コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「おはようございます!」
週の始まりは、特に元気に始めたい思いがあって、いつもより大きめの声を出す。
「あ、きたきた、未希さん、これ見て」
スマホの画面を見せられた。
貴君のスマホだ。
少し照れ臭そうに並ぶ貴君と、若い女性。
見たくなかったやつだ。
私は視界に入れないように、スマホから目を逸らした。
貴君の見合い相手なんか見たくない、けれどそんな複雑な心境を悟られないように話す。
「もしかして?」
「そう、貴のお見合い相手で、今は婚約相手。いいよなぁ、若い嫁さんで」
うらやましそうな田口さん。
「なかなかお似合いだと思うけど、貴君にはもったいないかも?」
「それな!」
実は、ちゃんとは見てないけれど。
同意したのは田口さん。
貴君は、スマホ返してくださいよと言いながら照れ臭そうに笑ってる。
「で、いつ結婚するの?」
「今ちょっとお袋の体調がよくないんで、落ち着いてから。もう少し先です」
「ふーん、貴君の結婚が決まったんだからお母さんもすぐに元気になるよ」
私は本心でそう言った。
そうやって、自分の気持ちを整理していこうと思う。
好きな人の幸せを願うのも、愛ってもんだ
と。
「式が決まったら、みなさん来てくださいね」
照れながら、でも嬉しそうな貴君を見て、寂しくもあり悔しくもあり。
仕事に取り掛かろうとする私の耳元で、貴君がつぶやいた。
「楽しいことは、これからもよろしく!ということで…」
「え?」
「ミュージカルとか道の駅とか、ね?」
「あぁ、うん」
そうだった。
友達としての付き合いは続けるとか言ってたっけ。
やっと気持ちの整理がつきそうになってたのに、また気持ちがざわざわする。
なんだろうな、この、ドラマにありがちなパターンは。
俺は結婚するけどお前との愛人関係は続けたい、そんなことを言われたような?
違う、私は異性の友達だった。
奥さんになる人は貴君より10歳くらい若い、私は貴君より10歳くらい上だ。
大人として、きちんと線を引いていこうと決めた。
「じゃ、未希さん、こっちから片付けていこ」
クシャッとなった笑顔で話しかけられると、きゅんとしてしまう。
きちんと線を引いて…いけるのかあやしくなった。
なんだか気持ちが落ち着かないまま仕事を終えて、そのままアルバイト先のラブホテルへ向かう。
あのメモリーが、綾菜のサプライズのものか確かめないと。
確かめたらどうしようか?
決められないまま、ホテルに着いた。
従業員駐車場に車をとめて、そっとお客様用駐車場を回った。
あの車は、今日は来ていないようだ。
「おはよう!」
「おはようございます、未希さん」
「あ、今日もニシちゃんとかぶるんだった」
「そうですよ、あ、イヤでした?」
「いや、そんな意味じゃなくて。あ、そうだ、忘れ物…」
忘れ物が入れられた箱を見る。
赤いフラッシュメモリーがあった。
裏を見ると、小さく彫られたようなAの文字があった。
間違いない、これは綾菜がサプライズで用意したものだ。
今ごろ健二は、これを探し回ってるんじゃなかろうか?
それとも、ここで落としたことに気づいてないなら単純に紛失したと思ってるのか。
「どうしたの?」
「あ、ううん、なんでもない」
私は慌ててメモリーをポケットに入れた。
ここでの忘れ物は、よほどのものでない限り取りに来る人はいない。
来るとしたら、会社の重要なものか、はたまたうっかり外してしまった結婚指輪か、それくらいだ。
空室になったことを知らせるアラームが鳴った。
「うわっ、5階の清掃が入りましたよ、一緒に行ってもらっていい?一人じゃあの部屋はキツいんで…」
「確かに、この前やったらめちゃくちゃ疲れたもん、二人でさっさと片付けちゃお」
台車を押して2人でエレベーターに向かう。
「私、これ終わったら今日はあがりですから」
「うん、次は誰か来るよね?」
「確か、新井真由が来るはず。マユって呼んでやってください、私と同じ年齢で同じくらいにここに入った子です。いい子だから」
人の気配がして、廊下の窪みに隠れる。
ここの廊下は少し入り組んだ作りになっていて、まっすぐではない。
もしも誰かに遭遇しても、身を隠せるようになんだと思う。
配慮はいいけど、慣れないと非常口が探しにくい。
今日の5階のスイートルームは、荒れていた。
入った瞬間、獣のようなニオイと安い香水のニオイが充満してむせかえりそうだった。
「うっわ、そうか、ここ、複数で使ってたからか」
換気扇を最強にして掃除を始める。
「複数って、複数?スワッピング?えっ!」
この歳になっても、それは経験がない。
「よくわかんないですけどね、たまにいるんですよ、いったい何人で?!っていう人数で入るのが」
知らない世界がまだまだあるんだと気付かされた。