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 その後、4日間の夜を共にしたが睡蓮と雅樹が交わる事はなく、雅樹は手足を強張らせたままの背中を抱きしめて朝を迎えた。


(……….睡蓮、どうしたんだろう)


 雅樹は酷く困惑した。睡蓮は言葉少なで始終何かを考え込んでいる様で居心地が悪かった。それは以前2人で出掛けた白川郷へのドライブを連想させた。


「あぁ、日本の空気だね」

「………..そうね」

「体調が悪いの?」

「……….元気よ」


 成田国際空港に降り立つ連絡通路に差し掛かると睡蓮は雅樹から距離を空けて歩き始め振り向きもしない。


「睡蓮、どうしたんだ」

「……….どうもしないわ」

「睡蓮!」


 睡蓮は無言で雑踏の中を脇目も振らずに歩いて行く。ハワイへと出立した時の笑顔は消え失せその態度の豹変ぶりに戸惑った。睡蓮は雅樹に抱かれる事なく処女のまま新婚旅行を終えた。

 睡蓮と雅樹の新居、アルベルタ西念は和田コーポレーション本社社屋から交差点を挟んで徒歩10分の距離に建っている。レンガ畳みの小径にはオリーブの枝が揺れ、新築6階建マンションの周囲にはポプラ並木が新芽を伸ばしていた。


「家具も家電も揃ったね」

「うん」

「俺は仕事だけど睡蓮は太陽が丘に行く?お義母さんの家に行くなら送ろうか?」

「ううん、今日は細かい荷物を解きたいの」

「無理しないで」

「いってらっしゃい」

「じゃあね」


 雅樹は手を振る睡蓮に微笑みながら玄関の扉をそっと閉めた。新婚旅行以来、2人は抱き締めあった事もなければ出掛ける時の口付けも無い。同僚に「知り合いがさ、悩んでいるんだよ」と良くある質問を投げ掛けてみた。


「おまえ、それセックスレスだよ。なに、広報部の弘前の事か?」

「弘前?あいつそうなのか」

「結婚5年、子どもが生まれたら危ういらしいぜ」

「5年………….」

「まぁおまえんとこは新婚だしな、あんな美人な奥さん羨ましいわ」

「そうかな」


 そう肩を叩かれたが睡蓮と雅樹に肌の触れ合いは皆無だ。


(……………セックスレスもなにも、それ以前の問題だ)


 睡蓮の家事は完璧で部屋の中はモデルルームの様だった。ただ、醤油一滴を食卓テーブルに溢す事すら躊躇われ緊張した。


「美味い!この生麩の吸い物、最高だね!」

「ありがとう」

「美味い!」


 然し乍ら手料理は料亭並みに美味い。


「ネクタイ、紺のネクタイは何処かな」

「出しておいたわ」


 出勤時にはクリーニングされたワイシャツがハンガーに掛けられ、重要な商談が有る日には大島紬の上質なネクタイが準備されていた。


(……………さすが叶家の長女)


 由緒正しき家柄そのもの、機転が効く素晴らしい妻だった。ただ、夜の営みだけは船が座礁した様に身動きが取れなかった。片目を瞑り睡蓮をベッドに押し倒す事も出来るだろうが相手は処女で酷い事はしたくなかった。


(無理だ。こんな結婚、最初から無理があったんだ)


 両家の為に、企業間の取引の為にと意を決したが自身の身体だけは如何ともし難い。睡蓮を性の対象として認識出来ない、欲情しない、勃起しない。


(………….木蓮)


 雅樹は退社時間が早い夕暮れには、木蓮に初めて口付けた大型遊具が並ぶ公園のブランコに腰掛けて空を仰いだ。大きな溜息、胸の痛み、目の奥が熱くなる。


(…………木蓮)


 あの朝、なにも言わずに810号室から姿を消した木蓮の心持ちは結婚式の教会で流していた涙が全てを物語っていた。瞬間、睡蓮の腕を振り解いて木蓮の手を握りたい衝動に駆られた。


(あの男が居なかったら、俺はとんでもない事をしていた)


 木蓮の隣にいた男は幼馴染で婚約者だと言った。二又に分岐した道はもう交差する事は無いのか、腕時計は18:30を過ぎていた。ブランコから立ち上がった雅樹はスラックスの尻に付いた砂を払った。


 アルベルタ西念の外装は赤煉瓦造りで近隣では最も高級感を醸し出すマンションだった。金沢駅から一直線片側3車線の50m道路沿い、隣には芝生が広がる公園と立地条件も良く見晴らしは最高に良かった。

 睡蓮と雅樹の新居は601号室でマンション最上階の角部屋、ベランダには南向きの陽の光が降り注いだ。


(……….今日もなにも無かった)


 降り注ぐ光の中フローリングに座り込んだ睡蓮の心は曇天だった。ハサミを握り山と積まれた小さな段ボールの荷解きをしながら身の回りの物や衣類を取り出していった。


(……….寂しい)


 ひとつ、ひとつ人の気配が無かった部屋に生活用品を並べて行く。それは単なる儀式の様なもので心弾む楽しさは皆無だった。あんなに恋焦がれた雅樹、然し乍らあの一言で睡蓮の心は凍りついた。「睡蓮さん《も》初めてなんでしょう」それはもう1人、処女だった女性とセックスした事を表していた。


(木蓮しかいないじゃない)


 手に入れたと思ったベージュのティディベアはやはり木蓮の腕の中にあった。それでも結婚したのは私なのだから、自分は雅樹の妻で雅樹は私の夫なのだからと言い聞かせながら左の薬指の結婚指輪を高く翳して見た。


(でも、こんな既製品の指輪になんの意味があるの?)


 普段は父親の経営する会社に興味関心を示さなかった睡蓮だが、結納直前に叶製薬株式会社が和田医療事務機器株式会社に多額の援助を行った事を小耳に挟みその時確信した。雅樹は人身御供で自分と已む無く結婚する事を決断したのだ。


(愛のない結婚………..そういう事よね)


 それでも触れ合えば身体を繋げばいつか雅樹に愛されるのではないかと思っていた。その望みも虚しく手を繋いだ事すらない夫婦関係。


(これが本当に欲しかったものなの?)


 寒々しくただ広いだけの無機質な部屋。睡蓮の頬に涙が伝った。


赦されない私たち あなたは私 私はあなた

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