テラーノベル
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「うちもカラオケ行きたかったなあ⋯。」
はあ、と一つ小さなため息を付いてから、見慣れた帰路をとぼとぼ歩く。えんま達と楽しい放課後を過ごせなかったのは心残りだが、二人きりの空間で、私だけでえんまを楽しませる自信があるかと言われると、これっぽっちも無い。えんまも最近ちゃんと寝ていなかったみたいだし、今日くらいはゆっくりしてほしいな⋯。__私はいつもの交差点で曲がって帰路を外れ、当たりを見回してから、いつもの路地裏へ入っていった。薄暗い中を抜けて出た先は街である。今通ってきた湿っぽさと暗さとは反対に賑やかで温かい空気に包まれている。私はこういう空気が嫌いではなかった。故郷はこことは比べ物にならないくらい騒がしい街だったけど、だから居心地が良かったかと言われるとそうでもない。その分治安も空気も悪かったし⋯私は日本のこの平和で穏やかな日々が好きだ。
そんな街を数分歩いて向かった先は、いつもの撮影所である。
「トモちゃんお疲れ様ー!」
パスキーを使って中に入ると、いつものようにスタッフの方々が迎えてくれた。隅々まで丁寧に手入れされたエントランスに惹かれたレッドカーペットは、何度通っても心が弾む。私はスタッフさん達に笑顔で会釈を返して、楽屋へ向かう。学校でえんま達と笑い合う日々も好きだけど、なんやかんや⋯やっぱりこの瞬間の自分こそが本当の姿だと思う。カメラの前にたてば自然に呼吸も整うし、カメラレンズ越しに、そこにはいないけど⋯私のことを見てくれているみんなを想像する。お母さんが、「私は芸能人だから友達を簡単につくっちゃだめ」って言うから、高校ではメガネを掛けて陰キャぶっかましたせいで、今は友達がえんまとイナミくらいしかいないけど⋯私の本業は、世界で活躍するモデル「トモハル」なんだよ。
私は楽屋に入り、静かに扉を閉めてから、時計を見上げる。撮影まであと少し。私は急いで制服から着替えて、お気に入りのニット帽を被って表へ出た。
スタジオへ足を踏み入れると、冷たいけれども照明の熱を微かに感じる独特の空気に包まれた。いつも座っている場所に変わらずある折りたたみの椅子に腰掛けると、どこからともなくスタッフさん達の手が伸びてきて、メイクを手直ししたり、差し入れをくれたり、曲がっていた帽子を整えてくれる。
そんな中、視界の端で揺れていた白いカーテンに目が留まる。普段は開いているカーテンが今日はどうやら閉まっているようだ。カーテンからは薄く、人影が蠢いているのが見えた。基本的に同じスタジオに他のモデルやアイドルがいるときに仕切る物だけど___今日は私の前に誰か使ってたのかもしれない。私は挨拶をしようと、スタッフさん達にお礼を告げてから立ち上がり、カーテンの方へと歩み寄った。