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尚が私の部屋に転がり込んでから、二週間が過ぎようとしていたある日。
午前だけの講義を終えた私は昼前に帰って来て尚と二人、昼食にうどんを食べた。
その後、寛ぎながら各々時間を過ごしている時、ふと昼間大学での出来事を思い出した。
「ねぇ尚」
「ん?」
私が声を掛けると、リビングの片隅に畳んで置いてある布団に寄りかかりながら推理小説を読んでいた尚は視線だけこちらに向ける。
「今日大学で萌那が持って来てた雑誌読んだんだけどね、尚は今、海外に行ってる事になってるらしいよ」
「へぇ~」
尚の事を話しているのだけど、何故か他人事。
ロックバンド『久遠』のボーカルであるナオの失踪から二週間。
所属事務所の方では失踪を否定し、本人の希望でもっとレベルを上げるため海外留学をさせたと書いてあった。
尚本人が私の部屋にいる訳だから、それが嘘なのは分かる。
尚が何を思ってバンドから離れたのかは未だに分からないけど、私の話を聞いても表情一つ変えやしない。
(尚、どう思ってるんだろ)
気にはなるけど、バンドのメンバーでも何でもない私には関係のない事。
(とやかく言う権利、私にはないもんね)
そう思いながら、何気なしにテレビをつけると、
「あ」
タイミングが良いんだか悪いんだか、ワイドショーでちょうど『久遠』の話題が取り上げられていた。
「――色々な憶測が飛び回っていますけど、どれが本当なのでしょうね」
と、コメンテーターの一人がそんな事を口にする。
雑誌で読んだ記事より、テレビでは様々な憶測があげられていた。
最初の報道通り、失踪という説。
雑誌で読んだ通り、海外留学説。
その他には、芸能人の〇〇と親密な関係にあって、マスコミに騒がれたくなくて姿を隠しているなど。
まぁこの中で、失踪という説は間違ってはいない。
誰にも内緒で、行方をくらませたのは事実だから。
だけど尚は今、私の目の前に居る。
こんなに世間を騒がせている人が私の部屋に住んでるなんて、何だか不思議な気分だ。
「ったく、好き勝手言いやがる」
ワイドショーを観て眉を寄せた尚は溜め息混じりに呟いた。
「仕方ないじゃない。尚が戻らない以上、こうやって騒がれ続けるのよ? それでも、今はまだ戻る気ないんでしょ?」
「当たり前だ」
私の問い掛けに迷いなく答えた尚。
「まぁ、余程の理由があるんだろうから私は何も言わないけどさ、連絡とか、スマホに来ない訳?」
「そんなモン、出てすぐに解約した」
「え?」
そう言えば今更だけど、尚はスマホを持っていなかった。
それに気付かなかったのは、私たちが連絡を取り合う用がなかったから。
「無いと不便じゃない?」
「別に必要ねぇよ。基本家の中にしか居ねぇのによ」
確かに、合鍵を渡してからの尚は一日部屋の中で過ごすし、出かける時はいつも私が一緒だったから連絡を取り合わなくてもやっていけた訳だけど、もし万が一連絡したい時に電話が出来ないというのは物凄く不便だ。
「ねぇ尚、やっぱり、スマホくらいは持ってた方がいいと思うんだけど」
「それはそうだけど、今は契約したくない。身分証出したり、したくねぇんだ」
確かに、図書館で本を借りたいと言っていた時もそうだけど、尚は契約したり身分証を提示する事を嫌がっている。
「……うーん。でもねぇ、やっぱり無いと不便だよ」
「…………」
私の言葉に尚は何か考えるように目を閉じると暫くして、「なぁ夏子、悪いけど夏子の名義で契約してくれねぇか?」と言った。
「え? まぁ、別にいいけど」
料金を払えと言われたらそれは困るけど、私名義で契約するのは別に構わない。
「本当か? 助かる」
「早い方がいいよね? 今から見に行く?」
「うん」
「じゃあ行こっか」
ついでに夕飯の買い物も済ませよう。
そんな感じで、私たちは尚のスマホを契約しに行く事になった。