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Noah_🐕
67
②
おじさんに名を呼ばれたイケメンこと、漆喰さんはすっと、室内に入って来て、なんと私の横に立った。
隣からかすかに香る、香水の爽やかな香りにまた慌ててしまう。
「あ、あのっ?」
あまりのイケメンオーラに一歩引くと、漆喰さんは私に向かってしゃべってきた。
「君、事故物件大歓迎って言った?」
落ち着いた声はとても聞きやすい。
私を見つめるオリーブグリーンの瞳はあまりにも魅惑的。目の前がチカチカする。ドギマギしながら答える。
「えっと、確かにさっきそう言いました」
「冷やかしじゃなくて、本心?」
「は、はいっ」
「ふぅん。君、白い狐が……ちょっと変わってるね」
「白い?」
なんのことかと言葉を返すけど、漆喰さんはまた微笑み「気にしないで」と興味深そうに私を見てきた。
オリーブグリーンの瞳でじっと見つめられてしまうと、心の中はもちろん、私が着ている安物のリクルートスーツの値段まで、見抜かれてしまいそうで変な汗が出そうだった。
しかし事故物件大歓迎は本心なので頑張って、オリーブグリーンの視線を受け止めた。
「君は嘘をついている様子は無さそうだし。じゃ、俺が事故物件を案内するよ。ちょっと場所変えようか。お茶ぐらい奢らせて貰うから」
「えぇっ!?」
一体これはどういうことなんだと、びっくりしているとおじさんが、カウンター越しから身を乗り出した。
「ちょ、ちょっと。漆喰さん。突然来たかと思ったら、いきなり漆喰さんの物件を案内するなんて……」
「あぁ、お客様を横取りみたいになっていたら悪かった。この子がこのあと物件を決めたら、いつも通りに紹介料は払うよ」
漆喰さんは余裕たっぷりに微笑むと、おじさんももう一人後ろにいる人も口をモゴモゴさせた。
イケメンスマイルは同性にも有効なのだろう。
ただ、なんとなく。それだけじゃない雰囲気はあったが、私にはこの人達の関係がわからず、会話を見守るだけ。
戸惑いの空気の中、漆喰さんだけが飄々としていた。漆喰さんは高そうなビジネスバッグからなんと、意味ありげなお札が付いたA4サイズの茶封筒をおじさんに差し出す。
その瞬間にお線香の匂いがした。
これは高級伽羅お線香──白寿堂の『日輪』と見た。
すごい。うちでも、そうそう使うことがない一箱三万円のお線香を使うなんてリッチだ。そんなところで妙に感心していると漆喰さんはさらさらと喋り出した。
「今日は追加の事故物件資料を持って来たから、ここに寄ったんだよ。ほら、俺から資料をパソコンで送るとそっちのパソコンに異変や怪異が起こるから止めてくれって言われたからこうしてちゃんと清めて持って来た」
「そ、それは、そうやけど。はい、ありがとうございます」
おずおずとお札付きの封筒を受け取るおじさん。
……異変や怪異?
それに高級お線香の匂いがするお札付きの茶封筒。
そして事故物件!
この人、イケメン具合からして只者じゃないのに、さらにとんでもない──ヤバい人ではと思った。
あれ。私はひょっとして、そんな空前絶後のやばい人に掴まったのでは? そう思った時には、漆喰さんは実にスマートに、私の足元に置いてあった私の黒のトートバッグを手にとった。
「表に車回してくるから、待っていて」と言って、長い足でサクサクと不動産屋さんを出て行ってしまった。
「……あ、」
──もしかして、私が逃げないようにバッグを人質に取られたのかも!
びっくりして後を追いかけようとした瞬間。ガシッと、あのおじさんがカウンター越しに私の腕を掴んだ。
「階さん、悪いことは言わん。漆喰さんが無理だと思ったらすぐ逃げや」
「えっ……」
「じゃないと、アンタ。エライ目に遭うで。気ぃつけや」
おじさんの関西弁と眼鏡越しの瞳がとても真剣で、その凄みに押されてごくりと喉を鳴らす。
それはどういう意味だと問う前に丁度、カウンター横にある置き電話が鳴った。
おじさんはその音で正気に返るように、私を掴んでいた手を離し。
電話を手に取って「はい、こちらナンバ・ニコニコ不動産です」と、電話対応を始めた。
呆気に取られていると、あのお兄さんと私の目線が合う。
お兄さんは困ったような顔をして「本日はありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」と、頭を下げた。
これはもう、取り付く島もないヤツだということだろう。
さすがにたくさんの疑問があっても、これ以上はここの人達に食い下がれない。聞ける空気ではない。
それに、私のトートバッグが気になる! 仕方なく私もお礼を言ってから、不動産屋を後にしたのだった。
外に出ると周囲はコンビニ、コインランドリー、コインパーキング。そしてチェーン店の居酒屋や中華料理店が並んでいた。
難波と言っても、ここは少し駅から離れたビルとビルの間に挟まれた場所。
人よりも放置された自転車の方が目立つ、そんな道に一台の高級車が止まっていた。
ブルーブラックの品があるカラーに、洗練されたシャープなデザイン。フロントにはシルバーのエンブレムが輝いていた。
「まさか、この車なのかな? こんな高級車乗ったことない」
人力車だったら町のイベントでたくさん乗ったことがあるけど、そんなこと今はなんの比較にもならない。
高級車の存在感に圧倒されていると、助手席の扉が中からがちゃりと開いた。
そして車内から漆喰さんが運転席から身を乗り出して、こちらを見上げてきた。美髪がはらりと揺れる。
「乗って。君の荷物は助手席にある。俺のことを不審に思うなら、スマホでいつでも緊急連絡を出来るようにして、いいから」
そうは言われても、いきなり体は車へと動かなかった。
本当に何か下心がある人ならば、こんなことはきっと言わないだろう。
それに不動産屋さんの二人はこの人と顔見知りで、社会的には真っ当な人なのかもしれない。
このまま車に乗っても、大丈夫な理由をあと一つ欲しいところに、漆喰さんがニヤリと笑った。
「警戒は悪いことじゃないけど、事故物件に興味あるんだろ? それとも怖くて、ママも一緒じゃないと自分の家も決められないのかな。お嬢さん?」
「そ、そんなことありませんっ! ちょっとこの事態に普通の人として、当たり前の警戒をしていただけですっ!」
今日行った面接は割りのいい、ホテル受付の深夜バイト。応募期間ギリギリに面接したため、既に採用者が出ていて、面接の手応えはあまりなかった。せっかく大阪に出て来たのだから、せめて物件の方は何か実りのあるものにしたい。
そう思って、ばっと覚悟を決めて高級車の助手席へと身を乗り出した。
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