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7月3日(金)
朝。
「__ww」「?__w」
意味のない笑い声が、昨日と同じように流れている。
それは何も特別ではない、ただの朝だった。
捺は机に突っ伏している。
少しだけ眠そうで、起きているのか寝ているのか分からない曖昧な姿。
その隣に、いるまがいる。
それは特別なことではなく、ただ“いつも通り”というだけだった。
教室のドアが開く。
こさめ「おっはよ〜!!」
その声は教室の空気に溶けるように広がる。
捺は顔だけ上げる。
捺「おう」
いるまも軽く返す。
いるま「はよ」
◇◇◇
休み時間。
こさめが何気なく話し始める。
昨日の続きみたいに、軽い声で。
こさめ「ねえねえ、昨日さ、お母さんとまた出かけてね!」
その顔には、悪意も迷いもない。
ただ嬉しさだけがあった。
こさめは続ける。
こさめ「これ買ってくれたんだよね!」
スクールバッグに付けている小さなキーホルダーを見せる。
こさめ「じゃーん。サメのキーホルダー。可愛くない?」
その瞬間だった。
捺の手が止まる。
ほんの一瞬。
空気が薄くなるような、説明できない沈黙。
けれど誰も気づかない。
気づかないまま、流れていく。
なつは短く息を吐く。
捺「へえ……いいじゃん」
声はいつも通りのようで、少しだけ低い。
いるまはその“わずかな違い”に気づく。
けれど、まだ言葉にはしない。
こさめは気づかないまま続ける。
こさめ「お母さんね、昨日すごい優しかったの!」
その言葉が落ちた瞬間、捺の目がわずかに揺れる。
ほんの一瞬だけ。
それは怒りでも、悲しみでもない。
名前のない揺れだった。
捺が小さく言う。
捺「……そんなにさ」
間が落ちる。
誰も呼吸を合わせないまま、その次の言葉が出る。
捺「自慢すんなよ」
すべての音が消えたように、静かになる。
こさめはきょとんとする。
こさめ「え?」
白玉くん
67
66
ことみ
74
捺が一歩前に出る。
その動きは速くない。
でも、止まらなかった。
いるまが気づいて立ち上がる。
いるま「なつ」
声をかける。
止めるための一言。
けれど遅い。
捺の手が出る。
一瞬だけ。
強くもなく、弱くもない。
ただ“出てしまった”というだけの動き。
こさめは倒れない。
ただ、頬を押さえる。
何が起きたのか分かっていない顔。
誰かの筆箱が床に落ちた。
でも拾う人はいなかった。
こさめ「え、なに?」
それだけがこさめの声だった。
捺も動かない。
自分の手を見ている。
何をしたのか理解していない目。
怒りでもない。
後悔でもない。
まだそこに辿り着いていない。
ただ、空白だけがある。
いるまが動く。
捺の腕をつかむ。
強く。
逃がさない力。
いるま「やめろ」
その声は低く、冷たい。
捺は振り払おうとする。
捺「離せよ!」
感情が遅れて噴き出す。
けれどいるまは離さない。
ただ、止めている。
こさめはまだ動けない。
頬を押さえたまま、理解できない時間の中にいる。
こさめ「なんで……?」
その一言が、教室のどこにも届かずに落ちる。
誰も答えない。
答えられない。
捺の肩が小さく震えている。
それは怒りではない。
壊れたことにすら気づいていない揺れだった。
いるまは捺を見ている。
守りたい顔と、止めなければいけない顔の間で揺れている。
チャイムが鳴る。
日常に戻る合図のように、無情に響く。
授業が始まる。
けれど誰もすぐには席に戻れない。
何も終わっていないのに。
何も始まっていないふりで、時間だけが進む。
こさめが小さく呟く。
誰にも届かない声で。
こさめ「……なんで?」
捺も同じくらい小さく言う。
捺「……わかんねえ」
いるまは、その間にいる。
どちらにも答えられない場所にいる。
そして授業は、何事もなかったように始まった。
◇◇◇
放課後。
こさめは少しだけ遅れて歩いていた。
いつもより足取りが重い。
母親のことを思い出す。
優しかった日。
一緒に出かけた日。
その記憶だけが、曖昧に残っている。
でも同時に、捺の顔も浮かぶ。
こさめ「なんで叩かれたんだろ」
その疑問には答えがない。
ドアを開ける。
こさめ「ただいま」
返事はすぐに返ってこない。
少しして、鋭い声が落ちる。
「うるさい!!」
「こっちは仕事で疲れてるのよ!!」
言葉が続く。
「あんたの声、耳に響くのよ!静かにして!!」
次の瞬間。
音が落ちる。
こさめは何も言えない。
昨日は優しかったのに。
こさめ「……ごめんなさい」
その言葉だけが出る。
そして、また“元の家”に戻る。
誰もいない教室。
こさめの席。
捺の席。
いるまの席。
何も起きていないように見える空間に、確かに何かが沈んでいる。
黒板の白い消し残しだけが、夕方の教室に残っていた。
明日になれば、たぶん消える。
でも、消えないものが、もうそこにあった。
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コメント
5件
なんか、こういうのって、むずいよね。 それぞれの知らないところで起こってることって結構あるけどさ。 そこに気づけずに知らない間に傷つけてたり、傷つけられてたり。 分かってても傷が治らなくてそのまま関係が破綻したり。 どっちも悪くないからこそ余計に辛いのかもしれないけどさ。 何も知らないから傷つけるけど、無理に聞いても傷つける。 どうするのが正解なんだろうね。 捺こさ分かり合えるかな…!
第2話「罅」読んだよ〜〜〜😭💔 捺がこさめ叩いちゃうシーン、めっちゃ胸が痛かった…「自慢すんなよ」の一言が、捺の中で溜まってたものがパンって弾けた感じがした。でもこさめも「なんで?」って傷ついてて、どっちも悪くないのに壊れていくのがリアルすぎて読んでて切なくなった、、💦 いるまが「やめろ」って止めるのも、友情の重さ感じた。 最後の家でのお母さんの豹変も怖かった…「昨日は優しかったのに」のギャップが心に刺さる。次話も絶対読むね!📖✨