涙を拭ったみことは、クローゼットの奥にしまっていた“以前、自分が幼児化した時の服”を取り出した。
少し恥ずかしい思い出の残るその服だが、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「……すち、ちょっとこれ着てみよ?」
「みこちゃがきせてくれるのっ?」
ぱぁっと花が咲くみたいに笑う幼いすち。
みことは胸がぎゅっと締め付けられた。
“こんなに無防備に笑うんだ……”
大人のすちも優しいけれど、今のすちは感情をそのまま表情に出す。
小さな身体にそっと服を通してあげ、ボタンを留める。
すちはじっと、黙ってみことの指の動きを追っている。
「……できた。苦しくない?」
「うん。みこちゃ、ありがと」
にこっと笑って、みことの手に自分の手を重ねてきた。
その小さくてあたたかい手に触れた瞬間、みことは堪えきれずに小さく鼻をすんっと鳴らした。
「ごめんね……ほんと、ごめん……」
「みこちゃ、ないちゃだめ。すち、いるから、さみしくないよ?」
幼児化してもなお“みこと第一”のすちに、胸の奥がじんわり熱くなった。
みことは気持ちを切り替え、冷蔵庫を開けた。
料理はすちほど得意じゃないけれど、簡単なものなら作れる。
すちが好きなもの……疲れてたし、優しい味のほうがいいよね。
みことは卵を割り、ふわふわの卵焼きを作り、あたたかい味噌汁を用意した。
テーブルに並べると、すちは目を輝かせた。
「みこちゃがつくったの? すち、たべる!」
小さな手で一生懸命フォークを動かし、もぐもぐと幸せそうに食べる。
「おいしい?」
「うん!みこちゃのごはん、だいすき!」
「……そっか。よかった……」
今度はみことのほうが照れてしまい、視線をそっと落とした。
夜、すちは湯気の立つ脱衣所で、ちらりとみことを見上げた。
「みこちゃ……いっしょ、はいろ?」
その目は期待でいっぱい。
みことは一瞬だけ困ったように眉を寄せたが、しゃがんで柔らかく微笑んだ。
「……うん。一緒に入ろ?」
お風呂では、すちはみことの腕にぴったり寄り添ってくる。
「みこちゃ、あったかい……」
「すちも、あったかいよ」
小さい体が湯に浮かび、みことの胸元にコトンと頭を預ける。
その仕草があまりに可愛くて、みことは思わず頬を寄せた。
すちは満足そうに目を細めた。
そんな生活がしばらく続いた。
みことは買い物から帰るたび、小さなすちが玄関まで駆け寄ってくる姿に、胸をぎゅっと掴まれたような気持ちになる。
「みこちゃ、おかえりっ!」
「ただいま、すち。いい子で待っててくれた?」
「うん!」
その度に、みことの心はじわりと温かく満たされていく。
“元に戻ってほしい”
けれど
“戻ったらこの姿を見られなくなる”
そんな矛盾した気持ちが、みことの胸の奥で静かに揺れていた。
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