テラーノベル
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壱月と結婚式を挙げてから、もうすぐ一か月が経つ。
あっという間に時は過ぎ、けれど時間は止まらない。
休日の今日、私はリビングにランドセルのカタログを広げて、「うーん」と悩んでいた。
花斗は来年の春には、小学生になるのだ。
「花斗はどれがいいかな?」
隣ではソファに座った花斗がタブレットをスワイプさせ、「あれでもない、これでもない」と頭を悩ませている。
男の子のランドセルなんて、黒か紺か緑か、それくらいだと思っていた。
けれど、蓋を開けてみたら種類も形も豊富で、デザインが凝ったものもあるし、本当に多種多様だ。
新幹線モチーフ、サッカーボールモチーフ、剣や龍をモチーフにした刺繍なんてものもある。
「六年間使うものだから、ちゃんと選ばないとね」
「うーん、……あ!」
花斗の手がパッと止まる。
「ママ、これがいい!」
私は、花斗に差し出されたタブレットを見た。
「え、これ……」
そこに映っていたのは、青色に白いラインの入った、壱月の勤めるNALJの飛行機に似た配色のランドセルだ。
鋲の部分が、ご丁寧にも飛行機の形になっている。
画像をスワイプさせると、『NALJ商品化許諾済』と右下に小さく書いてあった。
こんなランドセルがあるなんて、知らなかった。
飛行機が大好きでパイロットに憧れる花斗にとっては、うってつけのランドセルかもしれない。
けれど、花斗の将来を考えると、迂闊にこれがいいねとは言えない。
花斗は色の見え方が、私たちとは少し違っているのだ。
きっと小学生の間に、花斗は自分の将来について考える機会があるだろう。
パイロットになれないと知った時、このランドセルに対して、花斗はどう思うだろう。
複雑な気持ちで花斗を見つめる。
花斗はタブレットの画面をウキウキしながらスワイプさせ、「かっこいい」を連呼する。
『花斗は、パイロットにはなれないんだよ』
まだ言えていないことが、申し訳ないしつらい。
私はそっと、ため息をこぼした。
その夜、壱月が帰ってくると、花斗は得意げにタブレットの画面を彼に差し出した。
「ランドセル、これにする!」
夕飯の支度をしていた私は、その様子をキッチンからちらちらと窺う。
「決まったのか」
壱月は微笑んで、花斗からタブレットを受け取った。
けれど、その画面を見るやいなや、彼の笑顔が引きつった。
壱月も、私と同じことを思ったに違いない。
「花斗、本当にこれでいいのか? 六年間使うんだ、もっとシンプルなやつも――」
「これがいいの!」
言いながら、花斗は壱月の手からタブレットを奪い取る。
そして、うきうきとした顔でソファに座り、またスワイプをしながら楽しそうに画面を見ていた。
壱月は困ったような顔で、こちらに目くばせをする。
私も同じような顔を壱月に返した。
*
「どうする? ランドセル」
花斗が寝静まった後。
私は壱月と共に、大窓の前のソファに座っていた。
壱月も頭を抱え、うーんとうなっている。
「飛行機が好きなのも、パイロットになりたいのも昔からのことだし、花斗の気持ちも尊重してあげたいとは思う。でも、花斗は――」
「――パイロットには、なれない」
私の声に続けて、壱月がそう言った。
色覚特異の検査を受けたのは、ついこの間のことだ。
もっとも、もっと大きくなって精密な検査をしないことには「そうだ」と断定はできないらしい。それでも、可能性は大きいとのこと。
最近では花斗自身も、周りの人と自分の見え方が違うことを、理解しているような素振りを見せることもある。
ため息をこぼすと、同じタイミングで壱月のため息も聞こえる。
私は大窓の外に視線を向けた。羽田空港に、一機の飛行機が降り立ったところだ。
パイロットになりたい気持ちを、もちろん大事にしてあげたいとは思う。
だけど、花斗は年長さんになり、来年は小学生だ。
世の中のことも、自分自身のことも、色々と理解してきたように思う。
だったら、もう今が、そういう時期なのかもしれない。
「ねえ、壱月」
「ん?」
振り向いた壱月に、私は思い切って口を開いた。
「伝えてみない? 花斗に、『パイロットになれない』って」
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コメント
1件
うわあ、このエピソード、胸が締め付けられました……。ランドセル選びのワクワクした空気の裏に、親として花斗に伝えなきゃいけない現実がある。その重みが、窓の外の飛行機の景色と重なって、すごく切なかったです。花斗が無邪気に「これがいい!」って言えば言うほど、言い出せないもどかしさが伝わってきて。壱月さんも同じ気持ちで、二人でため息をつくシーン、夫婦の絆を感じる反面、本当に辛いですね。でも、このタイミングで伝えようと決意したラスト、とても大事な一歩だと思いました。続きが気になります……!