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「太宰なりの慰め方」
昼下がり。

 コツ、コツ、と階段を上る音が、木造の廊下に乾いた靴音を刻んでいた。太宰はその音の終着点にある一枚の扉へ辿り着き、背を凭れかける。


「出社しなくていいのかい? 君らしくもない」


 扉の向こうに向けて投げかけた言葉は、静かな空気に溶けて、木霊するばかりだった。返答の気配はない。暫しの沈黙が過ぎ、ようやく低く、気怠げな声が返ってきた。


「……なんだ」


「なんだじゃないでしょ」

 太宰は、わざと軽やかな声音を纏わせる。

「いつも時間厳守な国木田くんが、いつまで経っても顔を見せないんだもの。心配ぐらいするさ」


と太宰が返事を返す。そんな太宰に揶揄いに来たのか、と国木田が言った。


「そんなんじゃないよ」

「じゃあなんだ」

「……まだ引き摺ってるの?」


「何をだ」


 国木田の声音には、わずかな苛立ちが滲んでいた。だが太宰は、それを見逃すはずもない。


「昨日の任務の事」


 その一言に、扉の向こうは沈黙した。図星だったからだ。

 太宰は、小さく溜息をついた。

 そして、言葉を継ぐ。


「時々、腕がもげそうに思うのだよね」


 扉の向こうで、国木田がわずかに間を置く。

「……何の話だ」


「理想の話さ」

 太宰の声音は、ひどく軽やかで――その実、重たさを含んでいた。


「そんな重たいもの、よく抱えてられるよね」


「私には到底無理だ」

 と、太宰は続ける。


「馬鹿にしているのか」


 国木田は苛立ちを隠さずに問い返した。いいや?と太宰はいつもの調子で言う。


「ただね、もう放り投げてしまえばいいのに、と私は思うのだよ」

 太宰の声は、乾いた昼下がりにしみ込むように響いた。


「いい事なんてあるかい? こうすべきで腹は膨れないし、命も救えない」


 国木田は、黙ったままだった。


「そんなこと、君はよぉ~く知っていて、こうして現実との落差に打ち拉がれたりする」


 にも関わらず捨てようとしない、――何故だろう。

 太宰は、言葉を綴りながら、まるで独り言のように呟いた。

 そして、少しの間を置いて――太宰は言った。


「ねぇ、国木田くん。こういうのはどう?」


 国木田は息を詰めるように、声を抑えて返した。

「……何だ」


「全部、私の所為にしなよ」

 太宰の声音は、まるで罪を甘く包み込むように滑らかだった。

「きみの理想を蝕む悪いものは、凡て私だ。だから君は、心ゆくまで私を詰めれば――」


 その言葉を遮るように、国木田が小さく呟いた。

「……成程」


 そして、わずかに声を張って言い放つ。

「貴様は、いつもそうやって人を誑かしてきた訳か」


 その言葉に、太宰はふと笑った。

「酷い言い草だね」


「責任負って死ぬだの、何だの言う心算だろう」


 国木田は低く言い放ち、続ける。

「……さりげなく自殺幇助を促すな」


 太宰は肩を竦めて、いつもの調子で答えた。

「ありゃ、バレてたか」


「俺の矜持は俺一人のものだ。お前にぶら下がるつもりは無い」


 国木田の声音には、静かな決意と冷たさが滲んでいた。


「そうかい。では、仕方ない」


 太宰はわずかに目を細め、皮肉交じりに微笑む。

「今後も大いに苦しみ給え」


 そのまま、軽く息を吐くように言葉を落とした。

「私はこれからも――腕がもげそうだなあ、と眺めるだけさ」


 そう言い残し、太宰は背を向けた。

 廊下の奥へと消えていく足音が、静寂の中に淡く溶けていった。



あとがき


 ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


 ノベルという形で物語を書くのは初めてですので、拙いところや歪な箇所も多かったかもしれません。

 ですが――主はまだ初心者ゆえ、少しばかり大目に見てくださると嬉しいです。


 この物語を読んでくださった皆様に問いたい。

 太宰さんは、国木田くんを慰める時、果たしてどうすると思われますか?


 もし宜しければ、コメントにて教えていただけると幸いです。


 それではまた、別の物語でお会いしましょう。


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