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「よっ! 夏子」
「何してるのよ?」
「いや~? ちょっとレポートの為の資料探しに」
「おい夏子、コイツ誰だよ? さっきからしつこいんだけど」
私の居ない間に近寄って来たのだから当然の反応だけど、尚は怪訝そうな表情で私の耳元に顔を寄せて聞いてくる。
「あー、うん。それについては後で説明するね」
ひとまず彬から離れるのが先と尚に説明するのを後回しにして彬の方に向き直る。
「悪いけど、私たちこれから行くとこあるから」
「それって急ぎ? せっかくだし、飯でも食わねぇ? 勿論、尚サンも一緒に」
やんわり断ったのがいけなかったのか、彬は更に話を続けていく。
「この近くに良い店あるんですよ~俺、奢りますから是非――」
けれど、私と彬のやり取りを黙って聞いていた尚は、
「あのさ、夏子の言う事聞こえなかった? そもそも俺はお前と飯食うつもりないし、コイツもお前と飯は食わねぇの。それじゃーな」
そう言い放つと、私の腕を掴んで強引に歩いていく。
「あ、ちょ、ちょっと、尚っ」
呆気にとられ、ただ立ち尽くす彬を残し、私は図書館を後にした。
「何だよ、アイツ」
図書館を出て駅へと続く住宅街を歩く中、尚は彬の言動が気に入らなかったのか、さっきからずっとこんな調子だ。
「アイツ、お前の何な訳?」
「あー彬はね、私の元カレ……なんだよね」
「は?」
私の言葉に驚き目を見開いた尚がこちらを見てくる。
「お前……あーいうのが好みなのかよ?」
信じられないと言った感じで肩を竦め、そんな事を聞いてくる。
「うーん、好みっていうのとは違うかな。気が合ったというか、なんというか……」
「何、その煮え切らねぇ言い方は」
「うーん、まぁ付き合ってた期間が短すぎてね……」
「短いって、どのくらい?」
「うーん、ひと月……経ったか経たないかくらい?」
「マジかよ……」
「仕方ないのよ、価値観が違かったんだから」
「いや、それにしたって早過ぎねぇか?」
「まぁ、私もそう思うけど……違うって分かってて付き合い続けていくのもさぁ」
「そんなモンかねぇ」
俺には理解出来ないなぁと口にした尚は私より少し先を歩いて行く。
「ねぇ、尚は?」
「ん? 何が?」
「尚は、今まで価値観の違いで別れたりしなかったの?」
ただの好奇心だったし、話の流れというのもあった。
何気なしに尚はどうだったのか聞いたのだ。
すると尚は、
「――俺は、ねぇよ。ってかそもそも恋愛とか……した事ねぇ」
そう呟くようにポツリと言った。
私の方が少し後ろを歩いていたからその時の尚がどんな表情をしていたのかは分からなかったけど、
「あ、そ、そうなんだ。ごめんね、変な事聞いて」
何だか寂しげな表情を浮かべているような気がしてしまい、すぐに謝った。
尚は人気ロックバンドのボーカルで、見た目も悪くない。
性格に多少難はあるけど、昔からきっとモテたんじゃないかなと思ったから……恋愛をした事がないと言ったのが意外だった。
「別に、謝る事はねぇよ。俺、恋愛って面倒そうだから興味ねぇだけだし」
「……そうなんだ……」
まぁ、彬みたいに恋愛したがる人もいれば、尚みたいに恋愛したくないという人もいるだろう。
「――そんなことより、俺腹減ったから何か食って帰ろうぜ」
これ以上この話はしたくないのか、尚は話題を変える。
「え? あ、うん、そうだね」
尚とはまだ少ししか過ごしてないし、すごく知ってる訳じゃないけど、ただの居候という存在の尚を、もっと知りたいと思うきっかけが出来た。
勿論今度は好奇心からではなくて、同居人として、何だか少し放っておけないと感じたから。
だからだろうか、私の中で尚への考え方が変わっていき――
翌日の朝、
「はい、合鍵」
「え?」
「私、今日は急遽バイト入っちゃって早く帰れないの。だから、渡しておく。もし出掛けるならそれ使って」
私が鍵を渡した事が余程意外だったのだろう。
「いいのか?」というような表情をしていた尚に笑顔を向けながら、
「それにね、今日は荷物が届く予定で寧ろ家に居てもらわないと困るから」
などと、言い訳をした。
言い訳をしたのは、ちょっとだけ照れくさかったから。
「ありがと」
「どういたしまして」
こうして、尚が家に転がり込んできてから五日目にして、私は彼に合鍵を渡すまでに尚を信頼したのだった。