テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
『セフレから始める雪色の恋模様』~m×s~
Side目黒
冷たい空気が肌を刺して、意識が浮上する。
特有の倦怠感に包まれた体をゆっくりと起こして、部屋の中を見回す。
――わざわざ確認しなくても、佐久間君がもうこの部屋にいないことなど分かっているけれど。
そういえば、昨夜の前に佐久間君はラジオの収録が入ってると言ってたな、と思いながらベッドから離れ、洗面所に向かう。
俺はいつもこの瞬間が嫌だった。
あんなに求め合っても、目が覚めたら幻だったかのようにもうそこには誰もいない。
この関係が続いているのが嬉しい反面、切なくもある。仕方がない。
俺と佐久間君――同じグループのメンバー、そしてメンバ加入後から割と一緒だった仲。
恋人なんて甘い関係ではなく、いわゆる、そういう関係なのだから。
洗面台の鏡に映った自分の顔を見る。首筋にうっすらと残った痕跡が、昨夜の出来事が夢ではなかったことを物語っている。
でも、それすらも虚しく感じるのは、佐久間君がいないからだ。
「佐久間君…」
小さく呟いてみる。当然、返事はない。
いつからだろう、こんなに寂しく感じるようになったのは。
こんな関係、いつまで続けるんだろう。
そんなことを考えながら、俺は顔を洗った。
―――――――――――――
事の始まりは今から数年前。
まあ、今思えば二人とも若かった、としか言えないが、デビュー前の思春期特有の、性への好奇心からだった。
佐久間君とは追加加入後から一緒で、俺がまだ慣れない時に佐久間君はいつも明るく励ましてくれた。
同じグループに入って、お互いがこの世界で頑張っている時は、運命を感じたものだった。
デビュー時代から佐久間君の隣にいることが当たり前で、佐久間君も俺の隣にいることを当然のように思っていた。
グループ加入当初、寮生活をしていた俺たちは、深夜によく恋愛トークに花を咲かせていた。
他のメンバーが寝静まった後、リビングで二人だけになることが多かった。特に佐久間君は、こういう話が好きだった。
「めめは、恋人ができたらどんなことしたい?」
ある夜、いつものようにソファで並んで座りながら佐久間君が聞いてきた。コンビニで買ったアイスを食べながらの、他愛もない会話だった。
「そうだな…普通のことかな。手を繋いだり、一緒に映画を見たり」
「普通って何、つまらないなあ」
「佐久間君は?」
「俺は、もっといろいろしたいなあ」
佐久間君の頬が赤くなっているのを見て、俺も恥ずかしくなった。
「いろいろって?」
「えー、めめ知らないの?そういうこと、だよ」
「そういうことって…」
佐久間君がもじもじしながら説明する姿が可愛くて、俺の胸がきゅんとした。当時はまだ、それが恋愛感情だと気づいていなかったけれど。
「でも実際、何したらいいか分からないじゃん」
「うん、確かに」
「本とかネットで見ても、実際は違うかもしれないし」
「そうだね」
お互い、もし恋人ができたならこうしたい、ああしたいだのと他愛もないことで盛り上がり、ひとしきり笑ったところで急に佐久間君が真面目な顔になってこう言ったのだ。
「練習しない?」と。
最初、何を言われたか分からずきょとんとしていた俺に、彼は内緒話をするようにぽそぽそと説明し始めた。
「あーだこーだ言っても、実際そうなった時に緊張して何もできないのは男として恥ずかしいじゃん」
「うん…」
「だから、今のうちに練習してみない?」
「練習って、つまり…俺と佐久間君が、そういうことをする、ってこと?」
「そういうこと。めめ、嫌?」
佐久間君の不安そうな表情を見て、俺の心臓が跳ねた。
嫌なわけがない。むしろ、嬉しすぎて困惑していた。
デビュー時代から佐久間君の笑顔を見ていて、佐久間君が悲しんでいる時は自分も悲しくて、佐久間君が喜んでいる時は自分も嬉しかった。
いつからか、佐久間君は俺にとって特別な存在になっていた。デビューの頃、佐久間君が他のスタッフと仲良くしているのを見て胸がざわついたり、佐久間君が誰かに告白されそうになった時は必死に邪魔をしたり。
そんな佐久間君と特別な関係になれるなんて、夢のようだった。
「嫌じゃない、けど…」
「けど?」
「本当にいいのかな?俺たち、グループメンバーなのに」
「だからこそじゃん。信頼できる相手だよ」
「信頼…」
「めめだったら、変なことしないし、優しいし」
佐久間君の素直な言葉に、胸が温かくなった。
「でも、佐久間君がそれでいいなら…」
「本当?」
「うん」
至った結論があまりにもあまりすぎて、頭が一瞬真っ白になってしまった。
が…俺も若かった。思わずその提案に頷いてしまったのだった。
興味がないわけでもなかった。
でも、これが重要なのだが、俺は佐久間君に、少なからず密やかな思いを寄せていたのだ。
デビューで初めて会った時から、佐久間君の明るさに惹かれていた。
いつも周りを笑顔にして、みんなの気持ちを明るくしてくれる。
落ち込んでいる時も、佐久間君がいるだけで元気になれた。そんな佐久間君と特別な関係になれるなんて、夢のようだった。
純粋に嬉しかった。
例え、練習の疑似恋愛の形をとるとしても、佐久間君と寄り添えるなら。
今まで誰も見たことのない佐久間君の全てを初めて見る人物が自分であるということが、ひたすらに嬉しかったのだ。
「めめ、本当にいいの?」
「うん…俺も、興味はあったし」
「そうだけど、めめが嫌だったらすぐ言ってね」
「佐久間君こそ、無理しなくていいからね」
「分かってる。ありがとう、めめ」
佐久間君の安堵した表情を見て、俺は改めて決心した。
佐久間君の初めてを、俺が受け取れる。それだけで十分幸せだった。
「じゃあ、いつから?」
「今度時間ある時でいいよ」
「明日の夜は?」
「明日?」
「だめかな」
「だめじゃない、ただ…緊張するなあ」
佐久間君が照れながら言うと、俺も急に恥ずかしくなった。
「俺も緊張する」
「お互い初めてだもんね」
「うん」
そんな風に話していると、何だか恋人同士になったような気分になって、胸がきゅんきゅんした。
最初のうちは、それこそあの時自分がこうしたい、ああしたいと言っていたシチュエーションを実際にしていって、疑似とはいえ、本当に恋人のようで幸せだった。
初めて佐久間君の部屋で「練習」をした日のことは、今でも鮮明に覚えている。
「めめ、緊張する」
「俺も」
「どうしよう」
「とりあえず、近くに座ろうか」
ベッドに並んで座って、最初は手を繋ぐことから始めた。佐久間君の手は少し震えていて、俺も緊張していた。
「めめ、もうちょっと近くに来ていいよ」
「すごく近いじゃん、これ以上どこに?」
「ここ」
佐久間君を膝の上に座らせると、佐久間君は顔を真っ赤にして抗議した。
「めめ、恥ずかしいって!こんなの恋人でもなかなかしないよ!」
「練習でしょ?恋人になった時のための」
「そうだけど…」
「佐久間君の体温、心地いいよ」
「も、もう!めめのえっち!」
そんな風に照れる俺が可愛いのか、佐久間君がつい頬にキスをしてしまった。
「あ…」
「ごめん、つい」
「べ、別にいいけど…」
俺の耳まで真っ赤になっているのを見て、佐久間君の胸がきゅんとしたらしい。
「めめ、可愛い」
「何言ってるの!」
「本当に可愛いよ」
そう言うと、俺はますます赤くなって、佐久間君の胸に顔を埋めた。
「佐久間君、ずるい」
「何が?」
「そんなのされたら、ドキドキするじゃん」
「俺もドキドキしてる」
「本当?」
佐久間君の胸に手を当てて、確かめるように言った。
「うん、本当」
「佐久間君の心臓、すごく早い」
「めめのせいだよ」
そんな他愛もないやり取りが愛おしくて、この関係がいつまでも続けばいいのにと思った。
―――――――――――――――
でも、時が経つにつれてだんだん現実が見えてきて、怖くなってきてしまった。
もし、佐久間君に恋人ができてしまったら「練習」相手である自分はお役御免、ただのグループメンバーに戻らなければいけない。
今まで何度か佐久間君に告白をするファンの子やスタッフは何人かいたが、佐久間君はその誰とも特別な関係になることはしなかった。
プライベートで会うこともない。
でも、それがいつまで続くかなんて分からない。
デビュー時代からの付き合いだからこそ、佐久間君の魅力を誰よりも知っている。
あの人懐っこい笑顔、誰にでも優しくて、時々見せる少し天然な一面。きっと佐久間君を好きになる人は、これからもたくさん現れるだろう。
「佐久間君、最近誰かいいなって思う人とかいる?」
ある日、何気なく聞いてみた。
「急にどうしたの?」
「いや、なんとなく。ファンの子とか、可愛い子多いし」
「めめこそ、誰かいるの?」
「俺は…いない」
本当は目の前にいるじゃないか、と心の中で叫びたかった。
「俺も別にいないよ」
「そうなんだ」
「なんで?」
「いや、佐久間君がもし恋人できたら、練習終わっちゃうなって思って」
正直に言うと、佐久間君がちょっと複雑そうな顔をした。
「めめ、安心した?」
「え?」
「俺に恋人いなくて」
「それは…」
答えに詰まっていると、佐久間君が意味深に笑った。
「なんでもない」
佐久間君の意味深な笑顔に、胸がざわついた。
しかし、佐久間君も今や立派な大人になってしまった。
仕事の幅も広がって、俺とは違う現場に行くことも多くなった。
個人の仕事での佐久間君は、俺の知らない一面を見せていて、それが何だか寂しかった。
「今日の番組、面白かった。演技またうまくなってる」
「見てくれたの?」
「うん、録画して」
「ありがとう」
でも、佐久間君の嬉しそうな顔を見ていると、俺の知らないところで佐久間君が成長していることを実感して、取り残されたような気持ちになった。
少し前までは行為の後も、俺が起きるまで傍にいてくれていたけれど、時間が合わなくなって忙しくなってきたのだろう、今は突然訪れて、行為の後にはもういない。
「佐久間君、もう帰るの?」
「うん、明日早いから」
「そっか…お疲れ様」
「めめも、ゆっくり休んでね」
「佐久間君、また今度時間ある時に」
「うん、また今度ね」
そう言って去っていく佐久間君の後ろ姿を見ながら、俺はいつも虚無感に襲われた。
「また今度」っていつだろう。
佐久間君にとって、俺はそんなに重要じゃないのかもしれない。
その変化が、とても寂しく、恐ろしかった。
デビュー時代から長い時間を共に過ごしてきたからこそ、佐久間君の変化に敏感だった。昔の佐久間君なら、どんなに眠くても俺が起きるまで一緒にいてくれた。
デビューの頃、俺が体調を崩して休んだ時も、佐久間君は仕事が終わると必ず家まで来て、心配してくれた。
ダンスで落ち込んでいると、佐久間君はいつまでも話を聞いてくれた。
そんな佐久間君が、今は俺よりも仕事を優先している。
もちろん、それが当然だということは分かっている。俺たちはもうプロなのだから。
でも、心のどこかで、昔のように俺だけを見ていてほしいと思ってしまう。
「お疲れ様でした」
「佐久間君、お疲れ様」
「めめ、今日すごくかっこよかったよ」
「ありがとう。佐久間君も良かった」
仕事の現場でも、昔のように自然に話しかけてくる佐久間君だけど、どこか距離を感じる。
以前なら、休憩時間には必ず隣に座ってくれていたのに、最近は他のスタッフや他のメンバーと話していることが多い。俺が見ていることに気づくと、にっこり笑って手を振ってくれるけれど、それだけだ。
「佐久間君、今度一緒に食事でもしない?」
ある日、勇気を出して誘ってみた。
「いいよ、でも今度っていつ?」
「佐久間君の都合に合わせるよ」
「来週の金曜は?」
「大丈夫」
でも、その金曜日、佐久間君から連絡が来た。
「めめ、ごめん。急に仕事入っちゃった」
「そうなんだ。また今度でいいよ」
「本当にごめん」
また今度。
いつも「また今度」で終わってしまう。
もう自分は、体しか求められない、欲求処理のための存在なのだろうか。
この関係も、いつか佐久間君が飽きてしまったら終わってしまうのではないだろうか。
そう思うたびに、胸の奥がきゅうと痛んで泣きそうになってしまう。
「めめ、大丈夫?」
ある日、打ち合わせ中にぼーっとしていたら、佐久間君に心配そうに声をかけられた。
「うん、大丈夫だよ」
「最近、元気ないじゃん」
「そんなことないよ」
「嘘だよ。めめのこと、俺が一番よく分かってるもん」
その言葉に、心がざわついた。
一番よく分かってる、なんて言うくせに、俺の気持ちには気づいてくれない。
デビューの時から一緒にいて、佐久間君は俺の気持ちをすぐに察してくれていた。俺が悲しい時も嬉しい時も、佐久間君は誰よりも早く気づいてくれた。
でも、今の佐久間君は気づかない。それとも、気づいているけれど、気づかないふりをしているのだろうか。
続きは note にて公開中です。
作者名「木結」(雪だるまアイコン)でご検索ください。
※~m×sまとめ~人気カップルの恋が咲く~続きの記事に続きがあります。
※おまけ小説(18歳以上推奨)も収録しております。
閲覧の際は、年齢とご体調に応じてご自身のご判断でご覧ください。