思えばその切欠(きっかけ)、最初の綻(ほころ)びとなった町、サスキラフの郊外に立ったコユキは神妙な面差しで、先に到達していたナターシャに語り掛ける。
「久しぶりだわね、ターシャ…… どう? 無理を承知で頼んじゃったけどさ、生き物の避難は無事済んでいるみたいだわね」
ナターシャが二十歳(はたち)位まで若返った顔で答えたが、以前と違い引き締まったナイスプロポーション丸出しの姿である、こんな時代…… 聖女とは言え太る余裕も無いのは、何とも悲しい事柄である……
「ええコユキ、出来る限りの命を他所(よそ)に移動させておいたわコフ、この子、アタシの孫なんだけどね? 善悪みたいに転移のスキルが使えるのよ、お蔭で殆(ほとん)どの命、人間はもとより、植物、菌類、ウイルスに至るまで、ナホトカに移す事が出来たのよウォッカ」
コユキは珍しく驚いた顔を浮かべて聞き返す。
「孫? お孫さんなのん? ターシャ、アナタが結婚していたなんて知らなかったわよ! い、いつの間に…… 相手は? 誰なの、ま、まさか!」
ナターシャは自分の横に立つ聖戦士をチラリと見てから少し赤面して答える。
「ん、うん…… コユキと善悪の話を聞いた後、このピーター、ピョートルと結婚したのよ、とは言っても周囲には内緒でこっそりとだけどね…… 一人息子はニコライ、その長女がこの子、エカテリーナ、カトリーヌよ」
コユキはなぜか嬉しそうだ。
「へー、聖女と聖戦士の子供、いいや孫なのねぇー、家の聖邪(セイヤ)と同じな訳ね! お嬢ちゃん、カトリーヌちゃん、もう相方はいるのかな? どう?」
良く肥えた可愛らしい肥満女児はオドオドと答えた。
「相方、ですか? いません、けど…… 一人で戦えますから…… あ、ボルシチ! コフ、スキー……」
コユキは笑顔をより深い物にしてエカテリーナに言う。
「頼もしいわね! カトリーヌ、それにターシャもピーターも、後は任せるわ! 頑張ってねん!」
「本当でござるよ、安心して消滅出来るのでござる! ナターシャ、ピョートル、今日まで色々助けて貰って真にありがとうでござった! これこの通りでござるよ」
深く頭を下げた善悪に対して、想定外だったのかナターシャとピョートルの二人はオタオタしている。
彼等以外に、この場まで付いて来た地上残留組は美雪と長短、それに母に抱かれた幼い私、観察者、聖邪だけである。
目の前から遥か遠くまで集った、四十万を越える悪魔達はこの間無言で身動ぎ(みじろぎ)もせず様子を窺っている。
客観的には中々に不気味な情景である。
んまあ、兎にも角にも、集った神々、悪魔を前にコユキは大きな声で言ったのである。
「んじゃあ皆ぁ! 地球を救いましょうかぁ! 聞くまでも無いかもだけどさっ! 準備はオケイ? かなぁ?」
集まった悪魔、神たちは一斉に答えた。
『応っ!』
無論、発声ではなく『存在の絆』を経て、であった。
コユキは絆通信ではなく大声を張り上げて言う。
「オケイッ! んじゃあ、行こっか! 長短っ! やって頂だ――――」
「ちょっと待ったぁー! 待って待ってぇー!」
ほう、前回、二十五年前の焼き直しだろうか? あの日、死ぬ気満々だったコユキと善悪を救ったカーリーに代わって、上げられた声は、広大な石の草原に響き渡ったのだ。
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