テラーノベル
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大学からの帰り道、すちはすっかり日が傾いた空を見上げて小さく息をついた。
課題にレポート、講義。
慣れてきたとはいえ、やっぱり毎日は慌ただしい。
だけどすちには、小さな楽しみがひとつできていた。
「ただいま、みこちゃん」
玄関を開けると、すぐに小さな影がぴょこんと顔を出す。
まだ体の小さな黄金色の子猫が、とことこ近づいてきて、すちの足元に頭をすり寄せた。
弱って震えていたあの日が嘘みたいに、いまはちゃんと自分の足で歩く。
「……みゃぁ」
すちが靴を脱ぐ前から、必死に呼ぶみたいに鳴く。
背中を撫でると、小さな喉が幸せそうに鳴った。
それは少し前のこと。
大学からの帰り道、雨上がりの公園の片隅。
濡れたダンボールの中で、まだほんの赤ちゃんみたいな猫が震えていた。
最初は胸がぎゅっと締めつけられた。
助けたいけど、自分にできるだろうか。
責任なんて、ちゃんと取れるだろうか。
けれど――
その子は弱々しくすちの指を舐めて、すぐに顔をこすりつけてきた。
それを見た瞬間、迷いは消えていた。
「……大丈夫。俺が守るよ」
病院へ連れていき、ミルクをあげ、夜は何度も起きて様子を見た。
手のひらほどだった体は、少しずつふっくらしてきて。
ようやく「子猫らしい子猫」になってきたところだ。
名前はみこと。
水を飲みに少し離れるだけで、トイレに行くだけで、すぐに「どこ行くの?」と言わんばかりに不安そうに、寂しそうに鳴く。
最初は心配で胸が痛んだ。
でもいまは、その必死さが愛おしくて仕方ない。
「ほら、ちゃんとここにいるよ。えらいね、待っててくれて」
抱き上げると、みことは安心したように小さな前足を服にひっかける。
喉を鳴らしながら、胸元に顔を埋める。
そんな姿が可愛くて、たまらなくなった。
「……ねぇ、みこちゃん」
すちはみことを膝に乗せながら、小さく呟く。
「元気になってくれてありがとうね。生きててくれて、ありがとう」
言葉は通じないかもしれない。
でも、みことはまっすぐすちを見つめ、やわらかく瞬きをひとつした。
それだけで、胸が温かくなる。
今日も、きっと明日も。
そしてしばらくは、慌ただしくて、優しくて、少しだけ騒がしい毎日が続いていく。
――けれどそれはきっと、とても幸せな毎日だ。
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