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テラーノベルの小説コンテスト 第3回テノコン 2024年7月1日〜9月30日まで
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「ーーーーーーはぁーーーーーーっ」


竹村事務機器の事務所の一画は低気圧の渦の中に居た。真昼は外線電話が鳴ってもスチールデスクに突っ伏したまま、隣の席の|美香《みか》ちゃんは大忙しだ。


「真昼さーん、やる気出して下さいよぉ」

「ーーーーーー無理」

「えーーい、やる気、スイーーーッチ!」


真昼は事務員の美香ちゃんに脇腹を押されても「ううむ」と言うだけで動こうとはしなかった。もう何もかもが面倒臭い、龍彦とは冷戦状態で口もきかず家事雑事は一切していない。龍彦は自分でカップラーメンを作って|啜《すす》り、龍彦の洗濯物は洗濯機の横に山積みになっている。


(この状態で夫婦って笑うーーー笑えるーーー笑えないけど)


その背中を見兼ねた政宗が《《孫の手》》を使って「ちょっと来い」と真昼を呼んだ。真昼は面倒臭そうに椅子から立ち上がると、|達磨《だるま》やコケシ、書類が乱雑に置かれた社長の机の横に立った。


「なんですか」

「なんですかじゃねぇだろ、給料泥棒でもすんのか、あぁん?」

「もう、解雇でも良いです」


「どうした、明るいだけが取り柄のおまえらしくないな」

「社長」

「なんだ」

「私、そんなに魅力ないですか」

「なにがだ」

「女性として魅力ないですか」

「あぁん?」


すると政宗は営業の山本を呼んで真昼の顔を《《孫の手》》でヒョイと指した。


「なんすか」

「山本、こいつ、どうだ」

「真昼さんすか?」

「山本くん、私ってどう、女に見える?」


山本は頭の上で大きな丸を作り笑顔で答えた。


「俺、年上でも大丈夫っす!」

「そんな事言ってんじゃねぇや、あっち行け」

「なんすか、もう」


政宗は真昼の顔をまじまじと見上げて頬杖を付いた。


「なんだ、龍彦と上手くいってないのか」


流石に「いやぁ、うちの龍彦、不倫してます」とも言えず、もごもごと誤魔化してはみたものの政宗にはお見通しだった。何故なら龍彦を真昼に紹介したその人が政宗だからだ。


「あいつは甘やかされてっからなぁ、おまえとは正反対だしな」

「そう、なんにもしないの」

「相変わらず家からも出ねぇのか」

「うん」

(いやいやいやいや、最近はお盛んですが)


真昼は高校一年生の時に母親を交通事故で亡くしている。以来、家事雑事はすべてこなし、警察官として働く父親を支えて来た。


「はぁーーー困ったもんだな」

「本当に、もう」


それがなんでも自分で解決しようとする真昼の勝ち気さの|所以《ゆえん》だ。もしかしたらその気質が龍彦にとっては息苦しかったのかもしれない。


(いや!だからって不倫は駄目でしょうよ!)


ふとそこで机の上に未発送の封筒の山を見つけた。なんとなく浮かぶ郵便局員のはにかんだ笑顔。


「社長、これ、出しに行って来て良いですか?」

「まだ時間早いだろう」


「行って来て良い?」

「もう昼休憩だぞ」


「行って来ます!」

「おい!真昼!なんだありゃあ」


「やる気スイッチ、入ったんじゃないですかーーー?」

「そうなら良いけどな」


真昼は紙袋に封筒を詰め込むと玄関の扉を開けた。理由は分からないが心が弾む。この時ばかりは忌々しい白檀の香りも鬱陶しい龍彦の背中も何処かに吹き飛んでしまった。

パンプスの音も軽やかに胸に抱えた紙袋の中で何かが飛び跳ねる。ところがいつもの三叉路の角を曲がって目にしたものは郵便局の外まで溢れた人の姿。その行列の長さに真昼は仰天した。


(え、なんだ)


この閑散とした郵便局がここまで賑わうのは「もしや」とその面立ちを覗き込めば成る程と納得した。隔月15日、年金支給日だった。郵便窓口に客の姿は無いが、ゆうちょ銀行窓口とATM は大混雑だった。


「あのーー、発送お願いします」

「はい」


窓口で顔を上げたのは|大牟田 美々子《おおむたみみこ》という名前の、小動物系の女性局員だった。


(うわー、プロレスラーみたいな名前)


真昼は少し背伸びをしてカウンターの奥を窺い見たが中程のスチールデスクにはポマード管理職が座り、その周辺に玉井真一の姿は無かった。


(えーーー、お昼休みなのかなぁ)


真昼はジージーと吐き出される白い紙の束を眺めながら、自分が非常に落胆している事に驚いた。


(え、なんで、なんで、なんで落ち込んでいる訳!)


「2.800円になります」

「はい」

「200円のお釣りになります」


これで発送業務は終了、真昼はガックリと肩を落とした。


(ーーーーくっ!私の癒しが!)


ところが自動ドアを出た所で聞き覚えのある若い男性の声、振り向くとATMの高齢者の列に混じった玉井真一の後頭部を見付けた。


(あっ!二重旋毛!)


ふわふわの髪、二つの旋毛、残念な襟足、細い銀縁眼鏡、真昼の胸は高鳴り、足裏の痒みと爪先の痺れを感じた。


(ん?なに、このドキドキは)


これはよくあるパターン(これって、異性として興味関心=好きって事だよね、そうだよね、いやーーーなにこれ、こんなウズウズ感、久し振りなんですけどーーー!)真昼の脳は一瞬でそれを理解した。


(・・・・うっ)


突然思い出す龍彦の嬉しげな横顔。


(これじゃ、龍彦と同じレベルじゃない)


真昼は無意識のうちに頭をブンブンと横に振っていた。


(でも、顔を見るくらいなら良いんじゃない?)


そして少し|掠《かす》れた穏やかな声色に耳を傾けた。どうやらATMの利用方法を説明しているようだ。


「はい、はいそうですよ。暗証番号は、あぁ、この番号じゃないですか」

「ああ、本当だ」

「よかったですね!」

「郵便局員さん、いつもありがとねぇ」

「いいえ、また聞いて下さい」


(ーーーーくっ、この声だけでもご飯二杯はいける!)


真昼の視線に気が付いたのか玉井真一が腰を上げて笑顔で歩み寄って来た。


(あ)


目線が真昼と同じ高さ、身長は165cmとやや低めだ。


(・・・・・癒し)

「真昼さん、今日は早いですね!」

(な、名前呼びーー!)

「は、はい」

「今日は年金支給日で混雑しちゃって」

「そ、そのようですね」

「発送は終わったんですか?」

「はい」


そこで高齢の女性が玉井真一の肩を叩いた。


「玉井さん、ちょっと見てくれんか」

「あ、はい、じゃ、また!」

「ま、また」

(いやーーーーーー!可愛いーーーーー!)


郵便局から小走りで飛び出した真昼の顔は色付き、胸の高鳴りは止まる事をしらなかった。

夫が不倫をしています 私は癒しと添い遂げます

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