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「はじめましてですね、マユです」
「未希です、よろしくお願いしますね」
今日初めて一緒になる子。
ニシちゃんと同じ歳だと言っていた。
真面目で大人しい。
「どうしてここで働こうと思ったの?」
「お金が欲しかったんです、でも子供が小さいから実家に預けて働くにはこの時間しかなくて」
「そっか。シングル?」
「いえ、もっか離婚準備中です」
「あら、それは大変ね」
「でも、頑張ります、息子がいるので」
旦那さんは離婚したくないと言ってるらしい。
でもマユちゃんは、旦那さんのたった一回の浮気が許せなかった、相手が自分の親友だったから。
なんと痛ましい。
「証拠は掴んでるので、あとはキッチリと離婚の準備を進めるだけです」
「そっか、頑張ってね」
あー、綾菜もそうなってしまうのかな。
ふと考える。
今の時代、離婚なんて珍しくもないけど、それでもシングルマザーで生きていくのは、思ったよりキツいと実感がある。
健二のことを、なんとかうまくかたをつけたい。
22時になった。
「じゃ、私はお先にあがるね」
急いで帰ってメモリーを確認してみよう。
綾菜は何を入れたんだろう?
「ただいま!」
「あー、おかえり。よかったらご飯あるよ、今日はチャーハン作ってみた」
テーブルを見るとラップがかけられたチャーハンが置いてある。
それだけ。
なのに、誰かが晩ご飯を作っておいてくれることがとてもうれしい。
「ありがとうね。アルバイトまでしてくると、さすがに作る気力がなくて」
「うん、それくらいならね、俺にもできる。でも味は保証しないよ」
旦那は、リビングでビールを飲みながらテレビを見ていた。
私も、プシュッとビールを開けてごくごく飲む。
「ぷはーっ!こりゃたまらん!」
世の夫達の気持ちがよくわかる。
遅くまで残業してきたら、このいっときがたまらないのだろう。
「あのさ…」
リビングでテレビを見ている旦那に話しかける。
「ごめんね、私、全然、いい奥さんになれてなかったね」
「どうしたの?急にそんなこと」
「なんとなくね、今になってそう思ったから、言っておきたくなっただけ」
立ち上がってテーブルにやってくる旦那。
私の前に座る。
「それを言うなら俺もだ。未希ちゃんのこと好きで離れたくないくせに、お金とか仕事がうまくいかなくて、隠して。色々考えてたらアッチもできなくなって、身動き取れなくなった」
少しだけ、泣いてるような顔を見せる。
「なんでだろね、離婚したから距離が近くなった気がする」
「これくらいの距離感がちょうどいいんだろな、俺たちには」
「まだ当分はここに住まわせてもらうけど、いい?」
「もちろん!どっちかに好きな人ができるまで、いてくれていいよ」
旦那が無言でカツンとグラスを当てる。
よろしくの乾杯だと思った。
「あ、そうだ!あとでパソコン貸してくれない?」
「いいよ、部屋から出しておくから」
綾菜が万が一離婚することになっても、うまく離婚して欲しいと思った。
パソコンにメモリーをセットする。
えっと確かこれで中身が見れるはず。
ブラックアウトからの、カラフルな花束のアニメーションが流れた。
【結婚記念日に寄せて】
タイトルが少し堅苦しい。
画面の真ん中に綾菜が現れた。
アプリで加工したのか、猫耳が付けてある。
『結婚記念日、今年で何回目かおぼえてる?』
『うんうん、ん?ほら、ちゃんと数えて!』
『そう、翔太の年齢でわかるよね?』
『はい、正解!これ、抜き打ちで何年かに一回やるから、毎年ちゃんと数えててよ?わかった?』
セリフの一つずつに間を取っているのは、健二が見て、返事をするタイミングを読んでのことだろう。
画面の下の方に翔太がいる。
『あ、ちょっと、しょうちゃん、触らないで!』
画面が一度フェードアウトした。
そして翔太にも猫耳が。
『さてと。健二、毎日お仕事ご苦労様です。健二のおかげで私と翔太は、食べるものにも困らず安心して暮らせています。翔太が生まれてから、奥さんとしては減点になってると思いますが、もう少ししたら、ちゃんとした奥さんになるから待っててね』
女は、奥さんとお母さんと両方やらなきゃいけないから大変だ。
『翔太のお父さんとしての役目も果たさなきゃいけないから、健二もこれから忙しくなるよ』
あれで、父親の自覚あるのかなぁ?
途中で、一人でツッコミを入れる。
『とにかく、健二には感謝がいっぱいです。普段言えないからここで言うね。いつもありがとう、私と結婚してくれて私は幸せです。これからも翔太と3人で仲良く暮らせていけますように、と願ってます』
仲良く…か。
『でも』
でも?
『でも、もしも私と翔太のことを、いらないと思ったら、その時はちゃんと言ってね。私は鈍感だから、言ってくれないとわからないよ。で、もし健二からそう言われたら…』
え?
『その時は、あとくされなくお別れするので、きちんと慰謝料ください。貯金しておいてよ!お小遣いから!』
冗談?
『あ、そうだ!合言葉を忘れてた!合言葉はね…2731だよ』
えっ!
『結婚記念日おめでとう!!じゃあね!バイバイ』
あっ、猫耳がツノに?
そしてブラックアウト。
「えーーーーっ!!」
「何?どうした?」
思わずあげた大声に、旦那がびっくりしてやってきた。
「あ、ごめんごめん、ちょっと、ドッキリ見てたから、あははっ」
変な嘘でごまかしてしまった。