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第五章:綻び(凪の視点)
サッカー部の練習が早めに終わった放課後。
俺は部室棟の影を通りかかったとき、地面に落ちている「青い光」を見つけた。
「……これ」
それは、昼休み、怜に渡したはずのクジラのキーホルダーだった。
粉々に砕け、土にまみれている。まるで、強い力で何度も踏みつけられたみたいに。
胸の奥が、嫌な音を立ててざわついた。
『落としたのかな』
そう思おうとしたけれど、脳裏に昼休みの怜の顔が浮かぶ。あの、怯えたような、絶望したような目。
俺は無意識に、怜がいつも「塾があるから」と向かう校舎の裏へと足を進めていた。
心のどこかで、自分を笑っていた。
『何を疑ってるんだよ、俺。あそこは最高のクラスで、みんな仲が良くて、怜は――』
その時、聞き慣れた声が聞こえた。
「おい、もっと笑えよ。凪の前で見せるみたいになあ?」
心臓が、ドクンと跳ねた。
佐藤の声だ。いつも一緒に笑い合っている、俺の親友の声。
でも、その声は今まで聞いたこともないほど冷酷で、汚い響きを帯びていた。
第五章:最後の嘘(怜の視点)
「……っ、う、あ……」
胃のあたりを強く蹴り上げられ、僕は冷たい地面を這い回った。
口の中に鉄の味が広がる。
でも、痛みよりも何よりも、僕が恐れていたのは「音」だった。
もし、今ここで僕が大きな声を上げたら。
もし、偶然誰かがここを通りかかったら。
僕が隠し続けてきた地獄が、凪の視界を汚してしまう。
それだけは、それだけは絶対に嫌だ。
「佐藤……くん、もう、いいだろ……。凪が、待ってるんだ……」
「ははっ! お前、まだそんなこと言ってんの? 凪はお前のことなんて『可哀想な幼馴染』としか思ってねえよ。俺らと遊んでる方が、あいつだって楽しいに決まってんだろ」
佐藤が僕の髪を掴んで無理やり顔を上げさせる。
その時だった。
「……何、してるんだよ。お前ら」
凍りつくような声が、上から降ってきた。
視線を向けると、そこには、砕けたクジラを握りしめた凪が立っていた。
夕闇の中で、凪の顔は真っ白に見えた。
彼が一番信じていた「優しい世界」が、音を立てて崩れ落ちる音が聞こえた気がした。
「な、凪……!? なんで……」
佐藤たちが慌てて僕から手を離す。いつもの「いい奴」の顔に戻ろうとしている。
でも、僕はそれよりも先に、叫んでいた。
「来ないで!!」
泥まみれの顔で、僕は凪を拒絶した。
「見ないで……凪。お願いだから、あっちに行って……!!」
これが、僕が凪につける最後の嘘だった。
君に助けてほしかったんじゃない。
君にだけは、僕が壊れるところを見られたくなかった。