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「藍璃ちゃん、正直に言ってくれて良いんだよ。俺の体臭が臭いって」
森川さんは、暗い表情をしている
「だ、だから、臭いんじゃありません。私の好きな匂いなんです」
……私、森川さんに匂いを嗅いでいる変態な姿を見られていたなんて、本当に恥ずかしい
羞恥で熱くなった頬に当たる冷たい秋風が、気持ち良かった
「寒っ」
少し離れたところで肩を縮こませて寒がる森川さんに近づき、隣に並んだ
「森川さん、これ返します。着てください」
そう言いながら私は脱いだジャケットを、森川さんに差し出した
森川さんは遠慮がちに微笑むと私からジャケットを受け取り、羽織った
ううっ、寒いっ……
ワンピース越しから肌に冷気が突き刺ささり、自分を抱き締めるように両腕を身体に回した
私は身体が小刻みに震えだし頭が冷静さを取り戻したのか、何故森川さんが地上30階の屋上の吹き曝しにいるのか疑問を抱き始めた
すると森川さんが、いつの間にか私の背後に立っていた
「森川さん? ……っ⁈」
次の瞬間、息つく間もなく私は森川さんのジャケットの懐に入っていた
……ち、近い
森川さんが、森川さんの身体が近い!
生まれて初めて男の人に背後から抱き締められた私は過呼吸気味になり、息をすることを忘れている
「寒いんだよね。 なら、こうすれば一緒にあったかくなるだろう。藍璃ちゃん、あったかい?」
森川さんの体温と、身体に回された男の人の腕や胸板の逞しさが背中から感じ取れる
あったかいどころではなく、すごく暑くて身体の芯から一気に熱が身体中にこもる
ソープ系の香水の香りが、包むように漂っている
暑いけど、私は森川さんの温もりにずっと包まれていたいと何かに願うように思った
こんなに心が苦しくなって、あったかくなって、むず痒くなって、まるで心が霜焼けになっているみたい
でも、霜焼けみたいに痛痒くはならない
やや斜め上後ろにある森川さんをちらりと見上げると、森川さんは無言のまま私を背後から抱きすくめて、前方に広がる夜景を眺めている
どうして、何も言わないの……?
森川さんが、何も言わないなんてちょっと淋しい
最後だからもっと森川さんの声が聞きたくて何か話題を振ろうと探しても、何も話題は出てこない
私は、森川さんに抱き締めてもらえてるだけで、胸が一杯……
本当にもう今夜で森川さんと会えなくなって、ずっとこれから会えなくなるの?
森川さんと連絡が取れるかどうかも分からないし、それに今夜はしていないけど一週間前、左手薬指に指輪をしていた様な気もして、森川さんは結婚している人なのかもしれないし……
森川さんを何も知らないけれど、今夜が最後なんて嫌だと強く何かに突き動かされたみたいにそう思った
「森川さん」
「ん?」
「森川さん、本当に会えなくなっちゃうんですか?」
直接言うつもりはなかったのに、勝手に口から突いて出ていた
森川さんは軽く笑う
「そうだね。こっちで回収する仕事がそうそうない限り、名古屋に出張はないと思う。……藍璃ちゃん、俺と会えなくなって淋しい?」
森川さんは、私の耳元で優しい口調で囁きながらそう訊く
「っ! さ、淋しいなんてっ……」
全身が熱くなるのを感じて、咄嗟に否定しようとしても最後まで否定出来ない
……そうか
私、森川さんに会えなくなるのが淋しいんだ
まだ二回しか会っていなくて、食事してあまり話もしていないにもう会えなくなるなんて、嫌
森川さんの優しい顔が見れなくなるなんて、嫌
私はあの初対面の日から今日までの一週間ずっと、森川さんからメールが来るのを待ち焦がれていた
『頭ん中ずっとその人でいっぱいなら、それが恋だよ』
那奈の言葉が脳裏に浮かんで、自分の気持ちを自覚した
……森川さんに対するこの気持ちは、『恋』
「っ……きです…」
風に吹き消されるような、か細い声で呟く
「ん? どうしたの?」
森川さんは抱き締める腕に力を込めて、私をぎゅっと抱き締めると身体をもっと密着させた
「森川さん、好きです」