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あのトイレでの会話から、私は佐野くんを避けるようになった。挨拶はするけど、目を合わせない。
必要最低限の言葉だけ。
理由は自分でもわかっていた。
高橋さんの言葉が、頭から離れないから。
佐野くんに近づきすぎたことへの罪悪感。
そして、自分がもう彼なしではいられないことへの恐怖。
だから、距離を置こうと思った。
でも、佐野くんはそんな私の変化に、すぐに気づいた。
『先輩!』
昼休み、誰もいない休憩室で追い詰められた。
『最近、俺のこと避けてるやろ?』
背後から近づいてきて、壁に手をついて逃げ道を塞ぐ。
『なんで?』
「……別に、避けてない」
嘘がすぐにバレる。
佐野くんは私の顎を軽く掴んで、顔を上げさせる。
『嘘つくな。先輩、俺のこと嫌いになった?』
瞳が少し揺れている。
子犬みたいな目が寂しげだ。
でも、その奥にいつものオオカミの光も混じっている。
「そんなこと……ない」
『じゃあ、なんで逃げるん?』
私は答えられなかった。
「仕事、戻るね」
私は無理やりその場を離れた。
残業で遅くなった夜。
資料室でファイルを整理しているとドアが開いた。
⟬桃井先輩、まだ居たんですね⟭
高橋さんだった。
「あ、高橋さん。お疲れ」
私は普通に挨拶して、またファイルに手を伸ばす。
その時、左手首に鋭い痛みが走った。
「っ!」
見ると、手の甲から血がぽたぽたと落ちている。
高橋さんが、右手にカッターを握りしめていた。
刃先が、私の血で少し赤い。
「な……何……?」
声が震える。
高橋さんは静かに微笑んだ。
⟬先輩、佐野くんに近づきすぎですよ⟭
⟬私の佐野くんなのに……邪魔しないでほしいんです⟭
カッターを再び振り上げようとする。
私は後ずさり、棚に背中がぶつかった。
痛みと恐怖で、頭が真っ白になる。
この子、本気で……
「高橋さん……やめて……」
⟬先輩が離れてくれれば、こんなことしなくて済んだのに⟭
その瞬間、ドアが勢いよく開いた。
『先輩!』
晶哉の声。
彼は一瞬で状況を把握し、高橋さんの腕を掴んでカッターを落とさせた。
『何してんねん!』
高橋さんは佐野くんを見て、ぽろぽろと涙をこぼした。
⟬私……晶哉くんのこと好きなの……⟭
佐野くんは高橋さんを離して、私のそばに駆け寄る。
傷ついた手を見て、顔色が変わった。
『先輩、大丈夫か……?』
私はただ、震えることしかできなかった。
血が止まらない手と、晶哉の焦った顔。
この関係が、こんな風に誰かを傷つけるなんて。
思ってもみなかった。