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車独特のあの匂いが鼻を刺激する。寝静まったかの様な車内にエンジン音が鳴り響く波のように緩く揺れる車の振動にちょっと酔ってきたかも…と喉の奥から感じる気持ち悪さに顔を歪める。
隣では私の肩を枕代わりにすやすやと寝息をたてて眠るイザナさん。そしてそのまた隣では窓の外を静かに眺めている鶴蝶さん
運転席にはどことなく「アッチ系」の世界に居そうな傷だらけの男性がハンドルを握っていた。
はっきり言ってすごく気まずい。
どうしよう、このままイザナさんと同じ様に寝ようかな。でも流石に会ってそんなに経ってない人の前で寝るのは……
グルグルと思考を巡らせていると突然隣から私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「…なぁ、○○ちゃんだっけ」
『は、はい!』
いきなり話しかけられびくりと反射的に背筋が伸びる。押し出されるように出た大声が静かだった車内響く。
『あっ…すみません大声出してしまい…』
「いいよ、こっちこそわりィな。いきなり話しかけて。」
まだ幼さを残した無邪気な笑顔でそう言われ、緊張で強張った体が少し緩む。胸に突っかかっていた息をゆっくりと吐いた。
『それでなんでしょうか?』
一拍間を開き、今度は私から話しかける。
「ごめんな。イザナが………」
「助けてやれなくてすまねェ…」
そう押し出すように呟くと鶴蝶さんが自分の膝に頭が引っ付きそうなほど深く頭を下げ謝罪の言葉を口にする。
思いがけない謝罪に言葉が出ない。アワアワと行く先のない手が宙で震える。
私はなんて言えばいいんだ?
大丈夫です?気にしないでください?
いや違う。どれも違う気がする。
少ない時間でたっぷりと考える。
『か、顔を上げてください……!』
心の高ぶりと焦りを抑えきれない乱れた声が口から零れる。結局答えは見つからず、曖昧な答えになってしまう。
『鶴蝶さんは何もしてないじゃないですか……ね?』
そう伝えるとやっと鶴蝶さん顔を上げた。その表情は申し訳なさそうに歪んでいて、視線は床へ向いていた。目には悔しさに紛れて悲しみの色が見える。
「……もう、オレじゃあどうにも出来ないんだ。ごめん。」
『へ?』
どういうこと、という問いが喉に詰まる。私の言葉に被せるように鶴蝶さんは口を開く。
「お願いだ○○ちゃん。アンタにしか頼めない。」
彼の眼差しに宿る薄い影が私の心の中に困惑の塊を埋め込む。
理解が脳に追い付かず言葉は喉に引っ付き、困惑の息だけが途切れなく口から流れ落ちる。
「イザナを救ってくれ。」
『…救う?』
確認するように小さな声でそう鶴蝶さんの言葉を繰り返す。だがどうしても言葉の意味は脳にしっくり来なかった。
「このままじゃイザナ、殺人にまで手ェ出しちまう。」
殺人
その単語に「え」と乾いた息に似た声が喉から這い出る。心は嵐が通ったように後のように激しく乱れる。
『殺人…ってどういう事ですか』
弾かれた様に身を乗り出して鶴蝶さんに問い出す。
胸の中で心臓が大きく跳ねている。息が吸いにくい。きっと私は動揺しているんだ。
が、その瞬間イザナさんの頭が私の肩からずれ落ち、自分の膝に固い衝撃が走る。そこから眠気の籠った小さな呻き声が耳に届く。
しまったと慌てた時にはもう遅く、ゆっくりとイザナさんの長い睫毛が上にあがりぼんやりとした紫色の瞳が私を捉える。
『ご、ごめんなさい…大丈夫ですか?』
ゆっくりと頭を上げるイザナさんをあわあわとした目で見つめ、謝る。
当の本人はまだ眠気が抜けきっていないのか、ん、と濁点を含んだ声で返事をした後、もう一度私の肩に頭を預け、そのまま静かな寝息を零し始めた。
『……寝た?』
「……寝たな」
確認するようにお互い、そう言葉を零すと、しばらく気まずい沈黙が車内を埋める。
どうしよう、さっきの事聞き返した方がいいのかな。
途絶えてしまったあのイザナさんの話に何となく聞きにくく何度も何度も同じ考えが頭に浮上しては消える。
困惑を滲ませた眼差しで俯く鶴蝶さんの姿をこっそりと見つめ、すぐにまた前へ視線を戻す。見つめては、戻し。見つめては、戻す。それを何回か繰り返し、ようやく決意を固めた様に私は口を開いた。
『あ、あの!さっきの話、詳しく聞かせてもらってもいいですか…?』
きっとここで無かったことにすると私は後悔することになる。
半ば投げやりな私の口調に驚いたのか瞼をぱちくりさせる鶴蝶さんだったが─
「…あぁ」
一度小さく頷き、あの言葉の続きを話し始めた。