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「ズヌク司祭、どういう事でしょうかな?」
公都『ヤマト』にある上流階級向けの宿屋街……
そこの施設、その内の一室で―――
60代半ばと思われる、ロマンスグレーの髪をした
老紳士が、球体と思われる体形の男を鋭い眼光で
貫いていた。
「こ、これは違うのですロッテン伯爵様!
わし―――
私はあくまでも、伯爵様のために……!」
エイミさんを救出後……
馬車と共に公都まで戻り、道中こちらも事情を
ある程度聞いたのだが―――
「彼女を誘拐しておいて、何が『違う』と?」
彼の視線の先には、ラミア族のエイミさんが、
そして両親のニーフォウル夫妻が―――
そして緊急事態のために待機していたギルド長、
捜索に加わったレイド君とミリアさんが、
私と妻2人と共に、ズヌク司祭を取り囲んでいた。
「い、いや私はそんな事とは知らずに……
そ、そうです!
私はあくまでも彼女を救おうとしただけ
なのです!」
「私の孫娘から引き離しておいて、か?」
伯爵はイスから立ち上がると、持っていた杖を
トン! と軽く床に先端を打ち付ける。
そう―――
実はエイミさんの母親は、ロッテン伯爵様の
娘の子供、つまり孫であり、
その娘のエイミさん(ラミア族)は、彼に取っては
ひ孫にあたる人物だったのである。
「25年前に行方不明になった娘夫婦一家……
我が娘、ライナ……
よもや、他国の祝辞というめでたい日に、その
忘れ形見が生きていて再会出来ようとは。
しかもひ孫まで……
これも普段から信心していた、創世神様の
お導きと感謝を捧げておったのに、貴様という
者は……!」
人前だからか、それとも貴族という身分だからか
さほど感情を表にしないが―――
それが返って怒りの度合いを伝えてくる。
「で、ですから!
それならばなぜ、彼らはすぐにエイミ様を
お戻しにならなかったのですか!
娘夫婦ご一家は、魔物に襲われていたと
言っておりますが―――
それだって怪しいものですぞ!
もしかしたら、襲ったのはこのラミア族かも」
すると、ニーフォウルさんの隣りにいた妻、
つまりロッテン伯爵様の孫娘にあたる人が
つかつかと司祭の前まで歩み寄ると、
「助けてくれた夫のお義父様を始め、
最初は私を人間族の元まで返すって
言ってくれていたんです!
私は夫と結婚したかったからそれを
拒否しただけ!
私の意思でラミア族の元に残ったんです!!」
怒鳴りつけるエイミさんのお母さんのあまりの
剣幕に、夫が口を開き、
「い、いや母さん。娘の前でそんなに」
「あなた、今だけは黙ってて!!」
彼女は一喝して夫を黙らせる。
何か見てはいけない力関係を目撃してしまった
気もするが。
「だ、騙されてはなりませんぞ!
彼女はきっとラミア族に強制されて―――」
司祭が必死に言い訳のように言葉を続けるが、
それを聞いた周囲は微妙な表情になる。
「それに、私だって何も考えていなかった
わけじゃありません。
娘の名前は知っているわよね?
あなたが奴隷になれってご執心だったんだから。
何で娘に私と同じ名前を付けたと思っているの?
いつか誰かが調査しに来た時に、名前に気付いて
もらえればと思って付けたの!」
そう―――
実はエイミさんの名前は、母親と同じであった。
ラミア族の元に残る決意はしたものの、自分を
探しに来る人達がいるかも知れないと考えて、
『エイミ』の名を娘にも名乗らせたのである。
しかし、その名を知った人間が最悪のケース
だっただけで。
「……ズヌク司祭。
『エイミ』という名前は―――
いつから知っていたのだ?」
もはや何らかのオーラが背後に見えるほど、
言うまでもなく怒りを抑えているのがわかる
ロッテン伯爵様が質問を向ける。
「いや、ええと……
いつくらいかは、その。つい最近……?」
しどろもどろになるズヌク司祭を前に、
「少なくとも5年くらい前からじゃないかしら。
娘に目を付けたバカがいると知って……
私が近くの村との交渉の大半を引き受けたん
だしね。
この司祭とは私もよく口喧嘩してましたわ」
エイミ母の説明を聞いて、祖父にあたる人物は
大きくため息をつき、
「もういい。
ズヌク司祭、明日にでも本国・ポルガへ戻れ。
他国の王家の結婚式の最中に誘拐事件を
起こした事、また私の身内に手を出した事は
追って沙汰する。
『リープラス派』への献金も再検討する、と
教会へ伝えよ」
「そ、そんな……
は、はい……!」
そう言うと彼は、その球体のような体を文字通り
転がすようにして、部屋を出ていった。
「本国の者が迷惑をかけてすまなかった。
今日はもう深夜でもあるし、後日改めて
今後の謝罪や賠償などを話し合いたいが……
それでいいだろうか」
深々と頭を下げるロッテン伯爵様に、まず
ジャンさんが
「こちらとしても、ウィンベル王家代理の
ライオネル様から、なるべく穏便に
済ませるよう委託されています。
夜分遅く、失礼いたしました」
「失礼します」
「では、これで―――」
次いで、レイド君とミリアさんも頭を下げ、
私とメル、アルテリーゼも続き……
伯爵様とその『身内』を残して、高級宿を
後にした。
そして翌日の昼前……
私は再び、ロッテン伯爵様の宿泊する
高級宿へと来ていた。
なぜかライオネル様から全権委任されて―――
正確には本件に関して、ギルド長が受けていた
役割をそのまま、スライドさせられただけだが。
話し合うメンバーは私とメル・アルテリーゼ、
ラッチも同行。またパック夫妻も同席し、
あちらは伯爵様とニーフォウルさん、
母エイミさん、娘エイミさん―――
そしてもう一人参加する事になった。
「では改めまして……
ポルガ国伯爵、ディアス・ロッテンです」
「冒険者ギルド所属、シルバークラス、シンです。
今回の件につきましては、私の方に一任される
事になりましたが、よろしくお願いします」
私の後に、黒髪ミドルとロングの女性2人が続く。
「同じくシルバークラス、メルです」
「同じくアルテリーゼじゃ。
2人ともシンの妻であるゆえ、よしなに」
「ピュ!」
ラッチも力強く返事をすると、老齢の伯爵は
目を細め、
「おお、孫娘に聞いていたドラゴン様の
子供ですな。
元気で可愛いですのう。
それで、そちらのご夫妻は―――」
パック夫妻の方に視線が行き、
「パックと申します。
この公都で薬師を務めております」
「妻のシャンタルです。
アルテリーゼと同じくドラゴンですが、
よろしくお願いします」
銀髪と、さらに白い長髪を夫婦そろって
合わせるようにして2人は一礼する。
「薬師の方ですか。
それが何か、今回の問題に関わりが―――」
その疑問に、夫妻は娘エイミが抱きしめている
少年に視線を移動させる。
「実は……」
そこで、アーロン君についての説明を行った。
「―――なるほど。
ズヌク司祭が村へ来た時に同行していたが……
虐待を受けている可能性があったので、彼を
保護したと。
我が国の恥部を晒したようで、
重ね重ね、申し訳ありません」
怒りとも呆れとも取れない声で、彼は謝罪する。
しかし、あっさり信用されて拍子抜けしてしまう。
こちらは初対面でもあるし、何より―――
『リープラス派』に献金していたという事は、
亜人に対する意識も違うと思っていたが。
私の表情から何かを察したのか老人は苦笑して、
「私も無駄に長生きしてきたわけではない。
確かに、我が国は亜人や人間以外に対して
差別意識は少なからずあると思うが……
孫娘の恩人、そしてひ孫に対するアーロン君の
姿を見れば―――
どちらが正しいかくらいはわかるつもりだ」
身内びいきとも思ったが、さすがにそこは
年の功か。
「では、今回の件についてですが……
せっかくの祝い事ですし、ウィンベル王家は
公になるのを望んではおりません。
『結婚式は何事もなく終わった』―――
これが望みです」
「ううむ、しかし……
これ以上無い配慮に感謝したいが、こちらの
気が済まない。
特に、あのズヌク司祭に対しては何らかの
責任を取らせねば」
私はポリポリと頭をかくと、
「そこはそちらの裁量にお任せします、
と言いたいところですが―――
2、3要望がありますが、構いませんか?」
「何でしょう」
素直に聞き入れる構えの伯爵様に私は、
「まず、『リープラス派』への献金ですが、
全額無くす事は関係を無くす事であり、
同時に敵対される恐れも出てきます。
なので、それはオススメしません」
「いや、しかし―――」
不満そうにするロッテン伯爵様に、孫娘と
さらにその娘が
「おじい様、この方はドラゴン様の夫であり、
ラミア族の子供たちの保護を提案してくださった
方でもあります」
「シンさんは―――
決して悪いようにはしないと思いますよ」
すると彼はいったん天井に目をやって、
「そういえばシン殿は……
噂の『万能冒険者』であったな。
それに、平民でありながらウィンベル王家から
今回の件を全面的に任されている御仁でもある」
時々出て来る『万能冒険者』という単語に
戸惑いながらも、私は話を続け、
「献金を、半額もしくは1/3ほどに
してください。
その上でズヌク司祭の処分を―――
『リープラス派』に任せるのです。
重要なのは相手の希望を奪わない事です。
『もしかしたら献金額が戻るかも』
『関係修復が望めるかも』
と相手に思わせる事が出来ればいいのです」
「なるほど……
確かに、冷静になって考えれば相手は
曲がりなりにも国教の宗教組織、
極端な対応は面倒な事になる可能性もある。
わざわざ正面切って、敵に回す必要は無いと
いう事か」
見渡すと周囲も、ウンウンとうなずいている。
「では、今回の件はこれでお互いに不問にすると
いう事で……
他に何かございますか?」
「他ですか……
個人的にではありますが」
その言葉に伯爵様は、ニーフォウル夫妻と
娘エイミ、アーロン君の方を向いて、
「孫娘夫婦、そしてひ孫……
出来ればアーロン君もですが、一度
実家に来て欲しいのです。
我が妻にも、一目エイミを見せて
やりたくて」
「あれ? 今回奥様は……」
「実は来る予定だったのですが、病で
倒れてしまって―――
命に関わるようなものではないのですが、
高齢だし、長時間の移動には耐えられないと
見送りました」
それはこちらが断る理由も拒む理由もないけど……
でもその話はまだエイミさんたちにしていないの
だろうか?
と思っているとニーフォウルさんが口を開き、
「私も、何とか妻を身内に会わせてやりたいと
思うのですが……
ラミア族の長として、長期間住処を離れる
わけにはいかないのです」
「一度戻って、みんなと相談した上で行きたいの
ですが―――
娘が誘拐されかけた事を知られたら……」
あー……
そりゃすんなりと賛成出来ないよね……
全員が微妙な顔になり、どうしたのものかと
思っていると、
「奥様がご病気なんですよね?
それでしたら、シャンタルの『病院箱』で
診療のために移動すれば……
伯爵様の家まではどのくらいかかるんですか?」
シャンタルさんの『病院箱』とは―――
アルテリーゼの『乗客箱』が、多くの荷物と
多人数を運ぶのに特化したものとすれば、
簡易的な診療機能を持った、移動病院とも
呼ぶべきものであった。
「え? ええ、あの……ここからであれば、
高速馬車で南へ10日ほどかと」
伯爵が答えるとメルとアルテリーゼが、
「運ぶ人員はそんなにいないんだから―――
大丈夫じゃない?」
「それなりの速度で飛べば、1日か2日じゃのう」
「飛ぶ? 1日?
あの、まさかワイバーンで……」
さすがに老体があの翼竜に乗るのは無理だろう。
心配するのはわかるけど。
「部屋のような箱で、飛行する手段が
あるんです。
もっとも、それを運ぶのはドラゴンですが」
「そうと決まればさっそく準備してきます。
そちらもご用意を」
と、パック夫妻が退室すると―――
ポカンと口を開けたままのロッテン伯爵様に、
「お、おじい様。
私も乗った事がありますから大丈夫ですよ」
「すごく速いんですよ、アレ!
どんな場所でもひとっ飛びです!!」
と、孫娘とひ孫に言い寄られ―――
私はその光景を苦笑しながら眺めていた。
「ふぅ、これで一段落かな」
宿屋『クラン』で遅めの昼食を家族と取り、
ようやく落ち着く。
シャンタルさんの『病院箱』はすでに
ポルガ国へ向けて出立し―――
ロッテン伯爵様の乗ってきた馬車は当然ながら、
後から陸路を追う形になるとの事だった。
「ホント疲れたねー。
眠たい……」
「シン、今後の予定はどうなっておる?」
「ピュ?」
家族の問いに私は飲み物をあおってから、
「取り敢えずギルド支部へ行って―――
事の顛末を報告しないと。
まあこれは一人で出来るだろうから、
みんなは先に家に戻って休んでくれ」
そこで私は家族と別れ―――
一人ギルド支部へと向かう事になった。
「……これでよし、と。
ライオネル様には俺から伝えておく。
ご苦労だった」
支部長室でジャンさんに一通り報告し、それを
彼が書き留め―――
最後にサインをして事務処理を終わらせる。
「そういえば、レイド君とミリアさんの姿が
見えませんが……」
「一足先に、王家専用施設に報告に行っている。
ひとまず誘拐事件は解決したとな。
後始末の方は―――
後で俺が出向くとするよ」
白髪交じりの頭を一度かいて、また書類に目を
通した後、彼はそれを机にしまった。
「さっすが、『万能冒険者』サマだ。
よくこうまで丸く収めてくれたモンだ」
「隊長!」
パチパチと手を叩く赤い短髪の男を、筋肉質の
年上の部下がたしなめる。
「お前らのためじゃねぇよ、と言いたい
ところだが―――
何だその『万能冒険者』ってのは」
「それ、ロッテン伯爵様にも言われたんですよ。
どういう意味なんですか?」
ギルド組がアラウェンに問い質す。
すると彼はおどけるように両手を広げて見せて、
「そりゃあねえ。
トイレや公衆浴場、各種施設を改善し、
新しい料理を次々と作り―――
一方でジャイアント・ボーアを素手で倒し、
ドラゴンを妻とする。
その上で亜人・魔物問わず子供を保護して
面倒を見る……
ピッタリの呼び名じゃあございませんか」
それを見てフーバーさんは複雑そうな表情を
浮かべ―――
ギルド長が返答する。
「だいたい合ってる」
「ちょっ!?
第一、私一人で全部やっているわけじゃ
ありませんからね!?
他の人にも協力してもらっていますし、
実験や研究だって人任せの事は多いですし」
「またまたぁ~、謙遜も度を過ぎれば
嫌味ッスよ?」
からかうように切り返してくるアラウェンさんを、
フーバーさんがにらむ。
「ああでも、感謝はしてますよ。
これホント。
特にあの司祭がやらかしてくれたおかげで―――
いい具合に言い訳の材料が溜まったんで。
いやー上への報告がこんなに楽しみな事は
今までなかったわー♪」
「隊長、いい加減にしてください!
で、では我々はこれで……」
副隊長が隊長の首根っこをつかんで、一礼して
扉の方へと向かう。
そこでジャンさんが頭だけ振り返り、
「……まあ、ほどほどにしておけや。
シンは良くても―――
あんまり周りでウロチョロされると、
ドラゴンやワイバーンが目障りだと思うかも
知れんぞ?」
「うへ、そりゃカンベン。
それじゃ失礼しまーす♪」
2人は退室し、後にはアラフォーと
アラフィフの男が残され……
「堅苦しいのも疲れますけど……
ああいう人もちょっと苦手ですね」
「今回は本当にスマンな。
お前さんも疲れていただろうに。
メルとアルテリーゼにもよろしく言って
おいてくれ」
お互いに老人がお茶をすするように飲み物を
口にして―――
少し休んだ後、私はギルド支部を後にした。
「はぁ~……」
同じ頃、高級宿へ向かうアラサーとアラフォーの
男の姿があった。
「どうしたんですか、アラウェン隊長。
人並みに疲れたような声を出して」
「何気に酷くね?
いやもーホント疲れたんだってば。
今すぐにでも逃げ出したいくらい、な」
白髪交じりの筋肉質の男は、上司である彼の
言う事に首を傾げる。
「あのジャンドゥという男は―――
かなりの強さだとは思いますが。
そんなに怖かったのですか?」
「逆だよ、フーバー。
俺が脅威を感じたのは、あの『万能冒険者』の
方だ」
フー、と彼は大仰にため息をつくと、
「あの魔力をほとんどと言っていいくらい
感じなかった、シンという男をですか?
それに、その『万能冒険者』とやらの話を、
彼は否定していたではありませんか」
部下の答えに、隊長は即座に口を開く。
「してねーよ。
よく思い出してみろ。
『私一人でやったわけじゃない』
『協力してもらっている』
『実験や研究は人任せ』
つまり、戦闘能力は妻にしているドラゴンに
匹敵するかそれ以上―――
そして施設や料理を考え付いた事についても、
普通に認めているだろ」
「…………」
隊長の言葉にフーバーはしばらく黙っていたが、
「隊長の記憶魔法は知っておりますが、
そこまで分析していたのですか。
本当にアラウェン隊長は―――
優秀なのかどうか時々わからなくなる
人ですよね」
「だから酷くね!?」
こうして彼らはそのまま―――
自分たちの宿泊施設へと歩いていった。
「お、おお、シン殿……
よく来てくださった……」
片眼鏡、八の字のヒゲと……
ドーン伯爵様その人には違いないが、今にも
死にそうな感じであいさつしてきた。
ギルド長に報告した翌日、ようやくこの領地の
伯爵様に一家であいさつに行ったのだが―――
見る影もなくやつれている。
「ええと……大丈夫ですか?」
「ハハハ、いや何……
王国は元より、各国の貴族や豪商から相談を
受けてね。
『ぜひとも、今回と同じくらい豪華な結婚式を
頼みたい』と―――
記録を取るだけでも大変だったよ」
ウンまあわかってましたゴメンナサイ。
知ってて会うのを遅らせていました。
「まあ無理も無いよねー」
「だが、これでドーン伯爵家も王家と縁続きに
なったのじゃし……って、その肝心の二人は
どこへ行ったのじゃ?」
「ピューウ?」
そういえばクロート様とファム様の姿が
見えないな。
室内を見渡すと、後ろに10代後半くらいの
男女が立っているが―――
「クロートはフィレーシアと一緒に
レオニード侯爵家へ……
ファムは王家専用施設へ行っておる。
レイラは―――
マリサと一緒に料理教室へ行くと言って
おったな」
「アリス様にはお会いしましたけど、
ギリアス様は?」
そこで伯爵様は長イスに深く腰掛け、
「ギリアスなら領地の屋敷におる。
現当主と跡継ぎ、どちらも不在にする事は
出来なかったのでな」
そして私がちらちらと後方を見ている事に
気付いたのか、後ろへ振り返り、
「ザース、ユーミ。
この方がワシがいつも言っていた冒険者、
シン殿だ!
こちらへ来てあいさつしなさい」
焦げ茶のようなブラウンのロングヘアーをした
少女は、フン、と鼻をならし―――
もう一人、気弱そうな……
耳を隠したいわゆるダブルレイヤー風の髪型をした
少年を引っ張ってこちらへやってくる。
「今さら父親面かよ。
最近になって丸くなったようだけどさ。
ワタシはあんたがザースにやった仕打ち、
忘れてねーからな」
「ユ、ユーミ姉さん!」
一緒にいる少年が、彼女をたしなめる。
何というか、別の意味でクロート様とファム様の
関係を思い出させるが……
「だ、だから……
こうして謝罪も兼ねて、お前たちを
シン殿に―――」
しどろもどろになる伯爵様に、何とか助け船を
出そうと私は手を上げる。
「お、お二人はよく似ておりますけど……
もしかして双子なんでしょうか」
「……ああ、そうだよ。
ワタシはコイツの次女ユーミ。
隣りにいるのは次男ザースだ」
一応受け答えてしてくれ、それから私の顔を
じっと見る。
「な、何でしょうか?」
「人伝に聞いてはいたけど―――
確かにご立派な人物のようだねえ。
強力・強大な力を持ちながら、それでいて
威張る事も傲慢になる事もなく礼儀正しい。
……どこかのオヤジとは大違いだ」
身を縮めるようにするドーン伯爵を前に、
私はあわあわとどうフォローしたものか
思案する。
「まーまー、落ち着いてくださいユーミ様」
「そんなにケンカ腰では、話もままならぬぞ」
そこで妻2人は申し合わせたかのように、ラッチを
ユーミ様の方へ差し出す。
「えっ!?
あ……ええと、あ、ウン。
わかった、大人しくしてる」
ラッチを受け取ると彼女は抱きしめるようにして
撫で始めた。
動物の子供の威力は効果抜群だ。
そして改めて席に着き、話し合いが始まった。
「ザース様を鍛えて欲しい、ですか?」
「鍛えて欲しいというか……
ザースはワシの血を濃く受け継いでしまった
ようでな。
この息子の持つ弱い魔力・魔法でも―――
シン殿なら生かしてくれる方法を見つけて
くれると思ったのだ」
メルとアルテリーゼは、ふとユーミ様の方を
向いて、
「えっと、ユーミ様は?」
「こちらはいいのかの?」
妻2人の質問に彼女は、
「ワタシはまだマシな方さ。
これでも特殊系の魔法持ちでね。
前借りって言うんだが、
10日くらい、飲まず食わず、寝る事もなく
動き続けられるんだ。
もっとも、その後は倍の期間くらい動けなく
なるけどね。
戦闘は不向きだけど、見張りとか警備とか、
長時間動かし続けなければならない作業とか、
結構仕事はあるんだ」
なるほど。つまり彼女の方の心配は無いと。
「ザース様の魔法は―――
どのような物なのでしょうか」
すると、ドーン伯爵は人差し指と親指を
輪っかを作るようにして……
その先端をわずかに離す。
「これです」
するとその隙間に―――
バチッ、と火花が散った。
それを見ながらザース様が口を開き、
「ごく微弱な雷魔法です。
魔物どころか、ネズミ一匹倒す事すら
時間を要するでしょう」
雷魔法ならパックさんに見せてもらった事がある。
ある実験をするために―――
もっとも、今はシャンタルさんと結婚して超強化
されたのと、『それ』を使うくらいなら直接浄化
した方が早いとの理由で中断したのだが。
「フム……
両手でそれは出来ますか?
また、長時間持続する事は可能でしょうか」
私の問いに、父子はコクコクとうなずく。
「だとすると、これは―――
今後、非常に重要で画期的なものが
作れるかもしれません」
「ホントかい!?」
私の言葉にユーミ様が声を上げ、そして
室内の全員の視線が集まった。
―――3日後。
私はメルとアルテリーゼと共に、新規開拓地区の
西側、さらにその南にある魚の養殖施設にいた。
結婚式に来た各国の来賓は大半は帰ったが……
食料の減少は激しく、通常の水路に残っていた
川魚を片っ端から巨大化させていたのである。
大怪獣ナマズやフライングモンスターウナギは、
パック夫妻がまだポルガ国から戻って来ていない
という事もあり―――
なるべくリスクの少ないものを巨大化させる、
という意図でいたのだが……
「シ、シンさん、大変です!!
一人、池に落っこちてしまいました!」
「えっ!?」
血相を変えて駆け込んできたブロンズクラスの
一人によると―――
最初は私や妻たちが目視確認して安全を確かめて
から、水揚げする手順にも関わらず、
新人の一人が不用意に池をのぞき込んでしまい、
巨大化した川魚のシッポの一撃をもらって、
そのまま水の中へ落下してしまったらしい。
「メル! アルテリーゼ!」
「りょー!」
「わかっておる!」
私たちは慌てて、魚を巨大化させる養殖池へと
駆け足で向かった。
「何だこりゃ!?」
そこで私たちが見たのは、通常通り1メートルを
少し過ぎる程度に巨大化した魚と……
その中で、3、4メートルにはなろうかという
巨大な身をのたうつ姿があった。
しかし―――
これは異常だ。
確かに、淡水魚でも7メートルに成長する
種類はいる。
しかしそれは、いわゆる古代魚やエイ、そして
ナマズなど……
目前の巨大化した魚は、横に細長く―――
アユやウグイ、オイカワ、もしくイワナ、
イトウに近い外見で、その体型の魚が成長
するのは、せいぜい3メートルほど。
「この種類の魚がこれだけ巨大化するなど―――
・・・・・
あり得ない」
私のつぶやきが終わると共に、重力の洗礼を受け、
一際大きな水しぶきが上がる。
「メル! 池に落ちた人を引き上げてくれ!
アルテリーゼは支援して!」
私の指示に、妻たちが救助作業を行い―――
何とか落ちたという、20代半ばの青年を
救出したが、
「うわ、結構切り傷が酷いね」
「命に別状は無いようだがのう」
落ちた時に、巨大魚の背びれや尾びれで
叩かれたのか、彼の体には無数の傷があった。
「私たちは彼をパックさんの病院へ搬送するから、
残りは水揚げ・解体作業に入ってくれ」
「わ、わかりました」
そして私たち一家は―――
パックさんの屋敷へと急いだ。
「急患です! お願いします!」
「えっ?
シ、シンさん、どうしました?」
パックさんの自宅兼研究施設兼病院には―――
ザース様とドーン伯爵様、そしてユーミ様がいた。
「ケガ人です!
患者は20代の男性、巨大魚による切り傷。
骨折等は無いようですが……
さっそく、作った物を使ってください!」
「は、はい!」
そしてパックさんの医療スタッフにより―――
私たちの手から患者は離れ、テキパキと治療室へと
運ばれていった。
「あの、本当にあれを使ってもいいんでしょうか。
薬師が戻るまでの延命策とは思いますが」
ザース様が申し訳なさそうに聞いてくる。
次いでユーミ様が、
「原料はただの塩水だろ?
本当に効果が?」
「確かに、妙な物質へと変わった感じは
あったのだが……」
ドーン伯爵様も半信半疑のようだ。
だが―――
「言い方は悪いですが……
あの患者が治れば証明出来ます。
それにあれは、以前パックさんで実証済み
なんですよ」
ザース様、伯爵様に作ってもらったのは……
いわゆる塩素水というものだ。
塩水を入れた容器の陽極と陰極の間を仕切り、
そこに電気を流す。
彼らに金属の棒を持ってもらって―――
それを水中に入れて電気を発生させ、電気分解を
行ったのである。
確か透明な方が塩素水となり……
塩素ガスの発生に注意しながら、次々とそれを
量産してもらった。
「ここには、アオパラの実もあると聞いて
おりますが―――
それで洗うのとは違うのですか?」
「疑り深いねー」
「確かに水と塩しか使っていないし、
気持ちはわかるがの」
ザース様の質問に、妻二人が呆れ気味に
答えるが、それを手で制して
「アオパラの実は、確かに清潔になりますが、
汚れを落とすだけで……
そのものに、毒を消す効果はありません。
ドーン伯爵様、ザース様が作りましたのは、
浄化魔法に等しいもの―――
もし効果が認められれば……!」
ゴクリ、と全員が注目し、私は次の言葉を発する。
「生卵が、どこでも食べられるように
なります!!」
それを聞いた妻2人と伯爵家の方々が―――
ガクっと力が抜けたように体勢を崩した。