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###番犬くんと優等生###
<第一章> 運命の目撃者
“秘密の露呈”
翌日の昼休み、春夜は龍崎の教室に現れた。一瞬、喧騒に包まれていた教室内が静まり返る。春夜がわざわざ、彼のクラスメイトでもない龍崎のクラスに顔を出すこと自体が異例だったからだ。春夜の鋭い眼光は、まっすぐに龍崎を射抜く。その視線は、周囲には聞こえない言葉を伝えていた。「放課後、空き教室に来い」と。
龍崎は春夜の意図を瞬時に察した。彼は口元に微かな笑みを浮かべ、ゆっくりと春夜の視線を受け止めた。春夜にとって、龍崎は単なる目撃者ではない。彼が最も隠したいはずの「弱さ」を、強烈な形で暴いた、運命の目撃者だったのだから。その秘密を誰かに知られることなど、春夜のプライドが許すはずがない。だからこそ、彼は龍崎を呼び出す。その行動は、秘密を守るための脅しであり、同時に、龍崎の「観察眼」を認めているかのようにも見えた。
放課後、人気のない廊下を歩く春夜の足取りは、どこか重かった。秘密の場所として選んだのは、校舎の奥にある、滅多に使われない古い空き教室だ。鍵はかかっていない。埃っぽい空気が漂うその場所で、春夜は龍崎を待った。彼は龍崎を威圧し、黙らせるつもりだった。しかし、彼の心のどこかには、未知の領域へと足を踏み入れようとしているかのような、奇妙な期待にも似た感覚が芽生え始めていた。
やがて、静かに扉が開く音がした。そこに立っていたのは、やはりいつもの優等生の顔をした龍崎だった。彼は春夜の鋭い視線に臆することなく、ごく自然な動作で教室の中に入り、ゆっくりと扉を閉めた。薄暗い教室に、重い沈黙が落ちる。窓から差し込む夕陽が、舞い上がる埃の粒子をキラキラと照らし、二人だけの世界を作り上げていた。
春夜は、壁にもたれかかるように立っていた。腕を組み、不機嫌そうな顔で龍崎を見据える。
「……おい、優等生。俺が呼び出した理由、分かってんだろ?」
声には威嚇が込められていた。普段の春夜なら、この一言で相手を萎縮させ、問答無用で屈服させていただろう。しかし、龍崎は春夜の挑発的な言葉にも眉一つ動かさない。むしろ、その涼やかな顔には、微かな笑みさえ浮かんでいるように見えた。
龍崎は、教室の中央までゆっくりと歩み寄ると、春夜から適度な距離を置いて立ち止まった。その動作には一切の無駄がなく、計算され尽くしているかのようだ。
「春夜君。あなたが僕を呼び出したのは、昨日見た光景について、口止めするためでしょう?」
その声は穏やかで、まるで友人に話しかけるかのように聞こえる。だが、春夜にはその声の奥に潜む、確かな支配の気配が感じ取れた。
「だったらなんだ。誰かに話したら、ただじゃおかねぇからな」
春夜の言葉は荒々しいが、龍崎にはそれが虚勢に聞こえた。春夜が本当に恐れているのは、自分の「秘密」が露呈することだ。そして、龍崎はその「秘密」を握っている。この状況において、優位に立っているのはどちらか、明らかだった。
龍崎は、春夜の視線から逃れることなく、静かに言葉を続けた。
「ええ、もちろん、話しませんよ。僕には、あなたの秘密を暴くメリットは何一つありませんから」
春夜は、その言葉に安堵しかける。しかし、龍崎の次の一言で、その安堵は一瞬にして掻き消された。
「……ただ、それには対価をいただきます」
龍崎の瞳が、僅かに光を帯びたように見えた。その目に宿る色は、先ほどの優等生の顔にはなかった、獲物を見定めた捕食者のような冷たい輝きだった。
春夜は身構えた。
「対価ぁ?冗談じゃねぇ。金か?」
喧嘩の相手を暴力でねじ伏せることに慣れている春夜は、金で解決できるならと、財布に手を伸ばしかけた。だが、龍崎の次の言葉は、春夜の予想を遥かに裏切るものだった。
「金なんて、つまらないものは要りませんよ、春夜君」
龍崎は、一歩だけ春夜に近づいた。その距離は、春夜の縄張りに入り込むにはあまりにも大胆だ。
「僕が欲しいのは、あなたの『すべて』です」
その言葉は、まるで氷の刃のように春夜の胸に突き刺さった。春夜は、龍崎の言葉の意味を理解しようと、彼の瞳を覗き込む。そこに映っていたのは、歪んだ好奇心と、得体の知れない欲望だった。
「……何言ってやがる、気持ち悪ぃ」
吐き捨てるように言ったが、春夜の声には、わずかな動揺が混じっていた。龍崎の纏う空気が、春夜の逆らうことを許さない、絶対的な何かを孕んでいる。
龍崎は、まるで春夜の心の動揺を読み取ったかのように、さらに一歩踏み込んだ。そして、低く、しかし明確な声で囁いた。
「あなたは、あの傷から血が滲むたびに、あの歪んだ悦びを感じている。普段の強気な春夜君からは想像もつかない、僕だけが知る秘密。どうです?この秘密を、僕だけが知る特別なものにしませんか?」
龍崎の言葉は、春夜の最も隠したい部分を的確に突いた。春夜の強靭な肉体と精神の奥底に、確かに存在しているM体質。それは、彼が誰にも知られたくない、自身のアイデンティティを脅かす「弱さ」だった。龍崎は、それを完全に理解し、そして利用しようとしている。
「お前……どこまで知ってやがる……」
春夜の声から、威嚇のトーンが消え、焦りと僅かな恐怖が混じり合う。龍崎は、そんな春夜の反応を楽しんでいるかのように、口元に冷たい笑みを浮かべた。
「すべてですよ。あなたが隠しているものも、隠しきれていないものも、すべて。そして、僕はそれを受け入れ、さらに引き出してあげることもできます」
龍崎は春夜の顔にゆっくりと手を伸ばし、彼の頬に触れた。昨日負ったばかりの傷口を、優しく、しかし確かな力でなぞる。春夜の体が、一瞬硬直した。この男の指先から伝わる熱と、傷口を刺激される感覚に、抗いがたいゾクゾクとした衝動が全身を駆け巡る。
「……っ!」
春夜は反射的にその手を払いのけようとしたが、まるで身体が鉛のように重い。彼を支配しようとする龍崎のオーラに、春夜の屈強な肉体が、なぜか逆らえない。この男には、どんな喧嘩相手にも感じたことのない、異質な「強さ」があった。
「どうです、春夜君。僕と『契約』しませんか?」
龍崎の声が、春夜の耳元で甘く響いた。その言葉は、春夜の心の奥底に眠る「それ」を呼び覚ます、禁断の呪文のように聞こえた。
「僕が、あなたの秘密を墓場まで持っていく。その代わりに、あなたは僕の『要求』をすべて受け入れる。誰にも知られない、僕たちだけの関係。そして、その関係の中で、僕はあなたの知らない『快感』を教えてあげましょう」
龍崎は、春夜の反応をじっと見つめていた。春夜の瞳には、抗いがたい誘惑と、屈辱が入り混じった複雑な感情が揺れている。
春夜は、自身がこの男の掌の上で転がされていることを痛感した。普段の自分であれば、こんな話、即座に拳で叩き潰している。しかし、龍崎の言葉、そして彼から放たれるドSな気配が、春夜のM体質を刺激し、彼に逆らうことを許さない。
長い沈黙の後、春夜は小さく息を吐いた。それは、諦めにも、受け入れにも聞こえる吐息だった。
「……くそっ……好きにしろよ、この変態優等生が」
その言葉は、春夜のプライドがギリギリで放った精一杯の抵抗だった。だが、龍崎には、それが『契約』の成立を意味していることが分かっていた。
龍崎の顔に、満足げな笑みが深まる。それは、優等生の仮面の下に隠されていた、真のドSの表情だった。
「ええ、喜んで。では、今日からあなたは僕のものです。春夜君」
その日から、二人の秘密の関係が始まった。誰も知らない空き教室での、ドSな優等生とM体質のヤンキーの物語が、今、幕を開けたのだった。
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