テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
1. 一言だけでも
日付が変わる10分ほど前。
お風呂から上がって、すぐにリビングのテーブルに置いてあったスマホに目をやる。
今まさに着信があったことを知らせるように、画面が光っていたから手に取る。
『誕生日おめでとう。言うのが遅れちゃってごめんね』
送り主は、藤澤涼架。
シンプルにわかりやすい文章で、簡潔に。
いつもは一番にお祝いのメッセージをくれる彼からの、ほぼ24時間遅れでのメッセージ。
思わず、口元が緩んだ。
やっと来た。そんな気持ちで。
送信された時間は1分前。
『滑り込みセーフだよ』
と返信した。
髪の毛を拭くためにスマホを置こうとして、はたと気づく。
なんだか、素っ気ない返事になった気がして。
むしろ、なんでこんな遅いの?っていう感じが滲んだ、拗ねたような文面になったような気がして。
いやいや。
断じて、お祝いメッセージを待っていたわけじゃない。
誕生日の今日、俺は若井と二人でスタジオで打ち合わせをしていて、涼ちゃんは地方ロケに行ってて。
おめでとうが飛び交っていて、小さなケーキも出されて、若井からもささやかなプレゼントをもらって。
始終和やかな雰囲気で盛り上がって、この場に涼ちゃんがいないってことだけがずっと心の奥に引っ掛かっていて、何度もスマホをちらちらと確認はしていたけれど何の通知も来ることはなくて。
あのね?断じて、これは強調して言いたいけど、断じて待ってたつもりじゃない。
こういうイベントごとには率先して乗っかってくる涼ちゃんがメッセージをくれないってことが気になってただけだから。それだけだから。
ありがとう、と文字を打とうとしたところで
『遅くなっちゃってごめんね』
『一言だけでも伝えておかなきゃと思って』
立て続けに返事が来る。
あー、あれー?
なんか、この文章の感じ。
今日は地方ロケでスケジュールが詰まってて、本当に忙しかったんだろうと思うし、合間にメールくらい打てただろ、と思いはするけど。
涼ちゃんのことだから、想像がつく。
メールは素っ気ない感じがして、せめて電話で伝えたかった。
でも電話をするってなると、少し時間がいると思ってタイミングを見てるうちにできなかった。
本当は直接言いたい、っていうのが本心かな。
結構ゆるゆるしててルーズなイメージを持たれがちだけれど、そういうところの、直接伝えることの意味を大切にしてる涼ちゃんだから、想像がつく。
涼ちゃんのことだから、もしかして…?
本能的に、ぴんと来て、肩にタオルをひっかけたままスマホを持って、リビングから玄関へ続く廊下へ出た。
玄関の扉の前に立ち
『あのさあ』
ひとこと返信する。
途端、スマホのメッセージ画面には即既読マークがついて、重たい玄関の向こう側からものすごく小さく、ピロンッと音がした。
玄関を解錠して扉を開くと、予想通り、涼ちゃんがいた。
ものすごく驚いた顔をしてるけど、いやいや、インターフォンも鳴らさず、人の家の前で立ち尽くしてスマホと睨めっこしてるの、相当な不審者だからね?
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!