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ゼンティへの愛を自覚してからのリィラは以前と様子が変わった。
「ねぇ、ゼンティ。大丈夫? もっと毒を吸っておく? ほら」
朝、ゼンティが執務室へと向かう前にリィラは自ら唇を突き出して迫るようになった。
それは単にキスのおねだりをしているようにしか見えない。さすがのゼンティもリィラの変わりように萌えてしまう。
「ふふ、リィラちゃんってば可愛いなぁ。何回ほしがるの?」
わざとらしく困り顔をしながらも、ゼンティはリィラに『毒の吸引』ではない『普通のキス』を返す。
今まで毒を吸いたがって迫っていたゼンティと立場逆転。リィラがゼンティのキスを欲するようになっていた。
毒を吸われすぎたリィラにも依存症と禁断症状が出始めたのか、純粋な求愛行動なのかは定かではない。
そんな朝のイチャイチャにしか見えない二人の足元に、いつの間にか愛らしい子犬風の魔物がいた。
「ぴゃん! ぴゃん!」
ヒメは尻尾を振りながら、愛し合う二人を見上げて喜んでいるように見えた。
リィラはヒメを抱き上げるとソファに座って膝の上に乗せて抱く。
「そういえばヒメちゃんって何歳なの?」
以前、ヒメはもうすぐ成人するレディだと教えてもらったが、正確な年齢を知らない。見た目が子犬なので予想もできない。
ゼンティはソファの前に立ってヒメの頭を優しく撫でる。今日もぬいぐるみのような黒いフワフワの毛並みで癒される。
「ヒメは17歳だよ」
「……レンティさんと同い年なのね」
センティの妹のレンティも、ゼンティの妹のヒメも17歳。偶然とは思えない巡り合わせであった。
そしてレンティもヒメも、もうすぐ18歳の成人になる。
「じゃあ、ヒメちゃんが成人したらお祝いしないとね」
「お祝いといえば、僕たちの結婚式の日は、いくつものお祝い事を兼ねてるよ」
この時、二人の結婚式の日は間近に迫っていた。その日は同時にレンティがアレンとの結婚と王位の剥奪を計画している日でもある。
当然ながら、そのレンティの計画はアレンからの報告によって、全てゼンティに伝えられている。
リィラはレンティの計画を知らないので、純粋に自分とゼンティの結婚式の日としか捉えていない。
「私たちの結婚式と、ゼンティの戴冠式と、他にもお祝い事を兼ねてるの?」
「うん。その日はレンの誕生日だよ」
「え……」
「あはは! そんな顔しない。ついでに祝ってあげようよ」
宿敵でもあるレンティの誕生日も祝うなんて、なんという余裕だろうか。
今ではリィラもレンティに対しては憎しみの念を持っている。だからこそ、ゼンティのレンティへの気遣いが不自然にも思えた。
リィラは昼下がりの休憩時間になると、いつものように中庭へと出る。
いつもこの時間は花壇の前に座ってドックが休憩している。必然的に二人は顔を合わせる事になる。
だが、リィラはドックにも警戒している。仕事上とはいえ、レンティと共に毒を研究・開発している彼には迂闊な事を言えない。
しかしドックの様子がいつもと違うような気がして、リィラは不思議に思って彼に近付く。
「ドックさん、こんにちは。どうしたの? 体調が悪いの?」
蹲るように顔を伏せていたドックが顔を上げると、その顔色には血の気がない。
「……リィラ様。僕は結婚式に行けませんが……」
「え?」
なぜ急に結婚式の話をするのだろうか。ドックの言いたい事が分からない。
「結婚式のお食事は、絶対に口にしないで下さい」
「え、どうして?」
「それには、毒、が……」
最後まで言い終わる事なく、ドックはその場に倒れた。
「ドックさん!? どうしたの? しっかりして! 誰か!!」
リィラの叫びは中庭の周辺に響き渡っているはずだが、誰もこの場にいないし来ない。
唯一、その声を聞いたヒメが全力で走り、すぐにゼンティを中庭へと連れてきた。
「リィラちゃん、どうしたの?」
「ゼンティ! ドックさんが急に倒れて……誰も助けに来ないの」
ゼンティはドックを見なくても勘付いた。この状況が何を意味するのか。そして誰の仕業なのかを。
「……致死量の毒を注入されているね。もう助からないよ」
「そんな、ドックさんが……どうして!?」
ゼンティには毒の匂いだけで、使われた毒の量もドックの状態も分かる。
それがなくても、誰が仕組んだ事かなんて簡単に分かる。毒の製造を行っていたのは、レンティ以外ではドック一人。
毒の製造に成功するか、もしくは失敗に終わればドックはもう不要。どの道、口封じの目的でレンティに殺される運命だった。
「ゼンティお願い、ドックさんを助けて!」
仕事上、レンティに毒の製造を強要されていただけのドックに罪はない。レンティに弱みを握られていた可能性もある。
まだ息絶えてはいないドックを、リィラは助けたいと願う。彼は悪い人ではない。それは普段の彼との会話だけでも分かっていた。
「……分かった。リィラちゃんの願いだからね」
魔物を毒殺するための毒を製造していたドックを助ける考えなんてゼンティにはない。
それでも、今にも泣き出しそうなリィラの懇願なら必ず叶える。それがリィラに対するゼンティの愛だった。
だが、いくらゼンティでも致死量の毒を注入された人間を解毒して助ける事は不可能だった。だから別の方法を取るしかない。
「アレン!!」
ゼンティが振り向きもせずに呼びかけると、いつの間にか後ろに控えていた武装姿のアレンが前に出てきた。
「彼を運んで」
「承知しました」
ゼンティの短い言葉で全てを察したアレンは、ドックを抱き上げて城の外へと歩いていく。
しばらくすると馬車が発車する音が聞こえた。アレンが馬車でドックをどこかに運ぶようだった。
リィラは不安に瞳を揺らしながら遠ざかっていく馬車の音に耳を澄ませていた。
「ドックさんを病院に運んだの?」
「うーん……ちょっと違うかな。彼とはまたベスティア国で再会できるよ」
その遠回しなゼンティの説明でリィラも全てを察した。
ドックはこれから森の中で獣魔に捕食される。
毒による瀕死のドックを助ける方法は、これしかない。生きているうちに獣魔に食わせて、獣魔の体となって生きる。
人間の体を得た獣魔は、捕食した人間の記憶もそのまま保有している。ある意味、人間が獣魔に『生まれ変わる』のだ。
以前のリィラなら拒んでいただろう捕食行為だが、今は不思議とその再生に希望を感じられる。それは獣魔と人間の共存の形なのかもしれない。
幸い、獣魔は毒が好物。ドックは長く苦しむ事なく獣魔の餌食となるだろう。
リィラは遥か遠くの空を見つめてベスティア国を思い出していた。
「……はやくベスティア国にも帰りたいな」
ベスティア国にはゼンティの両親もいる。あの明るく仲の良い夫婦は相変わらず甘い日々を過ごしているのだろうか。
故郷であるポワゾンを失ったリィラだが、気付けばベスティア国が新たな故郷になっていた。
ドックを森に置いて城に戻ったアレンは、その足でまずレンティの部屋へと行く。
気が高ぶっていたせいかノックを忘れたが、レンティはいつでもアレンだけは快く部屋に迎え入れる。
「あら、アレン。どちらにに行かれてましたの?」
人を殺めておきながら、レンティはいつものようにテーブルに着席してティーカップを片手に微笑んでいる。
アレンは感情を殺しながら普段通りの表情と口調でレンティと向かい合う。
「……毒の製造の担当者。始末したのですね」
「えぇ。あの男はダメですわ。使えませんわね。リィラさんと仲良くしすぎですし、いつ裏切るか分かりませんもの」
これから最愛の恋人に裏切られるとも知らずに、レンティは呑気に悪魔の言葉を語り続ける。
「結婚式の日、お兄様とリィラさんのお食事には毒を盛りますわ」
「……お二人とも始末されるのですか」
「そうですわね。お二人とも死ねば、それでよいですわ。もしリィラさんが毒の種族なら毒は効かないでしょう。その時は毒の原材料として使いますわ」
どの道、センティはその日に毒殺する。リィラに関しては普通の人間ならそのまま毒で死ぬし、毒の種族なら利用すればいい。
そしてセンティとリィラの結婚式と戴冠式を、そのままレンティとアレンの式に変えてしまう。
これが、レンティの18歳の誕生日に実行される計画の全て。
「……承知しました。必ず仕留めましょう」
「ふふ。もうすぐ私たちの時代になりますわ。一緒に幸せになりましょうね」
アレンの言う『仕留める』相手とは、レンティの事であるとも知らずに。
叶うはずもない野望を夢見て、レンティの運命の日は近付いていく。
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