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「いったいどうなっているんだ、ここは」
公都『ヤマト』の上級宿の一つで―――
決して低くない身分の格好をした数名が座る中、
その従者らしきメンバーが取り囲むようにして
立っていた。
「ワイバーン騎士隊など聞いた事もないぞ!
王都フォルロワに潜らせていた連中は、
何をしていたのだ!」
―――モグモグ
着席している中でも一番年上と思われる、
40代半ばの男性が、バン! とテーブルを叩く。
「例の『誘導飛翔体』だが……
アレが完成すれば、ワイバーン騎士隊に
対抗出来るか?」
『上』の一人からの質問に、直立不動したままの
周囲からはしばらく沈黙が返されたが、
「……それは難しいかと。
そもそもあの開発目的は、上空を飛んで
地上目標への攻撃を行うもの。
空を飛ぶ目標―――
それも機動性のある相手に対しては、
効果は薄いと思われます」
ようやく従者の一人が出した答えに、さらに
重苦しい沈黙が場を支配する。
「莫大な予算・人員・期間をかけてきた新兵器が、
1日にして無効化されたか」
リーダー格らしき男が、大きくため息をつく。
「あの『誘導飛翔体』―――
対空で、かつ動く目標対象に命中させるよう
改良する事は可能か?」
その問いに、直立している人間が互いに顔を
見合わせてざわめく。
―――ズルズル
「それはもはや誘導ではなく、追尾機能の開発が
前提になるかと。
そこまでの高性能兵器の開発となると、
予算は見当も付きません」
悲観的な回答をする従者グループに、
『上の立場』らしき者が、
「まあ待て。
今までは『攻め』の発想で戦略を立て、
それに基づき開発を行ってきたのだ。
ここに来て『防御』へ転換するのは難しいし、
首脳部も納得はしないだろう」
「ではどうしろと?」
同格の相手の質問に貴族らしき男は、
「せっかく相手が、『ワイバーンは制御可能』だと
教えてくれたのだ。
これを利用しない手はあるまい?」
「なるほど……」
「確かにな。
新生『アノーミア』連邦であれば、
ウィンベル王国を上回るワイバーン騎士隊の
創設も可能なはず……!」
席に着く上の立場らしき者たちが、やっと
打開策を見つけたかのように話していると―――
従者の一人がおずおずと片手を上げる。
「その事なのですが……
実は今、この公都にワイバーンの女王が
来ているようなのです」
主従問わず、ざわっと場が騒然となる。
―――カチャカチャ
「私が使用人として潜り込んでいる家の主人に
よると―――
獣人族の少年が通訳として、会話が可能で
あったようです。
そこで、連邦にも『従属』しないかと交渉を
持ち掛けたようなのですが」
「それで……?」
従者サイドの歯切れの悪い言葉の続きを、
上の人間らしき者が促す。
「そ、それが……
あくまでもワイバーンたちは『従属』ではなく、
『恩義を返す』ためにウィンベル王国へ『協力』
しているとの事。
また要請ならば、ウィンベル王国を通して
行うのが筋であろうと……」
「思ったより知能が高そうだな。
だとすると、第一声が『従属しろ』では、
印象は最悪だろう。
まったく、余計な事をしてくれたものだ」
ふぅ、と彼が一息つくと、隣りにいた男が
引き継ぐ。
「だが、それなら高度な命令系統もこなせるはず。
金に糸目を付けず、ワイバーンのヒナや卵を
何とか入手出来ないものか」
すでに次の戦略へ向けた手段・方法が
提案されるも、
―――パクパク、ゴクリ
「それは、止めた方がよろしいかと……」
ワイバーンの女王について情報提供した者が、
緊張気味に否定する。
「理由は?」
「は、はい……!
そのワイバーンの女王が『恩義』に感じている
理由と関係があります。
ワイバーンたちがウィンベル王国に『協力』
しているのは―――
群れが食料危機に陥った際、子供たちの
食料を支援してくれたからとの事。
つまり、彼らにとって王国は、子供たちの
命の恩人なわけです」
そこで彼はいったん一息つき、
「ですので、今―――
ウィンベル王国と真逆の事をするのは……
さらに、児童預かり所という施設では、
ワイバーンや魔狼、ドラゴン、半人半蛇の
亜人の子を始め―――
それを神獣・フェンリルがまとめて面倒を
見ているとの情報もあります」
そこへ補強するように、従者の一人が割って入る。
「それは事実です。
私が護衛役として潜り込んでいる家ですが、
そのご子息と児童預かり所まで同行しました。
補足すれば、そこには……
小さなゴーレムもおり、他の人間の子供たちと
非常に仲良くしていまして」
「だから何だというのだ?
みんな仲良くしているから、手を出すべきでは
ないとでも言いたいのか?」
イラつきが混じった声が聞こえ、従者グループは
肩を大きく上下に震わせるが、
「そ、そうではありません!
ただ、この公都では亜人・種族問わず子供を
広く保護しているという事実があります!
もしそれに手を出したりしたら―――
他種族も敵に回りかねません!
神獣・フェンリルまでもです!!」
彼の懇願するような声に、仲間は互いに
視線を交わす。
―――ズズーッ
「確かに、今敵視・警戒されてもこちらに利は……
ってアラウェン隊長!
いつまで食べているんですか!?
いい加減話し合いに参加してください!!」
そこでリーダー格の男は、アラサーと思われる
赤い短髪の男へ大声を上げた。
その彼の前だけに、ラーメンや丼もの、他各種の
いろいろな料理が置いてあり―――
「いや話す事ったってなあ。
正直なところ何もねえだろ。
技術屋じゃねえ俺たちにだってわかるんじゃね?
戦略は根本から見直し、これまで頑張ってきた
新兵器開発はぜーんぶ無駄になりましたー♪
まー仕方ないじゃん?
ワイバーン騎士隊なんて誰も予想して
無かったしよー」
唖然としている室内の人間に向かい、彼は続けて
「だいたい、あの『誘導飛翔体』ってヤツ?
ありゃあ空からの攻撃は防げないって基本概念で
開発してたんだろ?
それなら相手がワイバーンを複数運用出来るっ
つー時点で、勝ち目ねーのはわかるだろ。
お空を移動して火球吐いてくるんだぜ?」
軽口ながらも正論を話す『隊長』に―――
それまでリーダー格に見えた男が、
「あなたが今回の諜報作戦の指揮を執っているん
でしょうが!
それでどうするんです!?
このまま帰ったら、我々の立場が……!
あの首脳陣に何を言われるか―――」
どうやら、アノーミア連邦へ帰った後の事を
心配しているらしい。
諜報機関が、ただ悲観的・絶望的な情報だけ
持ち帰る―――
しかも今までとは全く異なる新情報……
つまり、実際に見るまで調べられなかった事実。
それは立場としてもプライドとしても、
看過出来ない事なのだろう。
「それなんだがよ。
招待客に出された『お土産』の中身、
知っているか?」
結婚式のお土産、つまり引き出物だ。
全員が『それが何か?』という目で注目する。
「確か、え~っと……
卵をよく産む双頭の鳥とその飼育セット、
甘い樹液を出す木や他各種苗木、種。
コメの苗もあった。
それとぬか床? ってやつも。
どれもこれも、各国の好事家や貴族が、
血眼になって入手しようとしている一品だ」
ポカンとする一同を無視して、彼は話を続ける。
「あとは―――
開拓・開発に関する物だ。
水魔法の水で魚を大きく育てる水路、
トイレや大浴場用の排水用の下水道、
その扱いや作り方を書いた書類。
それで使う小道具―――
酒の純度を高める装置。
その試供品に至るまで。
各家によって多少は異なるが、それが今回の
結婚式の『お土産』だとよ」
全員が口をあんぐりと開けて放心する中、ようやく
一人が我に返り、
「な、何の意味が……?
独占すればどれだけの利益を生むか、
ウィンベル王国には、その価値がわからない
とでも?」
普通の、しかし当然の疑問に全員が同意して
沈黙するが、
「さてなあ。
ただのバカなのか、それとも―――
『この程度、秘密にするほどの価値もない』
『これが貴様らとの差だ』
って事なのか」
もはや何も言葉が無くなった周囲に対し―――
彼は続けて、
「料理にしろ、『ガッコウ』ってところに行けば、
誰でも教えてくれるらしいぜ。
今、各家お抱えの料理人がこぞって教えを乞いに
行っているって話だ」
「……それで、どうするんですか結局」
かろうじて話を本題に戻そうと、一番始めに
彼に怒鳴った男が口を開く。
「そんなの決まっているだろ。
この『お土産』の情報を―――
俺たちの手柄にするんだ。
中身がこうなったのは、俺たちが暗躍した
おかげだ、とね」
「「「は?」」」
身分の上下なく、ハモるように驚きと疑問の
声を彼らは上げる。
「し、しかし……
手柄と言っても、別に我々は何も……!
もしそれが後でバレたら」
すると赤髪の男は人差し指を立てると、
それをメトロノームのように振って、
「別にごまかす必要はねーよ。
事実だけ話せばいい。
『お土産はこんな内容でした』
『我々はそこで、非常に歓迎され―――
またとても楽しんできました』
とだけ、あの自称エリート様集団に
報告すりゃいい。
にこやかな表情で、な」
すると席に着いている複数の人間が、
「そ、そうか……!
そう言えば首脳陣は勝手に深読みしてくれる!」
「『お土産』は元から不自然なほどに豪華……!
それをどう受け取るかまでは、我々の関知した
ところではない!」
「いちいち他国へのお土産まで調べないだろうし、
我が連邦だけ厚遇されたと勘違いしてくれる
可能性も……!」
そこで立ったままの従者グループにも、安堵の
ため息が漏れる。
「とゆーワケだ。
これにて任務完了!
報告の精度を上げるためにも―――
『楽しもう』ぜ、お前ら!」
そう言って手を叩き、彼は初めて席を立つ。
「隊長、どちらへ?」
40代半ばの男が、アラサーの男の首根っこを
つかむ。
「実はよ、ここに来るちょっと前に入ってきた
情報なんだが……
ギガンティック・ムースが運ばれてきたんだと。
それを使った料理が出る可能性がある……!」
それを聞いていた周囲は活気付いて、
「隊長あんた、まだ食べるんですか!」
「会議中もラーメンやらカツ丼やら、
食ってましたよね!?」
「少しは自重してください!」
緊張感から解放されたのか、次々と隊長に
ツッコミが殺到し―――
そこで彼らの『会議』はお開きとなり、
次々と部屋を退出した。
後に残ったのは、アラサーとアラフォーの男、
2人組で―――
「……さてと」
隊長と呼ばれた男は、平らげて空になった食器を
コンコンとつつき、もう一人に顔を向ける。
「フーバー、お前は行かないのか?」
「そう言う隊長こそ、どうして残ったんです?
ギガンティック・ムースの料理は?」
聞き返す彼に、アラウェンはイスに深く腰掛け、
「……今のここ、公都『ヤマト』な。
連日ガンガン王都から物資が輸送されて
きてるんだわ。
にも関わらず『大物』を運んできた―――
それもドラゴンとワイバーンで仕留めてきたって
聞いている。
その理由は何だと思う? 副隊長殿」
一度立ち上がっていたフーバーも席に着き、
「我々の行動が漏れている、とでも?
その上で、『見せかけの戦力ではない』
との誇示……」
「そうかも知れんし、そうじゃないかも知れん。
最初から相手にされていない事も考えられるが」
そこで隊長はフーッ、と一息吐き、
「これがもし何らかの『警告』だとしたら……」
「だとしたら……?」
副隊長の問いに対し、彼はおどけて
「その厚意は有り難く受け取っておきましょー。
これ以上の調査は出来ねーわ」
「しかしそれは、脅しを受けて任務を中断したと
とらえられかねませんが」
アラウェンは残っていた飲み物をグイッとあおり、
「それこそ首脳陣が好き勝手に受け取りゃいい。
いざとなりゃ『警告』の件は―――
俺とお前しかわからなかったって事にすりゃ
いいじゃん。
部下達は何も知らなかった、って事で」
「ヘンなところで責任感ありますね、隊長は……
でもまあ確かに賛成です。
戦力差が予想以上に開き過ぎておりますし、
ここで目を付けられるのも得策ではありません。
役得として、存分に楽しんでいきますか」
そこで隊長と副隊長は同意し―――
本当の意味での彼らの諜報活動はお開きとなった。
「おーい、シン。
今日も解体の手伝いをしてきたぞ」
「ピュ!」
「こっちも魚の巨大化施設に、水の補充
して来たよー」
ギガンティック・ムースの『狩り』から
3日ほど経過した頃―――
公都中央の広場で、私は家族と合流していた。
「ありがとう、メル、アルテリーゼ。
疲れてない?」
「まーそれなりに」
「シンは大丈夫かの?
ここ数日―――
各貴族や、縁のある家々を回ってきたと
聞いておるが」
「ピュウ?」
フゥ、と一息つくと私は―――
黒髪のセミロングとロング、妻2人と
ラッチに向き合い、
「まぁおいおい話すよ。取り敢えず休もう」
そうして家族で、ひとまずギルド支部へと
向かう事にした。
「おう、お疲れさん……って、本当に
疲れているみたいだな」
支部長室で、まずはジャンさんに労いの言葉を
かけられる。
「何かあったの?」
「どこか、喧嘩を売ってきた者でもおったか?」
私は手を垂直に立てて、左右に振って否定する。
「シンの事を知っている貴族なら、そんなバカな
真似はしねぇだろ」
ギルド長が、白髪交じりの短髪をガシガシと
かきながら話す。
「まあ何と言えばいいのか……
ブリガン伯爵様やシィクター子爵様、
ロック男爵家にグレイス伯爵家とも
これと言って当たり障りなく話せたのですが」
ちなみにドーン伯爵家は、結婚式についての
相談や申し出が殺到しているとの事なので、
今は距離を置いている。
決して面倒くさいとか、巻き込まれるのは
嫌だと思っているわけではない。
落ち着いたら相談に乗る予定である。
「ちょっと、チエゴ国のナルガ辺境伯家と」
そこでメルとアルテリーゼが顔を近付ける。
「あり?
セシリア様の家だよね、そこって」
「確かにこの前まで敵国であったが―――
今は非常に友好的だと思ったのだが」
私はまた、手を振って否定の意を伝え、
「いや、そうじゃないんだ。
ただルクレさんがね……」
そこで同室の3人とラッチが、顔を見合わせた。
―――シン回想中―――
「おお、あなた方がティーダ君のご両親、
ゲルト殿とその奥方……!
どうかお義父様、お義母様と呼ばせて
ください!」
チエゴ国・ナルガ辺境伯家の宿泊先へ挨拶回りに
行った際―――
銀髪のロングヘアーをした切れ長の目の女性が、
初老の男とその妻と思われる女性……
夫婦らしき男女へ抱きついていた。
その側には、困った顔をした黒髪・褐色の肌をした
獣人族の少年がおり……
「えっと、ティーダ君。
何があったんですか?」
「あの、それが―――」
部屋の離れた場所には、セシリア様とミハエル様も
おり、彼らを交えて改めて話を聞く事になった。
「ティーダ君にプロポーズ?
ルクレさんが?」
「ぼ、僕としては大変光栄だと思うのですが、
その、立場的にはどうなのかと。
まだ若輩でもありますし、ルクレセント様から
してみれば眷属も同然の身で」
そこで私は彼の両親の方を見て、
「ティーダ君って確か12才でしたっけ?
ちなみに、チエゴ国だといくつくらいで
成人になるんですか?」
人間のそれとは異なる、毛深い60代くらいの
老人と隣りの奥さん―――
外見的にはまだ30代くらいに見える女性が
複雑そうに話す。
「15才で成人になりますじゃ」
「ですので、私どもも反対はしませんが、
出来れば後3年待って頂ければ」
奥さんもまた、ティーダ君と同じような犬耳に
巻き毛のシッポを持ち……
というよりティーダ君が母親似なのか。
「う~ん……」
確かにティーダ君は従者として、ルクレさんに
付きっ切りだったし―――
ご両親としても、神獣・フェンリルに伴侶として
望まれるのは、とても光栄な事なのだろう。
しかし、自由恋愛を咎める気はないが……
未成年相手となるとなあ。
そこは聞いておかなければならない。
「ティーダ君は、ルクレさんの事をどう思って
いるんですか?」
すると彼は顔を赤らめて、
「け、敬愛していると思います。
ですが、それが恋愛感情での好きかどうかは、
自分でもよくわからなくて」
そこで、セシリア様が手を上げて、
「そこは、まだ3年あるのですから―――
ゆっくり確かめればいいと思いますわ」
「そうですね。焦る事はないかと」
ミハエル様も同意した後、彼女は頭をかき始め、
「しかし、私とミハエルの婚約を報告しようと
思っていたのですが……」
「おお、そうなんですか。
それはおめでとうございます!」
と、私がお祝いの言葉を述べるも、ミハエル様が
苦笑して、
「とはいえ、話題としてはこちらに持っていかれて
しまったような。
まさか、ティーダの結婚の話が出るなんて」
「いやぁでも……
赤ちゃんの頃から知っている子に先に結婚で
抜かされたらと思うと……」
気まずそうにする新カップルとその両親。
確かにこちらの世界では成人も早いし、切実な
問題ではあるよな……
「えーと、じゃあ……
セシリア様の結婚式は、私が協力させて
頂きますので」
すると金髪の長髪をした辺境伯様と、短髪の
長身の青年が同時に押しかけ、
「本当ですか!?
ぜひともそれをお願いしたかったんですよ!」
「あれは絶対シン殿の発案とお見受けしました!
その節はよろしくお願いします!」
―――シン回想終了―――
「……という訳で、ナルガ辺境伯家への
協力を約束して―――
何とか場を和ませて終えたんだけど」
それを聞いたアルテリーゼは両腕を組んで、
「あやつなぁ~……
ずっと独り身であったが、こうまでこじらせて
おったとはのう」
「ピュー」
続いてメルがなだめるように、
「まあ無理も無いんじゃない?
何でも言う事を聞いてくれて、多少わがままでも
たいていの事は付き合ってくれる―――
年下の可愛い子でしょ?」
そう考えると確かにティーダ君は……
獣人族としてフェンリルを神獣と崇めているし、
最初から彼女を『様』付けして服従していた。
長い独身生活の末にそういう異性が現れたら、
夢中になってしまっても仕方が無いか。
「しかし15才で成人ってのは、どこも
変わらないんですね」
視線をジャンさんの方へ向けると、
「他国の事はよくわからんが―――
まあそうなんだろう。
他の貴族サマとは何も無かったか?」
そこで私は思い出しながら、
「後はこれと言って……
そうそう、グレイス伯爵家でリーフ当主様と
共に―――
ニコル様・アリス様ともお会いしましたが」
「あー、あの白いキレイな子。
範囲索敵持ちの」
「アリスもすっかりグレイス伯爵家の
人間じゃのう。
それがどうかしたか?」
「ピュウ?」
そこで私はどう話したものか考え込むが、
「えーと……
ニコル様も範囲索敵持ちなので、
ワイバーンライダーにならないかと
持ち掛けたのと……」
そこで私はいったん飲み物を口にして、
「あと、ニコル様がどこかの分家を継ぐか新規に
作るか、その時に―――
アリス様との結婚式を挙げるそうです。
その時はぜひお任せしたい、との要請を
受けたのですが」
それの何が問題? という表情をみんながするが、
「リーフ当主様が、
『じゃあ私はそこで当主の座を退くから、
第二夫人にしてね』とニコル様をからかって
おられました」
私の答えに、妻2人は苦笑し―――
ギルド長は腰に両手をつけ、大きくため息を
ついた。
そして2日後……
ギルド支部で、秘密裡に緊急会議が行われる
事になった。
支部長室にはいつものメンバーである、
ジャンさんとレイド君・ミリアさん―――
私とメル、アルテリーゼ、そして……
「おー、あんたが噂の『万能冒険者』か。
しかも美人の嫁さん2人とはうらやましいぜ」
「隊長! 軽口はお止めください!」
赤髪・短髪の、お調子者といった風情の男と、
筋肉質の、多少白髪交じりの歴戦の猛者といった
アラフォーの男が、新規の顔として部屋にいた。
「新生『アノーミア』連邦の諜報組織と言ったな。
何の用だ?」
ギルド長がにらみつけるように問い質すと、
「ちょっと! 怖い顔マジ止めて!
俺はアラウェン。こっちの、あんたと同じくらい
怖い顔はフーバー。
今回、ウィンベル王家の結婚式に乗じて、
諜報活動のために来た。
俺はその隊長、こっちは副隊長だ」
なおもふざけ続けるのは素なのか演技なのか―――
「しかし、あっさりと正体と目的を話しても
いいんスか?」
レイド君が訝しげに聞き返すと、
「まあちっとばかし、それどころじゃない事が
起きたんでね」
「我々の目的はあくまでも情報収集。
明確に敵対する事までは認められていないゆえ」
2人の言葉に、今度はミリアさんが身を乗り出し、
「という事は……
敵対するような何かがあったんですか?」
いきなりの本題の切り込みに、
「ご名答。ただ―――
これはあくまでも新生『アノーミア』連邦の
総意、意図ではないと知ってもらいたいから、
伝えに来た。
まあ言い訳っつーか釈明っつーか」
「ごたくはいい。それで、何があった?」
イラつきながらジャンさんが先を促すと、
「誘拐事件が起きます。
いえ、すでに―――誘拐された、と言った方が
正しいでしょう。
被害者はラミア族の女性。
犯人は、その……司祭です」
フーバーさんの言葉に、一同が顔を歪める。
「貴族じゃなく、よりにもよって聖職者かよ」
「リープラス派の司祭です。
もともとあの宗派は、亜人や人間以外への
蔑視が酷いのですが―――
ただ今回は、とある貴族がラミア族の少女に
ご執心らしく、恐らくはそのご機嫌取りのために
誘拐したと考えられます」
副隊長の説明に事情は理解してきたが、
「もう誘拐され、公都から逃げたんでしょうか。
ワイバーンもドラゴンもいるのに―――」
こちらには航空戦力がいるのだ。
逃げ切る事など出来ないと、子供でもわかると
思うのだが。
「まだ逃げちゃいない。
結婚式からもう一週間ほど経つが、そろそろ
本国へ帰る馬車が続々と出ている。
それに紛れて連れ出すつもりだろう」
それを聞いてレイド君が口を開く。
「今から調べ―――
るのはちょっと無理ッスね。
外国の貴族様や聖職者相手になると」
「そうなんだよねぇ。
相手はわかっているんだが、下手すりゃ
国際問題になるワケ。
とゆー事で何とかならないですかねー、
『万能冒険者』さん?」
そこで室内の注目が、私へと集まった。
「よし、急げ!
もう公都からは2時間以上離れたが、
速度を落とすんじゃあない!」
時刻にして午後8時くらいの頃―――
馬車の中で、縦よりも横に長くなった球形のような
体形を揺らし、男が御者に向かって命令する。
「このぉ~……!
こんな事して、タダで済むと思っているの!?」
恐らく、魔法が仕掛けられているであろう魔導具で
拘束された、半人半蛇の少女がにらみつける。
「フン! 貴様が最初からワシの言う事を聞いて
おれば良かったのだ!
貴様はロッテン伯爵様への献上品だからな。
手荒な真似はせん。
だが、それまではたっぷりと楽しませて
もらうぞ……!
いずれアーロンも取り返してくれるわ」
誘拐されたラミア族とはエイミの事で―――
さらったのはズヌク司祭であった。
(61話 はじめての しゅうきょう参照)
「あの子まで!? 正気!?
それにあんた、ロッテン伯爵様はアタシの」
エイミの言葉が終わる前に、馬車が急減速し、
ズヌクはそのまま壁に体を打ち付けた。
「このバカ者が!!
どうしたのだ!?」
司祭が怒鳴ると、御者から声が返って来て
「も、申し訳ありません!
ですが、前方に人が……」
「人だと?
まさか野盗か盗賊か!?」
「い、いえ、それが……
中年の男性が1人と、若い女性が2人」
相手が3人、しかも2人は女性と聞いて、ズヌクは
武装兵に目配せすると、馬車を降りた。
「げっ! き、貴様らは」
馬車の前に立ちふさがっていたのは―――
かつてラミア族の住処の湖、その近くの村で
因縁のあった3人であった。
「まさかこうまでシンの予想通りとはねー」
「レイドに範囲索敵をさせ―――
最初は他の馬車と共に動くであろうが……
後ろ暗い者の事、いずれ離れて単独行動を
取るから、その確認後、先回りをする、か。
我が夫ながら見事なものじゃ」
メルとアルテリーゼが達観したように話す。
私もこうまで思い通りの行動を取ってくれるとは
予想していなかった。
ちなみにレイド君はミリアさんと共に、
ワイバーンで上空待機してもらっている。
「またあなたですか。
しかし仮にも聖職者―――
その上、めでたい結婚式でこんな騒ぎを
起こすなんて、どう考えてもやり過ぎですよ」
私の正論に、護衛であろう武装兵も一歩下がる。
「その声はシンさんですか!?
気をつけてください!
そいつ、ヘンな道具を使います!!
アタシもそれで―――」
馬車の中からエイミさんの声が聞こえた。
これで確定だ。
しかし彼女の言っている事はいったい?
私がその意味を推測していると、
「遅いわ!!」
「! メル、アルテリーゼ、離れろ!!」
彼が何かこちらへ向けるのと同時に―――
私の指示で、妻2人は左右へ散る。
私への攻撃は、魔法前提であるこの世界では
有効な物はほとんどないと言っていい。
なので、物理攻撃と見られない時は、自分に構わず
避けるようにと予め決めていたのだが……
「……?」
私は自分の手を見るが、これといった異常は
見られない。
「チッ、貴様だけか。
まあいい、あの忌々しいドラゴンもいる事だし、
夫を捕らえておけば人質になるだろう。
オイ! あいつを捕まえろ!!」
じりじりと近付いてくる兵を前に、私は手を
前に向けて、
「あの、今何をしたんですか?」
するとズヌク司祭は、魔導具らしき物を
見せびらかすようにして、
「ククク、これはな……
相手の魔力を一時的に無効化させる物だ!
使えるのは1回限りだが―――
1個につき金貨500枚はする魔導具を使って
やったのだ!
貴様にはもったいないくらいだろう?」
へえ、そんな物があるのかと感心するが、
「で、それを使うとどうなるんです?」
「そんな事もわからんのか!
一気に魔力が無効化されれば、全身の力が抜ける
ようなもの。
戦う事はおろか、立っている事すら―――」
そこでようやく、彼は目の前の現実を認識する。
「立って……ますよね?」
「待ってください。
そういえば今、ドラゴンの夫って……?」
武装兵たちが、戸惑いながら今まで進めてきた
足を止める。
「こ、これは魔導具の故障だ!
『魔封じ』の魔導具はまだある!
くらえい!!」
「あ、はい」
反射的にズヌク司祭へ返事をしてしまうが、
別に何が起こるわけでもなく。
そこで彼はまた魔導具を取り出し、
「ま、また故障か!?
これはどうだ!?」
「いえ、別に何も」
「これはどうだ!?」
「と言われましても」
そもそも私に魔力など無いのだから、
無効化されたところで意味は無い。
まだ投げた方が効果があるんじゃないかと
思ってしまう。
そしてもう7、8個は使っただろうかという
ところで―――
メルやアルテリーゼもいるし、念のため私は
小声でつぶやく。
―――魔力を無効化させる魔導具なんて、
・・・・・
あり得ない、と。
「は、はひ……」
効果の無かった高価な魔導具を前にして、
彼は地面に両手を付けていたが、
「取り敢えず、一度公都に戻ってもらいますよ。
一応、穏便に済ませるつもりですので。
それともまだ抵抗しますか?」
すでにこの時―――
私の両隣りには、メル、そしてドラゴンの姿に
戻ったアルテリーゼもいて……
青ざめるズヌク司祭は両手を上げて降伏を示し、
武装兵もまた、首をブンブンと左右に振った。