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さっきから、玄関が騒がしい。
ガチャガチャ、と何度もドアを引く音。しばらく経てば居なくなるかな、と思い放っておいても、音は鳴り止むどころかうるさくなっていく。しつこいなぁ、と仕方なく玄関へ向かうと、独り言だろうか、声が聞こえてくる。その声で誰だか一瞬で分かり、はぁー、とその場でひと息。その独り言を聞きながら突っ立っていると、徐にインターホンが鳴り響き始めたので、仕方なく鍵を開けてやった。
「あ、開いたぁ〜」
「こんな時間に何ー?」
「ん?…..かあと〜?」
「え、なに、酔ってんの?」
「あぁ?酔ってなぁいよ〜?」
「嘘つけ…….」
「たらいま〜〜!!」
おぼつかない足取りで、靴のまま家に上がる雲雀。さすがにそれは…..と、急いで服を引き、雲雀を捕まえる。
「おい雲雀〜!靴!脱げ!」
「んえ?靴ぅ?…….あぁ、忘れてたぁ〜」
ふわふわとした雰囲気を纏う雲雀の後ろ姿を、半分呆れながら見守る。と、 靴を脱ぐために屈もうとした雲雀が、フラついて壁に手をついた。そのまま、滑るようにゆっくり床に落ち、ぺたんと座り込んでやっと靴に手が触れる。ボト、ボトとゆっくり脱いだ靴を床に落とし、そこで力尽きたのか、壁に背中を預けだした。
瞼が重そうだ。このままにしておいては、確実にココで寝てしまう。放っておいてもいいが、後々面倒くさそうなので手助けをするべく近寄ることにする。
「はい、とりあえずソファまで行こっか」
「んん…….かあと、…..なんでうちいるん?」
「いやここ、僕ん家ね」
「んぇ?…….あえ、なんでやろ」
「聞きたいのはこっちだよー」
「んん………….」
「あ、待て待て!まだ寝るな!」
雲雀の両脇を持ち、自分より少し大きい身体を引きずって進む。大きいが、この身体は細くて軽い。その為、難なくソファの目の前まで運べる。
ソファに雲雀を乗せようという所で、クイッと裾が引かれ、そちらへ視線を向ける。
「どしたー?」
聞くと、雲雀がゆっくり身体を起こした。何か言いたいのだろうかと、ちゃんと聞くため、しゃがんで目線を雲雀と揃える。と、腕が伸びてきて、両肩をガシッと掴まれた。
あ、…….
と、気付いた時にはもう遅く、ちゅっ、と軽く唇が触れた。
酒臭い。鼻にスっと入ってくる酒の匂い。そして、唇に残る熱い感触。
唇が触れた後、ぽやぽやとした顔で雲雀がこちらをじっ、 と見てくる。
酔っ払いの相手はごめんだ。今のキスは、…..不意打ちだから仕方ない。
こいつは、酔いが覚めても出来事を忘れることはほとんど無い。だからきっと、朝、目が覚めた時。俺と顔を合わせた瞬間、謝罪の言葉を聞き飽きるほど浴びせてくるのだろう。「間違えた」「ごめん」なんて、そんなの、…..聞きたくなんかない。酔ってたから、なんて。
だから、酔っ払いの相手はしたくない。
「雲雀、風呂は明日でいいからもう寝な」
視線を合わせるのが怖くて、雲雀の方を見ずに言う。こちらが見ていなくても、ものすごい視線を感じてはいるが。
「ソファ、使っていいから。んじゃ、おやすみー」
雲雀の視線は当然無視し、早くこの場を離れるべく、そう言って立ち上がる瞬間。ガシッと腕を掴まれ、「わっ、」とそのまま床に尻もちをついた。まぁまぁ強めの力で掴まれる腕。もしかしたら、手跡が残るかもしれない。と、思うくらいしっかり握られ、離さないという意志を感じる。
いつも酔ったらすぐ寝るくせに。今日に限ってこいつ…..。
「………..もっかい、」
「…..っはぁ?しな、…っん」
勢いに押され、ギュッ、と目を瞑る。否定の言葉は最後まで言えず、雲雀によって塞がれる。抵抗しようと、掴まれていない腕で肩を押せば、後頭部を押さえつけられ、離れることが出来なくなる。先程まで寝そうになってたやつとは、まるで別人の力強さだった。
「んっ、…..んん…….」
熱い。雲雀の口が。
ぐいぐいと、力強く攻めてくる。押されて押されて、耐えきれなくなった姿勢が遂に崩れ、床に寝転がってしまう。雲雀は俺の上に覆いかぶさり、夢中で唇にがっついている。それを受け止めるのに精一杯で、俺は何もすることが出来ない。まるで、獣にでも喰われているかのような感覚だった。
はむっ、とたまに唇を優しく噛まれ、本当に食べているみたいにキスをしてくる。手は、いやらしく俺を好き勝手触り、それにいちいち感じて、身体を震わせてしまう。
「ん、…ふ…….っん…..」
だんだん、息が苦しくなってくる。途中から入ってきた舌は、唇よりも熱くて溶けそうになる。絡まる度、その熱さと酒の味に頭がクラクラした。そのせいで全身の力が抜けていき、手足に力が入らなくなっていく。
雲雀にされるがまま。いい加減、止めなくてはいけない。頭では分かっているが、まだしていたい、と思ってしまう自分もいる。快楽に、人間はどうしても弱い。
明日のことなんて、もう。どうでもいいや。と、そこで抵抗心を止めた。
「ん、ぁ…..っん、…..」
「…..はぁっ、…..あつ、」
一度唇が離れ、雲雀が服を脱ぎ出す。その少しの間に俺は、息を整える。多分、今の雲雀は止まることを知らない。欲に従って、真っ直ぐ動いている。でもそれは、『俺』じゃなくて、『キス』に向いたものだけど。キスが気持ちよくて、したくて、こいつは動いてる。
相手が他のやつじゃなくて良かった。
「…..ふふ、…..かあと、顔溶けてる〜」
「っう、…….さい…..」
「かわええ〜」
ギュッ、と抱き着いてくる雲雀。
咄嗟に両腕で、自分の顔を隠す。ぐしゃぐしゃで情けなくて、そして何よりも、雲雀が好き、って顔をしている気がして。隠した。
「かあと〜、…….」
「…..なに」
「………..すきぃ…..」
「……………は?」
耳を疑った。酔ってる時にそれはずるいだろう。まあでもそれは、どういう意味なのかあまりにも曖昧だ。
曖昧で勝手で狡くて、…….期待してしまう言葉だ。
「んん………..」
「…..まっ、…寝ようとしてない…?」
「んんぅ…..?」
俺の上で、瞼を閉じようとする。というか、もう閉じている。するだけしといて、このまま寝てしまうのか。『すき』を残して、寝てしまうのか。あまりの自由さに、やっぱり酔っ払いの相手なんてしなきゃ良かったと思ったが、記憶を無くさないこいつにとっては、これでも十分仕返しになるか。と、思考を変える。明日、起きたら絶対「間違えた」とは言わせない。目が覚めて、恥ずかしさでおかしくなってしまえばいい。と。
「雲雀のばーか」
その言葉は、雲雀に届くことは無く、静かな部屋に響いて消えた。
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