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高天原ヒロ
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高天原ヒロ
13
「何が起こっているのか。結局、確かな情報は得られんのか」
『申し訳ありません、アガレス様。あらゆる情報網を駆使していますが、例の指輪が関係しているということ以外は』
魔界の第一層、そこにあるビル群のうちの一つ。魔界の王たるアガレスは、部下から姫乃の情報を聞いていた。
魔界の中でも最大規模の情報網を有するアガレスだが、流石に人間界の街、その中でも特にセキュリティの厚い姫乃の情報を得ることは難しかった。
姫乃は、人類最強と呼び声高い紅月龍一の暮らす街。彼の存在は、アガレスにとって目の上のたんこぶであり、チャンスさえあれば排除したいと考えている。
もしも仮に、龍一が魔界で目撃されることがあれば、全戦力をもって叩き潰そうとするだろう。
失われた、もう一つの歴史のように。
今回の異変。姫乃で発生している複数の戦闘と、正体不明の巨大魔力。それが、魔界にとって得となるか、あるいは害となるか。これを見過ごすことは、アガレスには出来なかった。
とはいえ、そう簡単に情報は手に入らない。進展のない報告に飽き飽きしていると。
「ふむ……」
『――なにか、お困りか』
どこからともなく、ノイズ混じりの声が聞こえてくる。
先程の、部下の声とはまるで違う。
この場において、明らかに異常というような声であった。
だがしかし、アガレスは動じない。この声の主は、少なくとも敵ではないのだから。
「Mr.ハンド。お主が出てくるとは、どういう風の吹き回しだ?」
『いやなに。姫乃で起きている異常を調べているようだからな。わたしから一つ、有益な情報を与えよう』
「なんだ」
魔界の王にも決して動じない、Mr.ハンドと呼ばれる男。
アガレスも、彼を特別扱いな様子。
『ことの詳細を、全て把握しているわけではないが。わたしの予想が正しければ、まもなくトラップが発動する。そちら側にとって、有利となるトラップだ』
「トラップ、だと」
『姫乃のシステムは、ある意味で奇跡のような出来だ。素晴らしき開発者による、素晴らしき芸術品。わたしはそこに手を加え、混乱が生じるように改竄した』
「……話の終わりが遠そうだな。もう少し、簡潔に言ってもらおう。我々にとって、どう有利になる?」
『――』
ノイズの先で、彼が嗤う。
『今宵、あの街は月の呪縛より解放される。転移を防ぐための傘が閉じ、別の傘が開く。もしも、わたしがあなたの立場だったなら、これ以上の好機はないと、そう判断するだろう』
「……」
Mr.ハンドの言葉に、アガレスは思考する。
その言葉の全てを信じているわけではないが。全くの嘘ならば、わざわざここに出向きはしないだろう。
考える時間は、これ以上無駄であった。
「感謝する、Mr.ハンド」
『例は不要だ。歴史が動く様を、この目で見れるのだからな』
そう言ってノイズは消え、Mr.ハンドの気配が消える。
するとアガレスは、すぐさま部下へと連絡をつなげる。
「――わたしだ。動ける”魔王”を、至急全員集めろ」
悪意の導きによって。
魔界の王が、姫乃に牙を向く。
◆◇ 悪意の手 ◇◆
時空の壁を超えて。真っ赤な鎧に身を包んだ悪魔たちが、姫乃の街へと転移してくる。
すでに姫乃は、決戦モードへと移行しており、あたり一面が鋼鉄の荒野と化していた。
とはいえ、そこまでの情報はすでに入っているのか。
集団の中でも目立つ、特注の鎧を着た巨大な悪魔が一歩前へと出る。
「閣下、問題なく転移は完了しました。兵士も欠けてはいない様子です」
『そうか。呪いに関してはどうだ』
「はい、今確かめます」
そういうと、巨大な悪魔は周囲に居た手頃な兵士を一人選び、その頭を掴み上げる。
「ゴ、ゴリアテ様!? 一体何を」
「なに、これがなくても生きられるか、確かめるだけだ」
手に力を込めると、それだけで兵士の被っていた兜、鎧の一部が粉砕される。
本来なら、悪魔は月の呪いを強烈に受けるため、全身が沸騰し、耐えられないほどの痛みに襲われるはずである。
だがしかし、その悪魔は素顔のまま平然としており。呪いの影響を受けていないことは明らかであった。
「情報通りです、閣下。この街は今、月の呪縛から解放されている」
『つまり?』
「我々悪魔が、全力で戦えるということです」
ゴリアテの言葉に、他の悪魔たちが歓声を上げる。悪魔が、人間界で全力で戦えることなど、ほぼ不可能な現象なのだから。
悪魔は月の呪いを人間以上に強く受ける。肌の一部でもまともに露出していれば、そこから呪いが侵食し、ただ死を待つのみとなる。
ゆえに、BAパッケージと呼ばれる特別な血の鎧が必要であり、たとえこの鎧があっても、損傷を受ければ終わりである。
悪魔は、地上では非常に不利な戦いを強いられることとなる。今まで、地上を侵略できないでいる理由でもある。
もしも、この呪いというハンデがなかったら、すでに地上は悪魔の物になっていただろう。
そして今。この姫乃の街に、月の呪いは存在しない。
悪魔の軍勢が、100%のパフォーマンスを発揮できるということである。
「恐れることはない。たとえ、あの紅月龍一が来ようと、こちらには魔王が複数いるのだから!」
ゴリアテの一派を皮切りに、次々と悪魔たちが姫乃に転移してくる。
これ以上の好機はない。今日ここで、この街を手に入れるために。
魔界の王アガレスは、全戦力の投入を決めた。
◇
「おいおい、こりゃ冗談だろう」
姫乃タワーの頂上。
グレモリー、アリスと共に残っていたウルフは、街全体に出現した魔力に戦慄していた。
彼は傭兵として、ドロシーには劣るものの優れた探知能力を有している。だからこそ、これがどれほどの危機かを正しく認識していた。
全滅、あるいは死。
そんな言葉が、脳裏によぎる程度には。
「おい、何が起こっている?」
「知るわけ無いだろ。とりあえず、あんたクラスの魔力を持った奴が複数、この街に転移してきやがった。ぞろぞろと兵隊を連れてな」
グレモリーと同等の魔力。それはすなわち、魔王ということ。複数の魔王が同時に転移してくるなど、とても現実的ではない。
しかし、それが現実となっているのだから笑えない。
「電子精霊が言っていた、フィールドの喪失。魔王軍が、それを察知したというのか?」
「理屈は分かんねぇが。来たってことは、そうなんだろう」
「……えーっと、つまり?」
戦いの経験も少ないアリスは、未だに状況を飲み込めていない。
そんな彼女に、グレモリーは現実を告げる。
「騎士団全員で立ち向かうぞ。でなければ、殺されて終わりだ」
「えぇ!?」
紅月龍一と空の王の決戦を邪魔させるわけにはいかない。
全員が力を組み、これを阻止しなければ。
街全体が、戦場になろうとしていた。
◇
『と、いうわけだ。これよりバルタの騎士は、姫乃全域に出現した魔王軍の迎撃に当たる。各員、わたしの指示に従って、所定の場所まで移動してくれ』
グレモリーの指示によって、決戦を観戦する予定だったバルタの騎士たちは、再び戦いへと身を投じることに。
空の王との連戦だが、まぁ世の中とはそういうもの。こういう地獄のような日もあるのである。
騎士団における最高戦力、ウヴァルは戦闘不能。この状況においては非常に痛手だが、それでもやるしかない。
紅月朱雨、リタ・ロンギヌス、影沢舞、そして輝夜の契約する男悪魔の連中。
彼らも一丸となって、騎士団と共に戦いへと赴く。
◆
タワーにて、ウルフが敵の位置を感知。
グレモリーはその情報をもとに皆に指示を出しつつ、アリスと共に姫乃タワーの防衛を行う。
正真正銘、全面戦争の形であった。
だがしかし、
「くそ、戦力が足りん」
騎士団を主軸とする姫乃連合。これ以上ないという戦力だが。
相手はアガレスが魔界中から招集した軍隊である。
複数体の魔王だけでなく、単純に悪魔という種族そのものが厄介なのだから。
それに、敵の増援の可能性もある。
こちらにも魔王級の戦力はあるが、それでも戦力差は明らかであった。
「紅月龍一の戦いを邪魔するわけには……」
どうやって持ちこたえるか、苦悩するグレモリーであったが。
――蒼き龍に乗った男が、手の足りない戦場へと飛翔していく。
無数の剣を操り、舞うように悪魔の軍勢へと立ち向かうその男。
この状況において何をするべきか、彼は言わずとも理解していた。
「……ジョナサン・グレニスター」
敵も味方もない。これは、この先の未来を守るための戦いである。
この苦難が、歴史を変えた代償だとしても。
ここで踏ん張らなければ、多くの思いを無駄にしてしまう。
紅月龍一と、空の王。
姫乃連合と、魔王軍。
こうして、最後の戦いが始まった。
コメント
1件
「悪意の手」、めちゃくちゃ重厚でした。アガレスとMr.ハンドの会話の不気味さがまず良くて、あのノイズ混じりの台詞が一気に空気を変えた。月の呪いという姫乃の防御機構が解除された理由が“Mr.ハンドによる改竄”だったという展開、仕掛け人の正体がまた気になる…。しかもゴリアテが部下の頭を掴んで平然と実験するところ、悪魔の非情さが一瞬で伝わってきてゾッとしました。ウルフの「全滅か死」という認識や、ジョナサンが蒼き龍で飛び込んでくるラストの描写も痺れましたね。この全面戦争、どう収めるのかめちゃくちゃ気になる…!