テラーノベル
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翌朝、若井はアラームが鳴る前に目を覚ました。横を見ると、元貴はまだ眠っていた。ブランケットを顔近くまで持ち上げているせいで、頬に跡がついている。すー、すー、と穏やかに寝息をたてるその寝顔を見ていると、大学に行きたくない気持ちがむくむくと強くなる。しかし、これ以上休むと単位がまずい。
仕方ない。起きるか。そう思い、上半身を起こそうとすると、元貴が服を掴んでいることに気づいた。ごめんな、すぐ帰ってくるからと心の中で呟き、元貴の手を服から離そうとする。しかし、Tシャツを握るその指の力は強く、若井が離れるのを許さないと主張しているようだった。若井は元貴の指をそっとほどき、音を立てないようにベッドから抜け出した。
大学に行く支度をしているとき、リビングのドアが開く音がした。振り向くと、元貴が眠気まなこのまま、ぼーっとこちらを見ている。
「早いな。あんま寝れなかった?」
「……もういくの?」
「うん。…ごめんな」
若井はそう手話で伝え、リュックを背負った。元貴は、引き留めようとする素振りは見せなかった。ただ若井を見つめ、静かに手話をする。
「わかった」
若井は、その素直な返事に一瞬の安堵を覚えたが、同時に、この素直さの裏に何かがあるという予感に胸騒ぎがした。しかし大学に行かない訳にはいかない。若井は、後ろ髪を引かれる思いで部屋を出た。
大学に向かう電車の中、若井は座席に座りながらも、全身の神経を元貴の部屋に残してきたように落ち着かなかった。スマホを何度も確認するが、元貴からのメッセージはない。メッセージがないことが、平穏の証であると同時に、不穏にも感じられる。
大学の講義中も、若井の頭の中は元貴への心配でいっぱいだった。教授の声は遠く、板書の内容は全く頭に入らない。
(今、飯食べてるとこかな。家から出て事故とかあってないよな。)
自分が元貴に依存していることは自覚している。もし元貴がいなくなれば、若井の生活は平穏を取り戻すだろう。だが、その平穏は、若井自身にとって空っぽなものになる。
若井は、がんじがらめになっていた。
昼休み。若井は急いでパンを齧り、再びスマホをチェックした。元貴からの連絡はない。 授業どころではなかった。嫌な予感がする。
「若井〜これ、この前のプリントだけど」
「悪い、あとでLINEで送っといてくんね?」
「おっけー」
スマホを凝視していると、例の友達に声をかけられた。プリントを見せてくれるのはありがたいが、今はそれどころではない。若井は、結局すべての授業が終わるのを待たずに、大学を後にした。
最寄りの駅に着いた若井は、ホームに急いだ。いつも通る道だが、今日は異常なほどの焦りを感じていた。改札を通り、急いで階段を駆け下りる。
そして、その予感は最悪の形で的中した。
ホームの端に、元貴の姿があった。見間違えではない。いつも着ているパーカー姿で、黄色の線のすぐ外側に立っている。
元貴は、若井がいることに全く気づいていない。ただ、暗いトンネルの奥から迫ってくる、電車のヘッドライトだけを見つめていた。
「元貴!!」
階段を降りながら、若井は無我夢中で元貴の名前を叫んだ。電車を待つ人たちが一斉にこちらを振り向く。
しかし、その声は元貴には届かない。
元貴は、電車がホームに入ってくるその直前、ゆっくりと、しかし確実に、一歩、線路へと踏み出そうとした。
若井の思考は停止した。階段を降りた所から元貴がいる場所まで、持っていたスマホを投げ捨て、残りの距離を全力疾走した。
「やめろぉぉぉ!!!」
ホームの端で、若井は地面を蹴り、元貴の体にタックルする形で飛びついた。
ドンッ!!!
という衝撃とともに、二人の体がホームの床に叩きつけられた、次の瞬間、若井たちのすぐ横を、凄まじい風圧と轟音を伴った電車が通り過ぎていった。
周囲がざわめき出すのが分かる。駅員さーん!と呼ぶ声が聞こえた。
若井は、元貴を抱きしめたまま、その場で動けなくなった。全身が震え、若井の呼吸は、まるで魚が水から揚げられたかのように、ヒューヒューと鳴っていた。
元貴は、若井の腕の中で、呆然としていた。その顔には、恐怖や絶望ではなく、ただただ若井がここにいる驚きが現れている。
「バカ、やめろ、バカ、バカ」
若井は、床に倒れている元貴の肩を強く握り、手話をすることもできず、ただ口だけで、何度も何度も繰り返した。背中には、二人に向けられた乗客たちの無数の視線が突き刺さっている。
若井は元貴の胸元を掴み、力任せに体を起こさせる。そして顔を掴み、無理やり自分の目線と合わせた。手話をする余裕なんてなかった。ただ顔を歪ませて、口だけで呟く。
「なに、してんだよ」
元貴は、若井の唇の動きと、その怒りに満ちた表情から若井の言葉を理解した。そしてゆっくりと手を動かす。
「…今日、早いんだね。帰り。」
目を伏せながら、残念そうにも見えるその表情に、若井は目を見開いた。そして自嘲するように笑みを浮かべた。
「そうだよ。お前が心配だったから、残りの授業飛んだんだよ。」
「…そうなんだ」
「……その様子だと、行けば良かったかもな。授業。」
今度は元貴の方が目を見開いた。
若井の指は、元貴の頬に食い込んでいた。首を絞める勢いで首に痛みが走る。若井の目は、怒りを超えて、狂気に近い執着に満ちていた。その強すぎる視線に、元貴は息を呑んだ。
「分かった。俺を苦しませたいんだろ、お前。死にたいとかじゃねえだろ。」
若井は顔を伏せ、苦しそうに笑った。頬が痛い。元貴は顔を歪める。元貴は、若井を苦しめたい訳ではなかった。しかし、自分の希死念慮に従った結果が、若井の今の悲痛な姿だ。
元貴は、若井から視線を逸らした。そして、首を振って弱々しい手話をした。
「……違う」
「どうだか」
若井はうす気味悪い笑みを浮かべ、顔から手を離した。その瞬間、駅員が二人の元へ走ってきた。
「大丈夫ですか!?怪我は…!」
「大丈夫です。お騒がせしてすみません、すぐ行くんで」
「え、ちょっと待ってください!少し話を!」
若井は、立ちあがり先ほど投げ捨てたスマホを拾った。そして乗客たちの視線が突き刺さる中、ホームを後にした。すぐ後ろから走って追いかけてくる足音が聞こえる。どっちの足音かは分からないが、まあどっちでもいいやと思った。
駅の外に出ると、若井はすぐにタクシーを捕まえた。タクシーに乗り込み、扉を閉めようとすると、誰かがそれを止めた。
「ぁ…って…!!」
走ってきたのだろう。膝に片手をつき、うっすら汗もかいている。追いかけてきたのは駅員じゃなかったか、とぼんやり考えた。二人の目が一瞬合う。しかし若井はすぐに逸らし見向きもせず、無言で奥の座席に移動した。
タクシーが直進し出すと、若井は少し身じろぎし、シートに深く凭れかかった。全身が冷たい汗で濡れている。頭の中は、今さっき目の前を通り過ぎた電車の轟音で満たされていた。
「若井…ごめん。若井が苦しんでほしいなんて、思ってないから。」
そう手話で何やら話しているが、若井はもう手話をする気力もなかった。静かに目をつぶる。若井の心は、限界を超えて静かに沈んでいった。
マンションに着き、タクシーから降りた瞬間、若井の身体は鉛のように重かった。玄関の鍵を閉める力すら残っていなかった。
家に入ると、体の力が一気に抜け、床にそのまま座り込んでしまった。
若井は、両腕で自分の膝を抱え込んだ。呼吸が浅く、全身が激しく震えている。元貴が死ななかった安堵と再び自殺未遂をした怒り、その他の若井自身も言語化出来ない数々の感情が渦巻いていた。
その感情は、自己犠牲ではなく、元貴への深い依存からくるものだった。元貴の命を繋ぎ止めることで、自分の存在を証明している。元貴が死ねば、生きる理由を失う。それゆえの恐怖。
「ハァッ……ハァッ…ッ…うぅ…」
若井は、声にならない嗚咽を漏らした。最初はこんなんじゃなかった。最初はもっと純粋な気持ちだったはずだ。しかし今は、元貴を救うという行為は自分自身の精神を削る行為に等しかった。
一方元貴は、床に座り込んだまま動かない若井を見て、恐怖していた。いつもの若井なら、怒鳴りつけるか、抱きしめるか、何らかのリアクションをするはずだ。
今の若井は、元貴にとって初めて見る姿だった。 元貴は、若井の震える腕に、そっと自分の手を添えた。手話はしない。ただ、若井を静かに慰めるための行為だった。
若井は、腕に触れた元貴の温もりを感じ、ゆっくりと頭を上げた。その目は充血し、焦点が定まっていなかった。
そして勢いよくその腕を振り払った。
「…触んな。」
元貴は驚きで絶句した。拒否された事実が、元貴の心に重くのしかかった。
その夜、若井は突然、激しい過呼吸の発作で目を覚ました。
「ヒューッ、ハァッ……ハッ……」
体が勝手に震え、肺が酸素を求め痙攣する。若井はパニックになり、ベッドから飛び起きた。そのまま前のめりになり、必死に呼吸を整えようとする。その異変に、隣で眠っていた元貴も目を覚ました。元貴は、若井のただならぬ様子に恐怖を感じ、背中に触れた。その体は冷たい汗でびっしょり濡れ、激しく波打っている。
「ぁ、あぃ」
元貴は、手話をする間もなく、声にならない音で名前を呼んだ。
元貴は、すぐに若井の隣に回り込んだ。そして、いつも若井が自分にしてくれていたように、背中に手を当て、ゆっくりとさすり始めた。
「ぁ、い、じょう、ぶ…ぁい、じょうぶ……」
元貴は、震える口から上手く発音出来ない言葉を漏らしながら、背中を不器用な手つきで懸命にさすった。
この状況を招いたのは自分自身であると理解しつつ、なりより若井が苦しんでいるのを見て、心臓が握り潰されるような恐怖と動揺を感じていた。
「大丈夫?」
元貴は、若井の顔を覗き込み、手話で尋ねた。その目は、心の底から心配している色を帯びていた。
しかし若井は、その目を冷めた表情で見つめた。若井にしてみれば、元貴の背中をさする手は、自分の真似をしているだけで、何の感情も感じられなかった。
その行為は、心配ではなく、自分が引き起こした事態への恐怖と、自己中心的な安堵に基づいているに違いないと思った。
「触んなって、言ってん、だろ」
若井は、息が整わないまま、そう口だけで言い放ち、冷たい目で元貴を突き放した。
元貴は、再びの拒絶に、悲しそうに俯いた。
「な、んで……」
元貴がそう手話で問うと、若井は力なく笑った。それは、酷く歪んだ、諦めの笑顔だった。
「お前が、俺の真似をして、何になるんだよ」
若井は投げ捨てるような手話をした。
呼吸はわずかに落ち着き始めていた。大きく息を吐き、壁にもたれかかる。
「俺は、お前が不安がってるみたいに、勝手に死んだりしないから」
元貴は、疑問が浮かぶ不安げな表情で若井を見つめた。
「お前は、俺が苦しんでいるのを見て、自分のせいで、俺がいなくなるんじゃないかって、死ぬんじゃないかって、怖くなってるだけだろ」
若井はそう断言し、元貴の体を押し、自分と距離を置かせた。
「だから、自分のことだけ考えてろ。…まあ今さら言うまでもないか。」
捨て台詞のように吐いた言葉に、元貴がどんな顔をしているか、とてもじゃないが見る勇気がなかった。若井は再び壁に背中を預け、目を閉じた。
元貴は若井の言葉に反論できなかった。 図星を突かれたことは認めるが、それでも目の前で過呼吸で苦しんだ若井を見て、心配した気持ちがあったのも事実だ。
「そんなんじゃ、ない……」
元貴は、力なく手話をした。しかし、その言葉が若井に届くことはなかった。
………………
お久しぶりです!!秋にちょっと人生かかった試験がありまして、それが無事終わったので戻ってきました!!
そしてフォロワー様100人突破ありがとうございます!!!!
もうめちゃくちゃ嬉しいです。
そこでこの機会にリクエストを募集したいと思います!!そして短編集を書き始めます!
短編集は、ふと思いついた話や、私が書いた他作品のプチエピソードなどを投稿していきます。
そこで、その短編集の第一話のコメント欄をリクエストBOXとして、リクエストを募集したいです!
・設定ものOK!
➡幼児化!!オメガバース!!二重人格!!○○恐怖症!!などなんでもOK
・シチュエーションOK!
➡飲みの席で酔ってヘロヘロになった○○を、△△が戸惑いながら介抱するのをみたい!!とか、トラウマ持ちの○○が過呼吸になってるのを□□が見つける、みたいなのも大歓迎!!
・現実でありえない話もOK!!
➡荒廃した世界で○○と△△が出会うとか、△△がタイムスリップして幼少期の□□に会うとかでもOK
・他作品(私ひよりの作品に限り)でもOK!
➡「死にたい君に〜」の二人が出会うところが見たい!!など別作品で見たいシーンでも勿論嬉しいです!
・とにかくなんでもOK!
➡ひたすら泣きじゃくってるのが見たい!!過呼吸好き!!とかでも大丈夫です!
そして誰からも来なかったら、私が黙々と書きます…。
初めましての方も、お話したことある方も!是非 短編集の第一話のコメント欄にどしどし送ってほしいです!
あなたの読みたいお話はどんな話ですか?教えてください!! 待ってます!!
………………
いつも読んでいただいてありがとうございます。
実は、私の画面からいいねやコメント、フォローをしてくれた方が一覧として見れるのですが、何回も何回もその画面をスクロールして、喜びを噛み締めています。
一話でも、私の作品を読んでくださったなんて本当に有難いです。
こんな素人の私に、100人以上もの方がこれからも応援したいと思って下さっているのが、とても嬉しくて、そしてこれからも頑張ろう、と気を引き締める心持ちです。
これからも不定期ではありますが、コツコツと投稿していこうと思っています。
今度もよろしくお願いします!!
ひより
コメント
5件
このお話ものすごく大好きです! 次も楽しみにお待ちしています✨️ 試験もお疲れ様です!

初コメ失礼いたします🙇♀️ この作品以前から読ませていただいていて大好きだったので…更新ありがとうございます😭また読めて嬉しいです🫶︎💕試験お疲れ様でした!