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第四章:見えない亀裂(凪の視点)
「なあ、怜。これ、予備に買っておいたんだ」
昼休みの屋上で、俺はポケットから新しい「クジラのキーホルダー」を取り出した。
掲示板の写真が傷つけられていたのがどうしても気になって、怜が大切にしていたお揃いのやつも、実はもう古くなって壊れてるんじゃないかと思ったんだ。
「ほら、前のは箱にしまったんだろ? また一緒につけようぜ」
俺が差し出した手を、怜はまるでおぞましい物を見るような目で凝視した。
一瞬、怜の瞳に見たこともない暗い色が混じった気がして、俺は思わず息を呑む。
「……あ、ごめん。……嬉しいよ、凪」
怜は震える手でそれを受け取った。でも、その指先には絆創膏がいくつも巻かれている。
「どうしたんだよ、その手。また転んだのか?」
「……うん。僕、どんくさいから」
俺が笑ってその頭を撫でようとした時、階段の方から「凪ー! サッカーやろうぜ!」と佐藤たちの呼ぶ声がした。
「おっ、今行く! 怜、お前も来いよ」
「僕は……いい。まだノート写しが終わってないから」
俺は「相変わらず真面目だな」と笑って、駆け出した。
背後で怜がどんな顔をして、俺が渡したばかりの青いクジラを握りしめているかも知らずに。
第四章:砂の城の崩壊(怜の視点)
新しいクジラが、手のひらの中で冷たく光っている。
凪。君はどこまで純粋なんだろう。君が光れば光るほど、僕の影は真っ黒に濃くなっていくのに。
「……また貰ったんだ。光に」
背後から、心臓を直接掴むような声がした。
振り返ると、佐藤たちがニヤニヤしながら僕を囲んでいる。
「お前さ、光を騙してるって罪悪感ないの? 健気だよねえ、あいつ。お前が裏で俺らの靴舐めてるなんて、夢にも思ってない」
佐藤が僕の胸ぐらを掴み、壁に押し付けた。
「そのクジラ、凪の前以外でつけてたらどうなるか、言わなくてもわかるよな?」
僕は無言で頷く。
凪がくれた「友情の証」は、凪がいなくなった瞬間に「僕を痛めつけるための道具」に変わる。
佐藤は僕の手からキーホルダーを奪い取ると、それを屋上のフェンスの外へ放り投げようとした。
「やめて……それだけは……!」
「じゃあ、放課後。いつもの場所に来いよ。光には、また『塾』って言っとけよ?」
佐藤たちは笑いながら去っていった。
一人残された僕は、冷たいコンクリート の上に座り込む。
嘘に嘘を重ねて、凪の「綺麗な世界」を守り続ける。
でも、もう限界だった。
凪の笑顔を見るたびに、死にたくなる。
凪の優しさに触れるたびに、自分が汚物のように感じられる。
僕は、掲示板の写真の自分を削った時のように、自分の存在そのものをこの世界から削り取ってしまいたかった。
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