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2. 花束に
「…なんで」
「いや、なんではこっちの台詞でしょ」
唖然として疑問を投げかけてくるけど、一言だけでも言いたい、というメッセージでピンときた。
会いに来てる気がする、って。
とりあえずあがって、と中に入ることを促せば、涼ちゃんはおずおずと玄関の中に足を踏み入れる。
何か話をするにしたって、時間も時間だし、廊下で話すのは非常識でしょ。
「今日もロケ先で泊りだって聞いてたけど」
「…そうなんだけどね、やっぱ直接言いたくて」
無理を言って帰ってきちゃった、あはは。と眉を下げて笑う。
夜までスケジュールがかっ詰まりロケで、泊って翌朝の新幹線で戻ってくる、ってなってたと思うけど。
…やだなあ、メンバーのスケジュールはしっかり把握してるだけだよ。ああ、直接会えるのは明後日の打ち合わせの時かあ、なんて思ってたわけじゃないよ。
で、そのロケを巻いて終わらせて、無理やり最終の新幹線に乗って戻ってきて、イマココ、ってことだ。
ほんと律儀だなあ、と思う。
29歳の誕生日なんて、子ども頃の1年に一回のワクワクしたイベントと、受け止め方も感じ方も全然違うんだよ?
それなのに、直接言いたいが為に仕事を巻いて、ここまで来て、でも夜中すぎてインターフォンが鳴らせなくて二の足を踏んで、そうこうしてるうちに、もうあと5分だよ。
なんだかおかしくて、口角が緩んでしまう。
そんな俺を一瞬、きょとん顔で見た後に、
「改めて、元貴、お誕生日おめでとう」
涼ちゃんが、優しく目を細めて、ふんわりと笑った。
言うと同時に、後ろ手に隠し持っていただろう、小さな花束を渡される。
いや、何か隠してるな、とは思ったけど、花束?
29歳男性の誕生日に、花束…?
俺の訝しんだ表情を見てか、涼ちゃんが眉を下げた笑顔になる。
「ロケ先で、お世話になったおばあちゃんが育ててたお庭の花」
だから、ちょっと…お店に売ってるような豪華な感じじゃないけど。
涼ちゃん自身の表情にも、いきなり花束を渡して困ってるだろうな、という感情が見て取れた。
別に、花が嫌いなわけじゃないし、キレイだと思うけれど、誕生日に花束を渡されたのは人生で初めてかもしれない。と思って。
むず痒い、なんだかくすぐったい気持ちになっただけ。
「ありがと」
呟いて受け取って、素朴でいいね。と色とりどりの早咲き秋桜の小さな花束に顔を寄せる。
ホッとした安堵の表情が涼ちゃんの顔に浮かんで、尊い人だ、と思う。
煌びやかで豪華で完成された売り物の花束とは、まったく違う、素朴な花束。
夏の影の撮影をした、あの田舎の田園風景を思い出すような、懐かしい感じ。
すきなこにあげるの!とぷくぷくの頬を赤く染めた童子が公園で一生懸命集めたみたいな、そんな。
「すぐにあげられるものがそれしかなくて」
「いいじゃん、涼ちゃんらしい」
申し訳なさそうに言われたのでそう返すと、慌てて手を振った。
「あ、ちゃんとプレゼントは用意してあるからね!」
ロケ先にはさすがに持って歩くのは気が引けて、と続ける。
涼ちゃんと話をしていると、ほんと、色んな事がどうでもよくなっちゃうから困る。
仕事モードの時の涼ちゃんはそうでもないけど、こういう、プライベートの時のいつもに増してほわほわが爆発した涼ちゃんから出るマイナスイオンは最強だと思う。
わざわざロケを巻いて、急いで帰ってきて、俺の家に来て、でもすぐにインターフォンを押せなくて。
即席のプレゼントは、小さな出来合いの秋桜の花束。
(…本当に、涼ちゃんは、俺が好きだよね)
もう一度、小さな花束に鼻先を埋めて、涼ちゃんからは見えないようにくすりと笑った。
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