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高層の建物が作る影は短く、交差点の真上から降る光が舗道の模様をくっきり浮かび上がらせ、人の流れは渦のように回っている。告音、広告の電子音、話し声、足音、それらが層を成して重なり、空気そのものが振動していた。アッシュはその中心へ踏み入る。人混みの密度が一段上がり、接触の可能性は指数的に増える。
だが同時に、狙撃線は分断され、追撃は遅れる。彼はそれを計算に入れていた。背後で銃声が弾け、衝撃が空気を裂く。エルクスのライフルだ。弾道は群衆の隙間を縫い、アッシュの進路を抑えに来る。キヨミの特殊弾が地面にたり、低い衝撃波が人の流れを左右に割る。
ミアは割れた流路の端を走り、ナイフを低く構え、接触の瞬間を待つ。アマリリスは銃を肩に、もう一方の手にナイフを逆手で握り、射線と踏み込みの両立を狙っている。スロスは少し離れた位置で呼吸を整え、神秘の流れをそのナイフに通す。
アッシュは一人に触れる。さらりという音とともに存在が崩れ、悲鳴が遅れて湧く。だが今回は違う。神秘の干渉が空間に増えている。触れた瞬間、灰化は起きるが速度が落ちる。抵抗がある。
「…..来てる。」
アッシュは初めて足を止め、周囲を見渡す。四方向。射線。踏み込み。退路。街の中心は逃げ場がない代わりに全てが均等だ。
「ここで殺るぞ。」
エルクスの声が人混みのを通る。合図は短い。キヨミが特殊弾を連続で撃ち、足元と周囲に神秘の場を張る。地面が低く鳴り、灰化の進行が鈍る領域が生まれる。ミアが踏み込み、ナイフを投げる。
刃はアッシュの肩を掠め、神秘が薄く走る。布が裂け、皮膚に浅い傷。確かなダメージが刻まれる。アッシュは即座に距離を詰め、ミアへ手を伸ばすが、スロスが割って入る。神秘を通した刃が交差し、触れる前に弾く。
「ここだ。」
スロスは短く告げ、間合いを固定する。アマリリスの銃声が続き、肩とを狙った精密射。弾は直撃せずとも神秘の圧を叩き込む。エルクスのライフルが最後に重ねられ、胸元へ衝撃が収束する。
アッシュは後退しながら反撃に出る。触れれば終わアッシュは後退しながら反撃に出る。触れれば終わる距離。しかし足元の神秘の足場がそれを許さない。動きが半拍遅れる。その隙を逃さず、キヨミがさらに場を重ね、灰化を抑制する圧が厚くなる。
「…..くそっ……!」
神秘の場が幾重にも重なり、視界の端が歪む中、アッシュは足を止めずに動線を切り替える。人の流れを斜めに横切り、遮蔽物となる看板の影へ滑り込む。エルクスのライフル弾が看板を貫き、粉塵が散る。キヨミの特殊弾が地面を叩き、低い圧が波紋のように広がる。
「散れ。」
エルクスの短い指示。
アマリリスは銃を二連で撃ち、アッシュの足取りを削る。ミアは路面の段差を蹴って距離を詰め、ナイフを逆手で投げ、牽制の角度を作る。スロスは半歩遅れて入り、神秘を通した刃で触れさせない壁を作る。
アッシュは腕を振り、近づいた一般人の肩に触れようとするが、神秘の足場の縁で灰化が鈍る。
「邪魔だ…!」
声が低く漏れる。次の瞬間、スロスが踏み込み、刃を斜めに走らせる。浅いが確かな傷。アッシュの動きが一瞬だけ乱れる。
「効いてる…!」
ミアが息短く言う。
アッシュは後退しつつ、フェイントで手を伸ばす。アマリリスが即座に射線を重ね、銃声が三つ。弾は触れる寸前の空間を叩き、神秘の圧で進路をずらす。キヨミがさらに場を厚くし、足元の灰化を完全に止める。
「……っくそがっ…!!」
アッシュは低く呟き、踏み込みを選ぶ。しかし、同時に四人が同調する。呼吸、間合い、射線が一致する刹那、アッシュは踏み切らず、代わりに声を張った。
「待てよ…!」
動きが止まる。ほんの一瞬。
「俺はただ…壊れた秩序を掃除してるだけだ…!触れただけで消えるなら、それは最初から残る価値がなかったってことだろ……!!」
虚ろだった目に熱が宿る。
「選ばれるべきものだけが残る。それが正しい……俺は間違ってない…!淘汰されるべき生物がいて、それを実行する生物がいるのは当然だろうが……!!」
スロスが一歩前に出る。
「正義を口にするなら、それ相応の責任も伴う。」
アッシュは歯を食いしばる。
「責任…?残骸を片付ける役目だ。誰かがやらなきゃならない。」
アッシュの言葉が途切れた瞬間、空気が重く沈む。誰もすぐには踏み込まない。その沈黙を最初に破ったのはエルクスだった。
「役目だと言うなら聞くが、その基準は誰が決めた?」
低く抑えた声が一直線に届く。アッシュは視線を逸らさずに答える。
「世界だ。歪んだ結果がここにある。それを戻すだけだ。」
キヨミが一歩踏み出し、銃口を下げたまま言う。
「歪みを直すと言いながら、あんた自身が一番歪んでるって気付いてない?」
アッシュの眉がわずかに動く。
「感情論で語るな。」
ミアが噛みつくように返す。
「感情を切り捨てた結果がそれなの?触ったら消えるのに。」
アッシュの呼吸が荒くなる。
「黙れ…!選別は必要なんだ…。弱いもの、不要なものが溜まるから世界は腐っていくんだ……!!」
スロスがさらに距離を詰め、神秘を帯びた刃を下げたまま言う。
「その理屈なら、今お前が追い詰められている理由も説明がつく。淘汰される側に立った気分はどうだ。」
アッシュの瞳が揺れる。
「違う……俺は……」
アマリリスが静かに遮る。
「違わない。自分だけ例外にする正義は、正義とは言わない。」
一拍の沈黙。アッシュの口角が歪む。
「例外なんてない。だから俺はここにいる。」
声が震え、次第に荒くなる。
「誰かがやらなきゃならないんだ!血を被る役でも!」
エルクスが即座に返す。
「ならその血の重さを、他人に押し付けるな。」
アッシュは喉を鳴らし、叫ぶ。
「押し付けてる?違う!救ってるんだ!」
ミアが首を振る。
「自分を救いたいだけでしょ。」
その言葉が刺さり、アッシュの表情が歪む。
「…..黙れ。」
声が低く落ちる。
「もう十分話した。」
拳に力が籠もり、神秘の流れが不安定に膨らむ。
「証明する。俺が正しいってことを。」
四人は同時に構えを取り、視線が交錯する。
神による一斉攻撃が炸裂する。銃弾、刃、衝撃、それぞれが同一点へ収束し、灰化の境界を貫通する。空気が震え、光が歪む。アッシュの身体に走っていた灰の流れが逆転し、内部から崩れる。触れる力は消え、存在を削る機構が破断する。彼は一歩踏み出そうとして止まり、膝をつく。
「…俺は……ただ……」
声は小さく、昼の喧騒に溶ける。
「力で捩じ伏せる正義は、支配だ。お前は道を踏み外した。」
最後の一撃。アマリリスの弾丸が胸を貫く衝撃を与え、神が完全に封殺する。灰は立ち上らず、ただ静かに崩れ、風に散る。街の中心に残ったのは、戦いの余韻と、止まっていた人の流れが再び動き出す音だけだった。誰もすぐには言葉を発さない。やがてアマリリスが息を吐き、銃を下ろす。エルクスが言う。
「…..終わったな。」
スロスは視線を落とし、短く頷く。神秘の場が薄れ、昼の街が本来の輪郭を取り戻していく。アマリリスは先程、アッシュに言った言葉に続く様、誰にも聞こえない小声をこぼした。それは言葉は明らかに、アマリリスがチーターに対して感情移入した証拠だった。
「もう……この捻れた世界に……秩序も正義もないんだ……。『悪いが』……。」
灰が完全に沈黙し、街の中心に残っていた歪んだ圧が嘘のように薄れていく。破壊された舗装や壁面に残る傷跡だけが、ついさっきまで異常が存在していた証拠だった。銃口がゆっくり下がり、神秘の緊張が解ける音にならない変化が、四人の間を通り抜ける。
スロスは一歩下がり、肩で息をしながらも視線を逸らさない。逃げる気配はない。むしろ、ようやく戦いではない時間が来たことを理解しているようだった。
エルクスが先に歩き出す。瓦礫を踏み越える音が規則正しく響き、全員が自然とその後ろに続く。街の中心から少し外れた通りへ向かいながら、誰もすぐには口を開かない。風が吹き抜け、粉塵がゆっくりと舞い落ちる。アマリリスが横目でスロスを見る。
「さっきは話す余裕もなかったな。」
スロスは短く息を吐く。
「状況が状況だった。」
ミアは少し距離を保ったまま観察するように視線を向け、キヨミは銃を肩に掛け直しながら歩調を合わせる。エルクスが歩みを止めずに言う。
「聞かせてもらう。まず名前は?」
「スロス。」
「何のチーターだ?」
スロスは一瞬だけ考え、歩きながら答える。
「ネットでよく聞く言い方にのっとるなら、再生のチーター?だな。肉体が欠損しても、特定部位を起点に戻る。家に置いてある小指だ。条件が揃えばそこから再生する。便利だが、痛みも感覚も残る。まあ、痛み慣れしているから関係ないが。」
キヨミが小さく息を呑む。
「それで、狩人をやってる理由は?」
質問は鋭いが、敵意はない。スロスは視線を前に向けたまま続ける。
「理由は単純だ。私自身がチーターだからだ。」
ミアが首を傾げる。
「意味が分からない。どゆこと?」
スロスは少しだけ口角を上げる。
「分かる必要はない。ただ、私みたいな存在が暴走するのを知ってる。止められるのは、同じ側に立つ奴だけだ。」
エルクスが低く言う。
「贖罪なのか?」
スロスは即答しない。数歩分の沈黙の後、静かに答える。
「たぶん違う。義務だ。」
アマリリスが歩調を緩め、真正面から見る。
「自分が異物だって自覚してるのか?」
スロスは頷く。
「ああ。だから逃げない。狩られる側に回る覚悟もある。」
その言葉にミアが思わず一歩前に出るが、エルクスが手で制する。
「今すぐ結論は出さない。」
通りの先に、ようやく人の気配が戻り始める。日常が少しずつ顔を出す境界線で、エルクスは言葉を続ける。
「今日見た限り、お前は無差別じゃない。少なくとも、『あれ』とは違う。」
スロスは小さく息を吐く。
「同じにされるのは慣れてる。」
アマリリスが肩を竦める。
「ならしばらく一緒に歩け。判断はその後だ。」
スロスは足を止め、全員を見る。
「……分かった。」
緊張は残ったまま、それでも剣呑さはない。戦いの後に残ったのは、完全な信頼でも敵意でもない、奇妙な均衡だった。そのまま一行は歩き出す。灰のない道を、次の答えを探すために。
(なんてな……。本当は興味本位なだけだ…。チーターじゃないあんたらに、刃を向ける理由はない。)
歩調が自然に揃い始めた頃、エルクスがわずかに手を上げて全員を止める。通りの中央、崩れた街灯の影が斜めに伸びる位置だ。周囲に危険な気配はない。それでも、彼の表情は戦闘時と同じくらい慎重だった。エルクスは振り返り、スロスを真正面から見る。銃は下げたままだが、姿勢は一切崩れていない。
「スロス。」
名前を呼ばれ、スロスは一瞬だけ目を細める。
「何だ?」
エルクスは短く息を整える。
「俺たちは不正者狩りだ。見ての通り、街の裏側を掃除する役目を負ってる。」
アマリリスもミアもキヨミも口を挟まない。これはエルクスの判断であり、彼の言葉で決める場面だと理解している。エルクスは続ける。
「お前はチーターだが、同時に抑止力でもある。今日の動きを見て確信した。力の使い方を分かってる。」
スロスは肩をすくめる。
「過大評価だ。」
エルクスは首を横に振る。
「違う。俺たちには足りない視点がある。内側から不正を理解してる存在だ。」
アマリリスが静かに補足する。
「正直に言う。今後も同じレベルの敵が出てくる。あんたの再構築能力は、切り札になり得る。」
その言葉に、スロスは足元の瓦礫に視線を落とす。少しの沈黙。風が吹き、灰の名残が転がる音だけが通りを満たす。エルクスは結論を急がない。ただ、静かに言う。
「正式に誘いたい。不正者狩りの一員としてだ。」
スロスはすぐには答えない。指先を軽く動かし、自分の感覚を確かめるような仕草をする。そして、はっきりと顔を上げる。
「……それは断る。」
空気がわずかに張り詰める。ミアが小さく目を見開き、キヨミが無意識に銃のストラップを握る。だがエルクスは表情を変えない。
「理由を聞こう。」
スロスは一歩だけ前に出るが、敵意はない。
「私はチーターだ。その事実は変わらない。組織に所属すれば、いずれ判断が鈍る。自分を守るための線引きが必要になる。」
アマリリスが腕を組む。
「つまり、信用できないってこと?」
スロスは首を振る。
「逆だ。信用するからこそ距離を取る。」
エルクスの視線が鋭くなる。
「それでも、協力はしないと言うのか。」
スロスは即答する。
「完全な一員にはならない。」
一拍置いて、続ける。
「だが、必要な時に補佐に回る。それなら引き受ける。」
ミアが思わず声を漏らす。
「都合良すぎない?」
スロスは淡々と返す。
「そうだ。だが、その方が私は正確に動ける。」
エルクスは数秒考え込み、目を閉じる。そして開く。
「……条件付き協力か。」
スロスは頷く。
「呼ばれれば来る。だが指揮系統には入らない。」
アマリリスが小さく笑う。
「厄介だけど、嫌いじゃない。」
エルクスは最後に一言だけ告げる。
「分かった。その形でいい。」
張り詰めていた空気が、ようやく少し緩む。戦闘ではない、しかし重要な合意が静かに成立した瞬間だった。
倉庫の外観は相変わらず無機質で、昼の光の下ではただの古い物流施設にしか見えない。錆びたシャッター、剥げた注意表示、積み上げられたコンテナ群。そのどれもが人を遠ざけるための偽装であり、内部に踏み込まなければ本当の役割は分からない。エルクスが先頭に立ち、慣れた手つきで側面の通用口を開ける。軋む音と共に、油と鉄の匂いが流れ出した。
「入れ。」
短い一言。スロスは一瞬だけ周囲を確認してから足を踏み入れる。中は想像以上に整理されていた。広すぎない空間にコンテナが規則的に並び、通路は人がすれ違える程度の幅で確保されている。天井の照明は最低限だが切れてはいない。影は多いが、意図的に死角を作っている配置だとすぐに分かる。
「ここが拠点だ。」
エルクスが言う。アマリリスは振り返りながら補足する。
「表向きは廃倉庫。でも中は全部使ってる。」
スロスは無言で視線を走らせる。壁際には武器ケース、弾薬箱、簡易の作業台。銃の分解跡や手入れの痕跡が残り、ここが一時的な隠れ家ではなく、継続的に運用されている場所だと理解する。ミアがコンテナの一つを軽く叩く。
「ここは記録系。紙もデータもある。」
キヨミは別の区画を指差す。
「こっちは弾薬。特殊弾も含めて種類別。」
スロスは足音を殺す癖で歩きながら、床の感触、壁の距離、逃げ道の数を無意識に測っている。視線が一瞬、コンテナの隙間に向く。あの細い通路の先、裏手に隠し扉がある構造も、配置から容易に察しがついた。
「地下もあるな。」
エルクスが僅かに口角を上げる。
「勘がいい。」
照明のスイッチが切り替えられ、埃っぽい光が倉庫全体を満たす。空気は重いが、不快ではない。人の気配が染み付いた場所だ。アマリリスが腕を組む。
「どう?居心地は。」
スロスは短く答える。
「悪くない。無駄が少ない。」
その評価にエルクスは頷く。
「必要な時にここを使うといい。情報も武器も共有する。」
スロスは少し考え、そして静かに言う。
「……なら、こっちにも置いておくものがあるだろう。」全員の視線が集まる。
「俺の武器だ。全部は持ち歩かない。補佐に回るなら、ここにも預けておく方が合理的だ。」
アマリリスが即座に反応する。
「歓迎する。」
エルクスが通用口の方を顎で示す。
「一度帰るんだな。」
スロスは頷き、倉庫の出口へ向かう。ドアノブに手をかけ、最後に一度だけ振り返る。
「準備が整ったら連絡しろよ。」
そう言って、扉を押し開ける。外の光が差し込み、倉庫の影が一瞬揺れた。
〈追加設定〉
スロス・レクラム
・あいつの持ってるナイフの量は異常