テラーノベル
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赫竜病患者を収容するため、キサラギには隔離病棟が存在する。赫竜病発症はデミオン濃度に関係すると言われているため、空気感染はしないのが通説だ。しかし感情面や、赫竜病最終段階において竜人化した患者が暴れ出してもいいように隔離されていた。
隔離病棟は赫竜病治療の研究をしているため、研究区画としての役目も持つ。
シオンは慰霊碑を離れた後、この研究区画に来た。
「彰先生、来ましたよ」
「お、来たね。じゃあ今日も頼むよ」
「はい」
迎え入れたのは白人顔の男だ。
伊藤彰という研究区画で働く医者兼研究員である。祖父がアメリカ人だったこともあってアジア人らしからぬ顔つきの彼も、籍の上では旧日本人であった。
「今日も血液採取するから、そこに座って」
彰がそう言い終わる前にいつもの椅子に座り、腕をまくって差し出した。こうして採血するのも初めてではない。何年も定期的にしていることだ。
容器に赤黒い液体が溜まっていく。
そして針を抜くと、すぐに痕は消えた。ドラゴンスレイヤーの回復力によるものである。
「協力感謝するよ」
「それで、赫竜病の治療目途はどの程度ですか?」
「進行を僅かに遅らせる……かもしれない」
「まだそこですか」
「残念ながら、君の体質は謎に満ちているからね。実験を繰り返すしかないよ。とても人間に試せるレベルじゃない」
赫竜病はデミオンが原因であることだけは分かっている。しかし発病メカニズムについては不確定な部分が多い。彰も長く赫竜病を研究しているが、分からないことの方が多かった。
「知っての通り、赫竜病は私たち人間にだけ感染する。人間以外の動物も植物も赫竜病には罹らない。人間の遺伝子配列にだけ反応する何かがあるのかもしれないし、人間にだけ存在しない何かがあるから動物は赫竜病に罹らないもかもしれない。実に不思議だ」
「それは知っています。アーカイブにも載っている話です」
「そうだね。この赫竜病は既存のウイルスや菌による病気とは異なる。どちらかといえば癌に近い。さしずめデミオンは放射性物質のようなものかな。細胞そのものを変質させている。まさに新しい粒子、新しい法則というわけだ」
シオンは首を傾げた。
今の話は素粒子物理学の一端であり、シオンにとっては難しい内容だ。それに気付いた彰は、より分かりやすいように言葉を変えた。
「この世界を構成する最小の単位は何かな?」
「原子です」
「そうだね。だが、原子はもっと小さくできるはずだよ」
「……陽子、中性子、電子のことですか?」
「うん。正解だ。しかしまだ不十分だね。この陽子も中性子も更に細かく分割できる。素粒子いうもので、まぁ、色々と種類がある。クオーク、レプトン、フォトン、ボソン……まぁ色々ね」
「名前だけ見たことあります」
シオンもさらりと撫でた程度の知識しかないが、存在は認識している。
「電磁波を記述するマクスウェル方程式も、重力を記述する一般相対性理論も、この素粒子について述べた式ということになる。さて、そんな方程式の中にデミオンという異物が混じったらどうなると思う?」
「方程式が……法則が狂う、ですか」
「その通り」
シオンに分かりやすく簡潔に述べられた説明だったが、実は正確ではない。たとえデミオンが新素粒子だったとしても、他の素粒子に干渉する性質がなければ法則そのものが狂うことはない。ただ、デミオンという新しい法則が生まれるだけである。
法則が変わるということは、デミオンが他の素粒子に干渉するということだ。
具体的には、既存物質を対竜武装の元である竜結晶に変質させたり、人間が竜人になったり。あるいはドラゴンという新種族すら生み出す。
科学者でもある彰はそれらの事実を事細かに詳しく説明したいという衝動を覚えたが、ここは我慢した。
「さて、私の仕事は変質した法則を探るという大仕事だ。時間も根気も必要になる」
「分かりました。治療が難しいということは」
「理解してくれて何よりだね」
癌という病についてはシオンもよく知っている。紀元前一五〇〇年頃から既に癌という病を認知していたとされており、三千七百年経った今でも完全な治癒は難しいと言われる大病だ。
そんな癌に例えるのだから、赫竜病の厄介さもよく分かる。
「そういえば対竜機関の科学者がキサラギにまで来てわざわざ実験をすると聞いたよ」
「何故それを知っているんですか? 一応は二月機関の秘匿作戦なんですが」
「さっきまで私の研究室に客がいてね。リシャール博士とその助手さんだったか。彼らと意見交換をしていたんだ。その時に実験のことを聞いたよ」
「実験のこともですか? それはどんな?」
何も知らされていないシオンからすれば、この情報は棚から牡丹餅だ。
特に実験内容は水鈴にも知らされていない事情である。
些細なことでも知りたかった。
「私も詳しいことまでは教えてくれなかったよ。ただ、ドラゴンの誘導……と言っていたね。水鈴様にも報告してあるよ」
「誘導? ドラゴンの?」
「さてね。詳しくは。その実験に君も参加するのだろう? 無事に帰ってこれるよう祈っているよ」
「それは、どうも……」
ドラゴンの誘導。
シオンには彰の言葉が強く耳に残った。
◆◆◆
五月十九日、キサラギから六台の大型車両が出発した。その内の四台にキサラギのドラゴンスレイヤーが乗っており、一台にRDOのドラゴンスレイヤー、最後の一台は科学者たちとRDOから運んできた実験機材を乗せている。
地下シェルターの車両入口から次々と車が現れ、キサラギ沿いの旧国道を西側へと進み始めた。ここから東名高速道路に乗り、富士の南部まで移動する。
「あれは……」
「赫竜病患者の保護を訴える団体のデモみたいね」
車窓から外の光景を見て呟いたシオンに、同じ車に乗っていた如月氷花が答えた。そこに如月ヒムロ、八神ハルが補足しつつ知識を披露する。
「旭日旗ですね。昔の自衛隊が使っていた旗です。あの旗を掲げた自衛艦隊は日本の海を守り、そして第三次世界大戦の戦火を全て撥ね退けたそうですよ。まさに英雄たちの旗だ」
「旭日旗ということは、あれが噂になっている”旭”なのね」
シオンも”旭”という組織は聞いたことはあった。
赫竜病患者を保護している組織で、活動そのものは最近になって始まったとされている。そもそもキサラギも詳細には把握していない。
世紀末の悪夢によって東京が壊滅して以降、周辺地域の暮らしや保証は地に落ちた。自分の身は自分で守らなければならない世の中になってしまった。ドラゴンスレイヤーというドラゴンへの対抗策を持たない人々はこうして集まり、定期的にキサラギに対してデモを行うことで保護を求めている。
「キサラギだって赫竜病患者を嫌がって拒否しているわけじゃないのに」
「そう言わないヒムロ。彼らだってわかっているわ。だけど主張しないと何も解決しない」
ヒムロが言う通り、赫竜病患者の受け入れに関してキサラギでは容量一杯だ。
確かに赫竜病という死病患者を、感染のリスクまで背負って受け入れるのは心理的に容易ではない。空気感染はしないにしても、近くにいて気持ちの良いものでもない。
「今回の作戦でRDOから資源を大量に貰ったらしい。夏凛さんの話ではその物資でキサラギを拡張するとかなんとか」
「夏凛さんって、水鈴お姉様の秘書さん? あなたって上層部からは覚えがいいわよね……私もヒムロも同じ如月家なのに」
「いや別に――」
「ちょっと三人とも! なんでそいつと仲良くしているのよ。そいつは”仲間殺し”でしょ!?」
神無月セリカが睨みつけながらそう言い放つ。
シオンとしては勘弁してくれと叫びたい気分だ。まさか先日のことがあったにもかかわらず、セリカたちの小隊と同じ車に押し込められるとは思わなかった。
(仮にも如月家が二人に、八神家からも一人。神無月セリカは珍しい一般家庭出身だけど、名前だけ見れば期待の新人小隊ってことか)
始まりの竜殺一族に加え、『八』を冠する八神家も数多のドラゴンスレイヤーを輩出している。初めての実戦研修が竜人によって台無しにされてしまったとはいえ、ある意味では修羅場を乗り越えた隊だ。
(期待の裏返しか、数合わせでRDOに義理立てしたか)
余計なことを口にすれば、またこじれる。何を言われようと、黙っていることにした。
またヒムロは気を遣ってか、露骨に話題を変える。
「しかしようやくキサラギの拡張ですか」
対竜防壁はデミオンを組み込んでいるため、簡単に拡張するというわけにはいかない。物資の問題で以前から計画されていても困難だった。
まともに集めれば何十年もかかるだろうと言われている資材調達がこの一任務で済む。それが作戦上語られた意義である。
「工場も増やしい欲しいわね。最近は食料も不足気味だし、リサイクル設備も飽和気味でしょ?」
「今回の任務で生き残らないと話にならない、です」
「ハルはネガティブ過ぎよ」
「僕も警戒するに越したことはないと思うよ」
「あなたもそっち側なのねヒムロ」
シオンを会話から排除したことで、再び空気が活気づく。置物のように振舞っておけば、少なくとも大きな問題にはならない。そんな暗黙の了解が行われた。
(もし、この人たちが竜人化したら……また俺は)
その時はまた仕事をするだけだ。
悪い考えを奥へと押しやり、シオンは窓の外を眺め続けた。
◆◆◆
ガタガタと激しく揺れる大型車両内部で、リシャールは実験の確認を行っていた。RDOから輸送してきた一台の大型実験車両の他に、二台の車をキサラギから借りている。リシャールが乗っているのは、持ち込んだ実験車両だった。
「主任、可能な限りキャトルの調整が終わりました。到着後に最終チェックと微調整をします」
「ありがとうシモン君」
リシャールはシモンからデバイスを受け取り、調整データをチェックする。そして何も問題ないことを確認し、笑みを浮かべた。
「竜の巣に着いたら実験の最終調整に入る。そして実験開始は二十一日の朝だ。念のため、明日も調整に費やそうと考えているよ」
「つまり実験は明後日ですね。ワクワクします」
「ああ、私もだよ。これまで苦労した。私がトロワ計画で助手をしていた頃を思い出す。あの時も実験の前日は心が躍ったものだ。尤も、あの実験は失敗だったがね」
「主任ならば失敗なんてありません。調整も完璧ですよ!」
「勿論だとも」
自信たっぷりの笑い声が響く。
それを聞きつけてか、もう一人の助手であるヴァンサンもやってきた。
「どうしたんですかリシャール主任? 何か愉快なことでもありましたか?」
「ああ、ヴァンサン君。ドラゴンスレイヤーとの打ち合わせは終わったかね? 何だったかな? 今回の護衛の小隊の……」
「大鷲小隊の方々ですよ。いい加減覚えてくださいよ主任」
「すまないすまない。関心のないこと限定のアルツハイマーなのだよ」
そんな冗談を吐いて大笑いする。
シモンもヴァンサンもその冗談は何度も聞いているので、いつも通り苦笑しておいた。
「しかし主任、今回ばかりは機関に感謝しなければいけませんよ。イーグル小隊内部でも実力のある六人を付けてくださったわけです。実験に期待されているということなんですから。それにキサラギのシノビたちも、中々の実力者揃いです。エース級小隊を幾つか護衛に回して貰っていますからね」
「だがシモン。所詮は極東だろう? エース級といっても信用できるのか?」
「おいおい。知らないのかヴァンサン? 奴らの戦い方は世界一洗練されているって有名なんだ。本当のエースはたったの一小隊で大型竜を倒すって噂だぜ。個々の実力はともかく、洗練された連携でドラゴン共を仕留めるそうだ。今日にでもその戦いが見られるかもな」
「それは知らなかったな……」
「私も初めて知ったよ」
「まぁ、主任はそうでしょうね……自分のところのドラゴンスレイヤーですら曖昧ですし」
ドラゴンスレイヤーとはヒーローだ。
命を救われた経験のある者も少なくはない。そういった人々は特にドラゴンスレイヤーへ興味を抱く。あくまでも傾向だが、シモンの場合はそうだった。幼い頃、ドラゴンに喰われそうになったところを救われている。それ以来、個人的にドラゴンスレイヤーに興味を持っているのだ。
「さてシモン君。君のドラゴンスレイヤー談義にはまた今度付き合うこととしよう。それより、ヴァンサン君には今後もイーグル小隊との連携を頼む」
「任せてください。当初の予定通り、輸送中の警戒はキサラギの連中に任せて、イーグル小隊には機材の護衛に徹して貰うことになっています」
「移動中もドラゴンは出てくるのかね?」
「竜の巣に向かうわけですから、少なくとも一度は遭遇すると思いますよ」
「ふむ。それもそうだ」
富士樹海はドラゴンの蠢く地だ。
小型どころか中型や大型すら出現する竜の巣は危険地帯という言葉すら生ぬるい。そんな場所に向かう以上、ドラゴンとの遭遇は必至である。
そんな会話をしていたからだろうか。
車内にけたましいサイレンが鳴り響いた。ドラゴンの接近を知らせる警報である。
「噂をすれば、だね。まずはシノビたちを見学させて貰おうじゃないか」
車外を映す複数のカメラには、別の車両から飛び出すキサラギのドラゴンスレイヤーたちが映っていた。
◆◆◆
警報が鳴った直後、シオンは素早い動きで立ち上がる。そして装甲車の上部装甲をスライドさせて、上面から顔を出した。ドラゴンは空からやってくることがほとんどであるため、こうした移動中の遭遇はまず空から確認することになっている。
シオンはまず、車の進行方向から迫る一匹の小型ドラゴンを見つけた。念のために全周囲を確認するが、小型ドラゴン以外にドラゴンは見えない。
「小型竜が一匹」
そう報告しつつ、車の屋根に上がる。
この距離では銃弾も届かない。狙撃銃ならばまだ届くが、生憎とシオンには狙撃技術がない。それに揺れる車上から的確に空飛ぶドラゴンを狙い打つのは熟練者でも難しい。
「ハル、いける?」
「もっと近くに来れば、たぶん……」
新人たちも登ってきて、この中で唯一の狙撃手だった八神ハルに視線が集まった。ただ彼女は自信なさそうに否定するのみ。
するとすぐに自信たっぷりな声がインカムを通して耳に入ってきた。
『一〇一小隊の諸刃だ。すぐに仕留める』
同時に、深い銃声がする。
空を飛ぶドラゴンが身じろぎして墜落した。一撃で心臓を射抜いたのだ。自在に空を飛ぶドラゴンの心臓を揺れる車上から撃ち抜く超高等技術。
キサラギ最高の狙撃手に間違いない。
(流石……六道諸刃)
六道家は『六』を冠する竜殺一族にして、対竜戦闘術を研究する家系でもある。剣術や銃撃の腕を鍛えることは勿論、対ドラゴンを想定した多数の戦術を考案している。
如月が採用しているあらゆる戦術連携は六道家の研究が下地にあった。
『討伐完了。こちらでコアの回収をしておく』
ドラゴンは地に落ちた。
たとえ小型であっても、ドラゴンのコアは貴重な資源である。きっちりと回収する。六台の大型車は順番に停止した。
シオンたちも車が停まるのを見計らって警戒を解く。
「大丈夫そうね。戻りましょう」
セリカがそう声をかけつつ、車内へと降りていく。それに続いて新人たちは戻っていった。
一人残ったシオンは遠目から撃墜されたドラゴンを観察する。その目的はその小型ドラゴンに近づく三つの人影だ。
(諸刃、蒼真、青蘭……やっぱりあの三人か)
一〇一小隊。
たった三人でありながらキサラギにおいて最強の小隊だ。
六道諸刃が隊長として指揮しつつ、遠距離から反則気味の狙撃をこなすというのが持ち味である。勿論、近接戦闘を担う如月蒼真と如月青蘭も優秀なドラゴンスレイヤーだが。
そしてシオンが無気力に見つめていると、諸刃が振り向いて視線を合わせてくる。普通ならば気づかないはずの距離だったが、彼には関係なかったらしい。
(……ッ!)
シオンは思わず目を逸らした。
浮かび上がった感情は罪悪感と自分自身への嫌悪感。
逃げるように、車内へと戻って行った。
◆◆◆
「どうした諸刃?」
「いや、何でもない」
蒼真の問いかけに諸刃は首を横に振りつつ話を終わらせる。
「それよりもコアの回収は?」
「もう青蘭が終わらせたぞ。お前がぼさっとしている間にな。ほら」
そう言って彼が指差す先には、コアを容器に入れて手を振る青蘭がいた。諸刃は本当に自分が気を抜いていたことを悟る。
(いや、あいつの視線を感じたからか)
脅威であるドラゴンは既に討伐しているため、コアを回収すれば仕事は終わりだ。富士樹海への道程はまだ長い。ここで長く立ち止まっているわけにはいかない。
「諸刃ー! さっさと戻るわよ!」
「青蘭も呼んでる。戻るぞ」
「ああ」
先に戻っていく蒼真と青蘭を追って、諸刃も車に向かう。
感じた視線について、想いを巡らせながら。
#ポストアポカリプス
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