日本のお話ですか?』
これまで黙っていた美人アナウンサーが口を挟んできて、麗音は額に手をやった。
『ええ、この現代日本の話です。妹もとっとと逃げたらいいのに、お姉ちゃんが追い出された以上、私が会社を守らなきゃと思い詰めてしまったようで。健気な子なんです』
『それは……なんというか』
『そういうわけで、会社関係者からその件を耳打ちされた私は長年の友人である須藤氏に頼み、同じ条件で投資家より高値をつけて買い取ってもらったんです。これは父から会社を奪うチャンスでもありましたから』
『個人で? いくら須藤ホールディングスの御曹司とはいえあまりにも高額だったのでは?』
コメンテーターが眉をひそめた。
『ええ、氏と私が共同で学生時代に作ったアプリを売った全額と氏個人がお祖父様から相続した土地を少し当てたそうです』
『なるほど』
『一部は私の個人資産で彼から買い取り済みです。残りはコツコツと私や社員持株会、それにそれこそ、須藤ホールディングスが買い取ることで話はついています』
『では、株の過半数は現在須藤氏がもっていると?』
『いえ、元々私が祖母から相続していた分に加え、母と妹が放棄してくれたので父からの相続分はすべて私が持っていますから、現在私が過半数をギリギリ越えています』
『つまり須藤氏は個人でホワイトナイトをしたと。やはりわからない。彼になにか得があったのでしょうか?』
そう言われた瞬間、麗音はこれみよがしに俯き、わなわなと体を震わせた。
『…………ありましたとも。なんてったって、奴は私のいちばん大切なものを奪っていきましたから』
『それは、一体?』
コメンテーターとアナウンサーが息を呑んだ。
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